Ep.05 本部からの依頼書Ⅰ

「今月の奉仕はこれだけですかねぇ」


 カポデリス首都リリス。セント・フィーネ大聖堂の前。


 ここの統括であるクローチェは目の前の奴に内心イライラしながらそれを堪えていた。


 太った、というより肥えた髭面の男。紳士と呼ぶべきなのだろうが俺は絶対そうとは思えない。思いたくない。早く帰れ、むしろ来ないでくれ。二度と来ないでくれた方が助かる。


「ブラウニア様。と致しましても、これが精一杯で御座います。これ以上と言いましては酷な話でして。いやはや、誠心誠意を込めて精進しているつもりなのですが」


 クローチェは大げさにお辞儀をして見せた。にこやかな笑顔の裏で内心イライラしながら。相手に敬意を振り撒いているようにして、早く出て行けと思いながら。


 そう思う理由はこの男が、


「クローチェ君。君が真面目なのは分かっているよ。でもね、ここはリアヴァレトのすぐ目の前。悪魔の討伐数がこれだけなんて信じられないんだよ。もっといるんじゃないのか? 隠しているとか。五百年前の惨事がまた起きたら君達エクソシストのせいなんだからね」


 クローチェは思わず舌打ちをした。


 逃げたのは向こうだ、お前たち貴族が逃げたからじゃないか。


 腕が震えた。胸ポケットに入った拳銃に手を伸ばし掴んだ時、男はそれに気づいたのだろうか、不意に口調を変えた。今度はさすがに気づかれたか。


「日々精進したまえ若きエクソシスト。君達の働きがこの世界を変えるだろう」


 そう言って近くに止めておいた馬車に乗った男は近くにいる従者らしき老人に何かを手渡した。


「これが今月の報酬です」


 仮面かと見間違えるほど無表情な従者はクローチェにそうとだけ言い、従者は馬車の手綱を引き走っていった。見送っていると今ままで遠くからクローチェのことを見ていた町のものが出てくるのが見える。貴族を前にして商売しようというモノ好きはいないだろう。――少なくともこの町には。


「ちっ……税金泥棒めが……」


 さっきの男は教会本部の職員であり、貴族であるニック・ブラウニア。彼は月一回、悪魔の討伐数につき、金貨十枚の報酬を与えにカポデリスに来る。言わば俺たちエクソシストの依頼主のような立場だ。


 もう何年も顔合わせをしているのだが、俺は未だに慣れない。あの説教臭いところがどうにも気に食わない。俺がまだ若いからって子ども扱いをするんじゃない。


 報酬は良い。だが、なんとなく好きにはなれない。


 そんな男だった。


「……たくっ……」


 書類を捲り教会に入る。庭で遊ぶ子ども達をかわし自室に向かう。


 この書類を元にエクソシストは仕事をする。つまりは依頼書だ。時折現れるあのロドルから来る依頼を私的とすれば、この書類が公的な仕事。


 依頼数は私的な依頼の方が多いが、公的の方がある程度の期間に決まって来て同じ量の報酬が出るので安定している。私的な依頼は依頼者によって報酬が変わるからだ。貧乏な者からはどんなに大変な仕事でも貰えないこともあるし、裕福な者からは少しの仕事でも沢山の報酬が出る。全て依頼者との匙加減で決まる。


 最も、私的な依頼で報酬が高いのはロドルなのだが、なぜかどんなに高くても払っていく。


 どこに一体蓄えがあるのだろう。


「クローチェ様? その書類、本部からですか?」


 部屋に入ろうとした時、声をかけたのはクレールだった。彼がよたよたと危なっかしい歩き方をしているのは持っている箱のせいだろう。随分重そうだ。


「あぁ。さっき、あのおっさんが持ってきた」


「おっさんって。クローチェ様、それは思っていても言ってはダメですよー」


 地面に箱を置いたクレールは、クローチェを見上げてニカッと笑った。


「仮にも貴族なんですから」


「俺は……貴族はキライだ」


「またまたぁ。エルンストが聞いたらまた悲しみますよ」


「あいつは別問題だろ。俺は支配する貴族が嫌いなの。偉そうにしやがって。自分たちは屋敷でぬくぬくとしているくせに」


「現に、教会の本部は貴族が支配していますけどね。いいなぁ。俺もそういう家に生まれたかった」


 クレールは箱に入っていたものを取り出しながら、さも羨ましそうに話していた。エルンストが悲しみますから、と彼が言ったのは彼が何を隠そう貴族の生まれであり、彼が八歳かそこらの時に彼の家は没落した。


 その後、育てるものがいなくなり、やむなく教会が引き取った。同じようにクレールはその辺りの孤児である。教会の外で遊ぶ子ども達もかつては孤児だった、引き取り手がいない子達なのだが。


 まぁ、そんな話、今はいい。

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