歯車はいつも噛み合わないⅥ‐①

 ――しまった、見張りだ。


 彼は壁に背中を密着させ、遠くの人影を見やる。


 人数は五人。いやに多く配備されている。


「皇女様がいないだと! 何処へ!」


 警備兵が叫ぶ。どうやらここに侵入していることに気付かれたということではないらしい。安心して壁から離れた。


 いや、安心出来るものでもないか。


 皇女様……、デファンスが居ないだと? それはそれで不安だ。何が起きているのか、また脱出したのか。


 呆れてものも言えないとはまさにこの事。


 影に隠れて長いため息を吐いた。


「とりあえず、ここを通るのが先だ」


 この廊下は謁見の間の中央回廊。一番警備兵が多い場所であり、人が多い場所だ。だが、警備兵は誰一人、中の様子がどうなっているのか気づいている様子ではない。


「人払いの陣、敷いといて良かった」


 中の様子がどうなっているのか知られたら、こちらの計画がたちまち崩れてしまう。先ほど通った使用人用のクローゼットから取り出したものを着て、何事もなかったように紛れ込む。


 ゴホン、咳払いを一つ。


「さっきの地震のせいで天井が崩れた場所がある。その場所へ移動してもらいたい。今すぐにだ」


 嘘も方便、ここは取り繕う。


 自分がすることはこの力の制御だけ。帽子を深く被り自分が出せる限りの低い声で命令し、三人を移動させる。残る二人はクローゼットから拝借した兵士の長剣を用いて峰打ちする。倒れた二人を近くのお手洗いに連れて行き、扉を閉め、証拠隠滅。


 ここまで上手くいくと少し疑いたくなる。


 ふぅ、と息を吐いた。


 次にすることは――。お手洗いの個室に入って服を着替え、燕尾服姿の執事に戻った。


「あ」


 ゴソゴソと持っていたバックを探っていた時に気づいた。


 しまった。アレがない。さっき警備兵の服に着替えた時はあったのに。帽子があったから脱いで被っていたのだ。


 まずい、緊急事態だ。


 倒した者たちの誰かの下にあるのか、と持ち上げたが重くて持ち上がらない。徐々に血の気が引くのを感じた。血の気などないのに。ここでばれてはならないのだ。計画が水の泡。特徴のある自分の髪を隠すために、かつらは必要不可欠なものなのに。


「クローゼットか……? でもあそこはここから遠いし、人が多い。どうすれば」


 模索するが答えは出ない。


 いっそのことクローゼットに走り込むか、と諦めて、お手洗いの扉に手をかけた時だった。


「なに、ボソボソ独り言を言っているの?」


 見ると天井の天板が一つ外れていて、光が漏れている。前々から直さなければと思っていた場所だ。


 そこから自分を覗く少女に目を見張る。


「なっ!」


 思わず声を上げる。なぜここに、という疑問を投げかける前に彼女は天井から降りて来た。


「なに、コソコソしているの? ロドル」


 彼女は彼の名前を呼ぶ。


 服はいつものようだが、王宮内で身につける華やかなものとは違い、動きやすさを重視したもの。分かりやすく例えるならば、何度も自分を困らせた『脱出する時の冒険服』だった。


「デファンス! なんでここに……ここは男子トイレだぞ!?」


 もはや天井から降りて来たことは頭から吹っ飛んでしまっている。いや、両方だと思う。脱出する時に天井を伝って城の外に出るのはデファンスの得意分野だ。


 何度これで困らされたことか……――。


「ここって城の端っこだし。謁見の間にいつも二人の警備兵がいるのが決まりだから、見張られているようで使いづらいっていう人が多くてあんまり使う人がいないの。まぁ、私は謁見の間に近くてなおかつ人が来ないから秘密基地代わりによくこの上で脱出の機会を練るのだけど……。あれ、知らなかった? ここ天板が外れているからいざって時には下にすぐに降りられる、重宝した部屋なのよ」


 いや、部屋の説明は聞いてない。


「なんでだよっ! まさか全て聞いて……」


「うん。命令するために放った普段の高い声を思いっきり下げようとした精一杯の低い声、ドサっという二回の音、重いといいながら引きずる二人の警備兵、かつらがないという慌てふためいた間抜けな声……」


 ロドルは開いた口が塞がらない。


「全て、聞いていましたー! ロドルもこんなドジするんだね、どうするの剣振り回して暴れたとか聞くじゃない。それが、それが!」


 笑い転げるデファンス、殺気に取り憑かれたロドル。ロドルが拝借した剣を振り下ろそうとした時、外から声が聞こえた。

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