Ep.04 何か嫌な予感がするんです
持っている中で、一番装飾の少ない服を着てきたつもりだった。だが、やっぱり不安で途中で羽織るものを買って着た。
靴は動きやすいものに履き替える。急いで準備したせいで、いつも履いているものを選んでしまったからだ。走ることを全く想定していない高いハイヒールの代わりに、革の素地にステッチが可愛いモカシン。長い紐を結んでいざ町へ。
店を出てしばらく歩くと、王宮があって、人通りの多い道を抜ける。
こんなに人が多いとは。想像以上だ。
店と店の間が狭い、人にぶつかりそうになる。人酔いしそうだ。人通りに慣れていないせいだと思うが、身体がよろめきそうになった。ドレスを踏まれたせいで前のめりに体が倒れる。
その時、誰かが手を引いた。
「大丈夫ですか? 僕の方に倒れてきたので……お怪我はありませんか」
それは後ろにいた。意図していなかった真後ろからの声に悲鳴を上げそうになる。人が多かったせいなのか、後ろに人がいることに全く気がつかなかった。
「大丈夫ですか?」
透き通るような綺麗な声は確かに後ろから聞こえる。
「はい! 大丈夫です……」
振り返るとそこには確かに男の子がいた。歳は十六か、十五。線の細い顔をしていて、真っ黒な少し癖がかかった髪。帽子に押され、左眼に長く髪がかかっている。
どこか浮世絵離れした少年だった。
まさしくどこかの絵画から出てきた、という表現がふさわしい。もし聡明な画家ならば、彼にモデルを頼むだろう。
「? ……僕の顔に何かついていますか?」
じっと見すぎていたのだろう、彼は戸惑ったような、少し困っているようなそんな曖昧な表情で笑う。その顔は優しい。
「いえ! 何でもありません……」
彼女はあわてて目を逸らした。
「そうですか。では、僕はこれで。向こうに連れを待たせております故。ご機嫌麗しゅう、お嬢さん」
お辞儀をしてこうべを垂れる。家にいる従者でも、こんなに綺麗なお辞儀をするものがいただろうか。
そんなことを考えてしまうくらい。
そしてどこかに消えた。初めは人通りに隠れたのかと思ったのだが、違う。あれは確かに目の前から消えたのだ。走り去る足音も聞いていない。彼が立ち上がったことも見ていないのに、目の前からパッと消えた?
そんな芸当を出来るものを、彼女は本の中でしか知らない。人が忌み嫌うその存在が彼女はどんなものよりも好きだった。
「やっぱりこの街、面白いわ!」
思わず笑みが零れる。
◆◇◆◇◆
ロドルは背筋に悪寒を感じて後ろを振り返った。デファンスは彼のその様子を見て少し可笑しく思う。
「どうしたの?」
デファンスはそう尋ねる。
「いや……なにか殺気に似た気配がしたもので」
ロドルは体を擦り、何か嫌なものを払うようにはたく。
デファンスは手元のメモを見ながら、彼を見ずに「ふぅん」と相槌を打った。
「それより、人が多いわねー。気をつけないと、さっきのロドルがしたみたいに、道端で手を取られて、『大丈夫ですか? お怪我はありませんか?』と、ナンパじみたことをされかねないわ。気をつけなきゃ」
「ナンパじみたってなんだよ! 倒れてきたから支えただけだよ! 周りの人は避けていたからねぇ!」
普段が敬語なのでそうそう感じないのだが、敬語がないとたちまち見た目と同じ。言い換えれば年相応になる。声が高いのも助かって青年というよりは大人になりたがっている幼い少年のような印象になる。
つまり、言葉に威圧感が無いのだ。主人に従順な執事そのもの。
実に扱いやすい。
「ちゃんとついてくるのよ。私の執事さん」
「十分分かっていますよ。さっきは事故です! ちゃんと魔法陣で巻きましたから!」
ロドルは胸ポケットから数枚紙を取り出した。描いてあるのはどれも彼が書いた魔法陣。女性の前から一瞬で姿を消したカラクリだった。
それをここで使っていいのかは分かりかねるが、確かに便利な代物である。
「僕が姿を消して仕舞えば、追ってくるものなどいませんよ。僕には気配などないのですから」
「そうね、背後に立たれるのは勘弁して欲しい。毎度毎度心臓に良くない!」
ロドルはその言葉に「それは僕にはどうしようも……」と口をモゴモゴさせる。だが、その彼が全くと言っていいほど気配が無いことをデファンスは知らない。
「全く……貴方は私の従者なのに……」
デファンスは彼に気づかれないように、一人ため息を吐いた。
女の人にいつも優しいのはロドルの行動として珍しい事ではないのだし、普段から城の中でも侍女だろうが誰であろうと彼は優しく接する。それが少し気に食わないのはデファンスが日々思っていることであった。彼には絶対言える筈がないし、言わないけれど。確かにそれがあるのに、デファンスははその感情が何なのかは知らない。
「早く行くよ!」
「はい。承知いたしました」
皇女様とロドルは決められた合言葉のように呟く。
そして彼がそういう類いに人以上に疎いことを、主人である彼女は十分すぎるくらい知っていた。
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