Ep.06 皇女様の嫉妬

「デファンス!」


 デファンスは叫ぶ従者の声を無視して歩く。


「デファンス!」


 叫ぶ従者ロドルはデファンスの手を掴んで引き止めた。


「ちょっと待ってよ。僕は『ここの敷地内は大丈夫』と言ったけど、それ以前に君がここに居る時点で許してないんだからな」


 そんな見え透いた言い訳を振りかざして、


「それにしてはちゃんとエスコートしたよね?」


「そ、それは……」


 口籠る。


 何か言おうとしてまた口を塞いだ。


「デファンスを護衛しないと……僕はゼーレ様に叱られるんです」


 頭に血が上った彼女には、彼の言葉は全て嘘に聞こえる。


「へぇ。仕事なんだ? さっきの言葉はやっぱり嘘なのね? ハッタリが上手いこと上手いこと。賞賛に値するわね」


 デファンスの言葉にイラッとした顔のロドル。


「そうです。仕事ですよ」


 ロドルはデファンスの手を握る手を、


「この敬語も、貴方を様付けで呼ぶことも、全て僕のお仕事でございます。貴方が危険に侵されたら僕は駆けつけなければいけませんし、最悪の場合、敵は排除しなければなりません。貴方の目の前でそれをするかも知れません」


 強く引いた。


「それは嘘? 本当?」


「えぇ。本当ですよ。僕は本当なら貴方に関わりたくもありませんし、ゼーレ様の監視がキツくってしんどいです」


「それは嘘ね」


「なぜ分かったんです?」


「だって、貴方の手が震えてる」


 そう言われた瞬間、ロドルはデファンスの手をパッと離した。まるで嫌なものを祓うようにそっと手を擦る。


 彼は手をゆっくり下ろす。


「そうです。僕はむしろ貴方の側から離れられないんです。――僕にはもっと怖い人がいますから」


 それは、誰のこと?


「ねぇ!」


 急に走り出した彼を追って、デファンスは中庭に出た。教会は中庭をぐるりと取り囲むように建物が建っている。


「ロドルって、ねぇ!」


「少し黙っててください。人がいますから」


 ロドルの目線には一人の女性がいた。ここの人かと思ったが、彼女は修道服を着ていなかった。


 ロドルが一瞬眉をひそめた。


 そして、


「あの。すみません。ここの人ですか? 少し迷ってしまって……」


 彼女はデファンスに話し掛けた。


「ふぇ!? あ、えっと……」


「お嬢さん。僕が案内しましょうか」


 慌てふためくデファンスの代わりに、ロドルが手を差し伸べた。文字通り音もなく。


「あっ!? えっと貴方どこから……」


「すみません。気付きませんでしたか。ずっと彼女の隣にいました」


 ロドルは彼女が驚いているのを申し訳なさげに見ていた。彼のその顔がその反応が当たり前だと、気付かれなくとも仕方ないと諦めているような、そんな顔に見えた。


 ならば気のせいだろうか。


 次の彼女の言葉に一瞬動揺した目をしたのは――。


「あれ? 何処かで会いませんでしたか?」


「それは気の所為でしょう」


 キッパリと言い切るロドル。


「えっと…………」


「気の所為ですよ、お嬢さん」


 その紳士スマイルに誰が歯向かうと言うのか。いや、きっと居ない。そしてそれをやられた女の人はもう既に彼の手を取っている。


 ロドルめ……。


 デファンスは彼の背を見ながら密かに呟いた。


 だが、今の彼に何を言うのか。


「デファンスは、一旦探検はやめて僕についてくること。いいね?」


 ロドルの手を取ったまま、彼に従う女の人。それがなんとなく嫌だった。自分以外の人には優しい彼が、今日はなんだか気に食わない。


 なんなのだろう。


「ヤダ。ロドルはその人を案内していてよ。私は自分一人で行く」


 自分が発した台詞は不思議と、自分の思いとは反対なのだ。


「あっ! ちょっ……」


 ロドルは面食らったように掌で空をかいた。デファンスは教会の奥へと走り去っている。


「すみません。女の子は……えっと」


 ロドルの隣のその人は戸惑い気味に、彼に聞いた。


 そのか弱い表情の割に手は繋いだまま。


「いいんです。さっき、僕がからかったのも悪かったんですから」


 ロドルは肩を竦める。


「でも、ですね」


 そして、女の人の手を優しく持ち上げてそっと返した。


「貴方、さっきワザと僕を握る手に力を込めましたね?」


 女の人は目を泳がせた。ロドルはその顔を見て、ふっと表情を緩ませる。


「すみません……貴方が何処かに行ってしまうんじゃないかと思って」


「あー……そうですか」


「やっぱり、私は貴方を見たことがあります。……通りで転びそうだった私を助けてくれましたわ」


 ロドルはそれを聞いて、帽子を深く被り直した。


「それで、僕に姿を消したトリックを聞くつもりですか? きっと貴方が見たのは亡霊ですよ。人違いです」


 女の人はまるで面白い手品を見たように満足そうに頷く。


「やっぱり人違いではありません。だって今


「貴女こそ、よく僕を覚えていらっしゃる。記憶力がとてもよろしんですね」


 ロドルはただ彼女の記憶能力を褒めただけだったのだろう。だが彼女は彼の言葉に何を言っているのかというような顔をした。


「……貴方に会ったのはついさっきですのよ? 普通覚えているのでは……」


「――そうですね。普通はそうなんです」


 ロドルは彼女に笑いかけ、そして一瞬で表情を変えた。


「さぁ、案内しますよ」


 そう言った彼の顔は、なぜだか陰る。


 その理由は分からない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る