僕がこの世で一番嫌いな日にⅥ

「なんで誕生日、黙ってたの?」


 カポデリスに行く準備をしていた時、デファンスにそう聞かれた。コートに手を通す。なんでかと聞かれれば特に理由もないが、聞かれればこうだろう。


「……あんまり誕生日が好きではないんですよ。好きか嫌いかと聞かれれば、嫌いと答えるほど好きではありません」


 だから祝われても嬉しくはない。


 理由は誰にも言うつもりはないけれど。


「じゃあプレゼントも嬉しくない?」


「僕にとってはカポデリスに出かける事が一番の楽しみですからね。お暇貰えれば十分なプレゼントですよ」


 自虐でも悲観でもなく普通に答えたつもりだったのだが、デファンスは拗ねたような顔をする。


「私が何かあげるって言ったら?」


 デファンスはなにやらもじもじしている。


 その様子になる意味が分からなくて、首を傾げる。何かしただろうか。いや、何もした覚えもない。しょっちゅうからかっているし、悪いとは思っているが今朝はしていない。


「プレゼント、くれるんですか?」


 何かしたのなら謝らなくてはならない。探るためにそんなことを聞いた。


「欲しいならあげるわよ」


「なら結構ですよ」


「ちょっと!」


 デファンスが更にほおを膨らませた。やっぱり娘さんだ。起こったその顔はメーアによく似ている。


「従者が主人に贈り物をねだるのはどうかと思いますし……」


「欲しいものとかないの?」


「欲しいもの」


 望むものは何もない。僕の欲しいものはなんだろうか。


「欲しいものは無いですね」


 本当に欲しいものは決まって、手には入らないのを知っているからだろうか。


 不毛なやりとりだったので、悪いと思いながらも魔法陣で振り切って魔王城から出た。デファンスは不機嫌そうだったが仕方ない。欲しいものが無いなら勝手に決めるからね、と踵を返して去ってしまった。


 僕が欲しいもの、か。


 カポデリスの町並みを見ながら、今日もここに降り立つ。案の定、こちらは深夜だった。小さい玩具のような家。歩く者のいない道。遠くに見える教会の十字架。その真正面に広い墓場がある。


 鬱蒼とした誰もいない街。


 そこで待ち合わせ。


 そこに着くと待ち合わせ相手の嬉しそうな顔が見えた。


「ジェイ! 誕生日おめでとう!」


「あぁ、フィオ。遅くなってすまない。椅子に縛られて誕生日会をさせられていて……」


 フィオはそれを聞くと「なんだよそれ、面白すぎ!」と笑う。


 友達の顔を見ながら、僕は遠くを見ていた。共同墓地の奥、苔むした石板の名前は黒く塗りつぶしてある。


 そこには花束が一つ。


 僕が一つ望むなら、ずっと永遠にこの時が続けばいいのに。僕の時と他の人の時はあまりにも違いすぎて、僕は必ず一人になる。デファンスやメーア、ゼーレなど。生きているものならいつかは死ぬ。それを何度も見てきた。


 彼らは死者である僕の様にはいかない。


 いつかは死んでしまう。


「フィオ。お前はいつ彼方に行くんだ?」


 そうからかうのはいつものこと。


「お前なぁ、俺はここが良いの! ふらふらしてて悪いかオイ!」


 その台詞にどこかホッとしてる自分もいる。


「そうだった。フィオは仕事もしないでふらふらしてるんじゃないんだもんね。好きでふらふらしてるんだもん。僕が有休をやっとの思いで取ってきたのに、万年お暇の君には分からないよねぇ」


 ニコッとするとフィオに頭を叩かれた。


「その言い方はやめろ!」




 ◇◆◇◆◇




 望むなら。


 今この日が永遠に続けばいいのに。


 いつからこの日が忌むものになったのかを僕は知っている。忘れられないあの日を、忘れてはならないあの日の事を。


 僕がこの日を嫌いでも、僕はこの日を忘れない。人が本当に死ぬのは、自分が死んだ後、親や友人など自分の思い出を持つ者が死んだ時だと思う。忘れないように自分の死を悲しむ人がいる。その彼らが死んだら本当に自分を知っているものは本当に居なくなってしまう。思い出の亡くなった人は忘れられて、本当にいたのかも曖昧になる。


 だから、僕は忘れない。忘れてはならない。


 死んだ人は知っている人の心の中で生き続ける。


 それを僕は信じてる。


 そしてまた今日もここに建つ。


「花束」


「あれ? 本当だ。誰が?」


 置いてあったのは青紫、白、ピンク、淡青の小さな花。薄い紙で巻かれリボンが結んである。


 持ち上げるとカードが落ちた。






 フォーゲット・ミー・ノット。


 ――僕が好きな勿忘草。




 A.A.1367.4.5

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