歯車はいつも噛み合わないⅡ

 その出来事は突然のことだった。


 仮設の教会。


 首都リリスから南西方向へと拠点を移し、数日が経った。


「クローチェサマァッ!」


 クローチェは、走りこむ影に思いっきり吹っ飛ばされ、地面に押し倒された。そのうえこの大声だ。怒りは頂点に達していたといっても過言ではない。


「なんだ、お前は!」


 地面に倒れた身体を起こし、振り返る。倒れた場所が屋外だったために口の中に広がる砂利の味に顔をしかめた。


「クローチェ様ぁ……うわぁっん」


 なぜかその影はなぎ倒したクローチェの身体の上で泣き出した。顔は見えない。目をこすり泣きじゃくる。


「誰だっ!」


 まさか敵じゃあるまいな。クローチェはその者の肩を掴み、顔を見た。その瞬間、目を見開く。


「お前は……!」


 驚く声と裏腹に彼は、


「はい、仕えさせていただきます。クローチェ様」


 そう、くしゃりと笑っていた。




 ◇◆◇◆◇




「ロドル様、何を」


 しばらく呆然としていたらしい。


 髪が風に吹かれる。今日は空が高い分、嫌な天気だ。


 後ろからの声に全く気付かず、生返事をする。


「貴方様がこうでは、指揮が取れません。しっかりしてください」


 あやふやな意識の中、ロドルは声の方へと振り返る。


「あぁ……僕になんか用でも?」


「敵軍かもしれません。指示を」


 そう黒服の者は言う。ロドルはその顔を見て、考える。


「お前……見たことないな。誰だ」


「何をおっしゃる。記憶違いでは」


 さらりと即答される言葉。その言葉に一切の迷いはない。黒服のフードに隠された顔は無表情のままだった。


 あぁ……そうか。安堵の表情と共に緊張を緩ませる。


「お前が――」


 はい、そう確かにそう答えた。


 その者は顔を軽くあげる。見える眼差しは朧げ。


「ご苦労。感謝する」


「勿体無いお言葉で」


 黒服はそう呟き、足に力を込めるのをやめた。ふらつく体を優しく支え、彼女の頭に手を乗せた。


「少し休んでくれ。僕も制御出来ない」


 そう呟く間も無く寝息を立てる黒服。体を地面に下ろす時、かけていた眼鏡が足元に落ちた。ロドルは目を細める。


「僕さ、様づけで呼ばれるの、好きじゃないんだよね」


 糸が切れた操り人形のように――。


 その例えが、ピッタリだ。


「さて」


 地面に下ろして空を見上げる。


 目の前にあるのは天までそびえ立つ壁。


 壁といっても人工的なものではなく、自然にできた山脈だ。これがカポデリスとリアヴァレトと阻む壁。これがあるから自由に人間と悪魔が往き来できず、ここまで起きなかったのだ。


 では、これを壊せばどうなるか?


 答えは誰でも分かるだろう。


「ふぅ」


 ロドルは息を吸い込む。


「我が作りし天翔る城壁よ。今、この場所にて本来の意味をなし、封印を解き放て!」


 そう、昔作ったものを壊すだけだ。二度と戦いが起きないために。人間と魔族が交わらないように。


 そのために作ったものをだけだ。


「利用出来るものなら……、僕はどんなものでも使ってやる。例えかつての主人だろうが、永年の信頼だとしても。どんな人を裏切ったって……、構わない」


 ロドルは一人、誰が聞くわけでもない言葉を漏らす。


「――僕が大切なのは、貴方だけですから」

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