歯車はいつも噛み合わないⅤ

「あぁっ! もうっ! これじゃキリが無いッ!」


 片手に拳銃。


 目の前には何度も何度も撃っても起き上がり襲いかかる敵。数は少ないが、手応えがこうもないのだからどうしようもない。


「クレール、炎上網を張れッ!」


 背中合わせに対峙するエルンストが叫ぶ。彼も後ろでキリが無いと気づいたのだろう。


 クレールは胸ポケットから黒い塗装の金属の塊を出す。上についたピンを抜き、敵がいるやや後ろへと投げた。


 たちまち広がる火柱。それは円状に広がり敵を取り囲む。


 上手く罠にかかったようだ。


 しばらくすると周りは焼け野原と化す。


「エルンスト、飲み物ないか? 喉がカラカラだ」


 エルンストは黙って水筒を差し出す。まだ熱風と灰が吹き荒れる草原、クレールは咳き込んだ。


「悪い」


 受け取り、一気に飲み干す。冷たく新鮮な水が乾き切った喉に流れる。生き返るとはまさにこれを言うのだ。


「それはそうとクレール、最近、悪魔の数が前より多いとは思わないか。異常だ。何々ならぬことが起こる前触れのような」


 エルンストはグイッと眼鏡をあげた。何かを言う時、さらにその言葉に確信がある時の癖だ。


「え? あぁ……」


 クレールは生返事を返す。


 エルンストは構わず語っている。こちらの反応が思いがけず薄かったことへの動揺かどうか分からないが、らしくない言い方だった。おおかた魔王の差し金か、ロドルの方か、話は尽きない。全て言い終えた後、エルンストはため息をついた。


 ――珍しく大人しいな、と。


 正直言うと自分でもエルンストが話した内容のような事は感じている。だが原因が分からない。容易に動くのは危険すぎる。


「ロドルか……何を考えているのか全く分からない男だ。いま何処にいるのかも……」


 あの教会襲撃から二週間は経った。


 なのに彼等はまだ仕掛けて来ない。何処にいるのかも掴めていない。彼等の動きに対して、考えれば考えるほど闇雲に空虚を彷徨っているような感覚さえある。ロドルの言ったことが全て真実だということもあるだろうが、悪魔の言うことなど信じてはならないし、信じられない。今頃、中央教会に勤めるクローチェがそれについて調べている頃だが、進展があるだろうか。


「クレール、とりあえずだ。今日は戻るぞ」


 エルンストが眼鏡を上げた。


 すると突然――、


「エルンスト様っ! クレール様っ! お久しぶりにございますぅ――っ」


 ハイテンションな声と共にこっちに走ってくる影。


 エルンストは瞬時によける、クレールは動けず、そのままその影に体当たりされ吹っ飛んだ。


「いったぁ……」


 鼻を押さえ、背中をさする。影はエルンストに駆け寄り、しきりに叫んでいる。エルンストのうるさそうな顔が見え隠れする。


「おい、誰だ!」


 クレールは彼――、の肩を掴み、顔を向けさせる。


 その瞬間、その顔を見て固まってしまった。


 なぜ。それはエルンストも同様だった。


「お前がなぜここにいるんだ! お前は、あの時!」


 口をもう一度開いた時、彼はニッコリと笑った。


「ええ、そうです。俺はあの時死んだはず、そうですね?」


 彼は悪戯を考えた子どものような顔を浮かべる。


「ロドル……と言いいましたね。彼の剣に貫かれて。俺もそう思いました」


 あの時、あの教会で。ロドルに教会を襲撃されたその時に、十字架をロドルに向け刺されたはず。


 だが、この顔は見間違えるはずがない。どうして。


 まさか、そんなに深くなかったのか? あれで? ロドルはミスを犯したのか? 本当は殺していなかったのか? それはそれで良かった、と安心した時、彼は驚くことを告げた。


「俺はあの時死んだ、それは確実ですよ。ロドルの斬り損じではありません。――これは確定の事実です。だって、自分の心臓が貫かれているのを見ましたから」


 彼は友達に『昨日の夕飯は何だった』と話すように、さらさらとなんでもない世間話をするかのようにこう言った。


「あぁ、そうですね。あの時、彼に斬られた方々も皆無事です。皆さん、教会にいて、今頃話しているでしょう。一番彼に近づいたのは俺ですし、を見たのも俺です。クローチェ様には先ほど報告に行きました。驚いていましたね」


 彼は目を伏せて呟く。


「これがただの戦争ではないこと、お二人も分かっていると思いますが――。計画は既に最終段階まで進んでしまっています。それを止めることはもう出来ません」


 何を言っている? クレールはただ目を見開いた。


「話しましょう、全ての計画を。これから何が起こるのかも全て。――俺がなぜ生きているのかも」


 彼はそう言っていつもの笑顔を見せた。

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