終章
Toy SymphonyⅠ‐①
「ねぇ、お兄ちゃん。この話、本当?」
丸い目が二つ。少女は不思議そうに無邪気に、青年の顔を覗き込んでいる。その愛らしい様子に自然と笑みが零れた。
「うん、そうだよ。でもね、最初に言ったように……」
「誰にも言っちゃいけないんでしょ? 分かってるよー、私とお兄ちゃんの約束。でしょ?」
少女は空中にぶら下がった青年の手を握り背中を押す。
青年は不意をつかれてよろけそうになる。振り返った顔は驚いたように目が丸くなっていた。
「昔のお話さ。聞いたことがない話を話してって言ったから……」
青年の口調はまるでせがまれたから、話してしまったと言い訳をしているようだった。少女はその様子がおかしくて吹き出してしまう。青年は決まり悪そうに苦笑いをしていた。
「君が彼女に似ていたから」
遠くの空を見上げる。流れ星が雲の合間をかけていく。少女は青年の見ている先に何があるのか分からなかった。なぜこの話をしてくれたのかも。
少女の無邪気な問いかけに頬を赤くした青年は、年がよく分からない。少年のような出で立ちなのに、老人のように古臭い聡明な考え方をする。けれど若い青年のようにどこか勇ましい。
今日一日、一緒に過ごしたのになに一つ分からないのだ。
朝、少女がいつも遊ぶ広場に行くと、木の下に倒れこんだまま眠っている青年がいた。青年は数日間飲まず食わずの様で、少女は食事を持って行った。
「お礼はお話をして!」
という少女のおねだりに青年は迷惑そうながらも了解した。
初めは遠い街の綺麗で大きい木の話、一年中日の当たらない街、青年が今まで会った人達の話など。彼は色々な話をした。
彼が最後に話した話が、誰にも話してはいけない話だった。
「知ってるよ、悪魔の決戦の話でしょ? お母さんから教えてもらったもん。でもさ? お兄ちゃんの話と少し違うよ」
少女は不機嫌そうにふてくされた顔をする。
「悪魔は悪いやつだもん。魔王城にいるのは人間を滅ぼそうとするわるーい魔族や悪魔なんだって! 魔族はむかし英雄王様に滅ぼされたけれど生き残ってて、いつか人間を殺そうと企んでいるんだって」
腕組みしながら真面目に答える少女に青年は吹き出す。
「あっは……そうだね、君の言う通りだ。でもね、歴史と事実は違うこともあるんだよ?」
青年は真顔で答える。
「えぇー、お母さんの言っていたことが違うの? みんなこのお話信じてるよ? お兄ちゃんが間違っているんじゃ……」
それを聞くと青年は腹を抱えて笑い続ける。
「な、何がおかしいの!」
少女は顔を真っ赤にして叫ぶ。恥ずかしさとなんともいえない居た堪れない気持ちにさらされ青年に言い放つ。
「もう、知らないッ!」
少女は地団駄を踏んだ。青年は目を一瞬細める。そんな頬を膨らませて怒る少女の頭にポンと手を乗せる。
「いや、合っているよ。確かにこう教えた方が都合がいいし、分かりやすい。だから『誰にも話してはいけない』といったんだよ。分かるかい」
分からないと、少女は言った。教えてと、続け青年に懇願する。青年はそんな少女にため息をついた。
「しょうがないね、大人になってからまた教えてあげるさ。それまでに顔を忘れないでいてくれよ?」
青年はそう言って笑いかける。
少女は年の割に鋭いことを言う。こんな時、子どもの質問というのは痛いものを突くものだ。
「分からないわ。だってその時にはお兄ちゃんはおじさんになっているかもしれないじゃない。顔なんて変わっているわ」
青年の肩がギクリと動いた。
少女は当たり前の事を当たり前のように言っただけ。青年はその当然の事実を忘れていたかのようだった。
「そうか……違うんだ」
青年は独り言。寂し気な瞳。彼女はその様子に首を傾げる。
しばらくそのまま沈黙する。
ただ綺麗な星空が彼らを包み込んでいた。
「僕はね」
青年が突然言った。
「ずっと一人なんだと思っていた。永遠にこの姿で周りは変わって行くのに僕はそのまま――」
青年は何かを思い出していた。少女は耳を傾ける。
「どんなに綺麗な景色を見ても、どんなに楽しいことがあっても、思い出すのは彼女のことで――。帰ってこない彼女をずっと追いかけて――」
青年はただ空を見上げた。
頬を流れる一筋の雨、少女は厚くなった雲を見上げた。
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