追憶――消し去った日々Ⅹ‐③
「――……はぁっ」
まず、ネーロは僕にリュビを殺させようとした。だが、僕はそれをしなかった。それでも、リュビの体力は減少する。ネーロはそこを狙ったのだ。一瞬でも守護神であるリュビに隙があったなら、大霊樹は闇の手に堕ちる。きっとネーロはそのためにリュビを僕に殺させようとしたのだ。
「お前の魔力も残り僅かの筈だ。治癒魔法は、一回でもかなりの魔力を削る。しかも、それが呪文で無いならば……」
僕の魔力を限界まで削るため。
「はぁはぁ……満月は出た……」
僕はネーロに聴こえないよう呟いた。
息は切れ切れ、もう既に身体はボロボロだろう。
けれど、それだけで十分だ。
制御が出来るかなんて分からない。今までも恐ろしい力だった。それが大霊樹というリミッターが外されたいま、宿主をも殺し尽くすほどの魔力が僕を苦しめる。
けれど、やらなければ守り切ることなんてできない。
「ここで死ぬよりましだ」
ここで死んだら――。
「僕だって男だ」
もうつべこべ言ってられないんだ。
「おぉ? 勝算があるのか? この場面でこの状況で魔力はもう無いだろう」
あいつは肩をすくめ嘲笑う。
「あるさ」
僕は胸に手を当て、あいつに向かってニヤリと嗤った。
「この剣の制御を、僕がまだ出来ていないとお前は決めつけた」
僕は何も無い空間からゲシュテルンを解き放つ。前にこの剣を見た時。その時は、真っ白に輝く美しい剣であったが今は――。
「へぇ……こんなにも違うのか。大霊樹って恐ろしいね」
ゲシュテルンは周りに真っ黒なオーラを纏い、剣先は血を吸ったように赤黒く濡れている。自分の身体とを繋ぐその剣は、自分の魂に強く強く絡みつく。
まさしく悪魔の剣だ、僕はそう直感した。
「お前は、僕とこの剣を利用したいのだろう?」
僕の言葉にネーロは目を見開く。続く言葉は冷静だったものの、一瞬見せた狼狽とした表情を僕は見逃さない。
「……その剣で何をするつもりだ」
「僕の知ったことか。お前が始めたことだろう。英雄気取りね、どっちがなんだか。だが、お前に同情なんて感情が、今の僕にあると思うか」
僕の一つの賭け。それは大霊樹の力の及ぶ範囲だった。
ここは大霊樹より遠く離れた魔王城の近くの丘。
この魔王城は数か月前に陥落したという。何者かによって。だからあの城には誰もいない。しかし、かつての魔王城。つまり王都の中心。そこまでどのくらいの時間で暗闇が来るかは未知数。誰にも予想できなかった。
満月が出ればゲシュテルンの出番。
この剣の登場はあいつの計算には無かったようだ。
そりゃそうだろう。残りの魔力を全て費やして、ゲシュテルンの回復に使ったのだから。僕自身が消滅していないから、まだ魔力はある。それは切り札として取っておこう。
残り一発、思いっきりキツイやつを。
満月が少しでも出たなら十分。僕はそれだけで――。
「さぁ、ネーロ。覚悟は出来ているか?」
振りかざす剣が風を切る。僕はこの音が好きだ。
「お前がそのつもりなら、誰が――」
彼はそう言うと、首元のロザリオに指を当てた。
そこから手を振り下ろすと、何もない空間から大鎌が出現する。
「誰がお前の御主人様なのか、教えてやるよ」
身長を越す大鎌は、僕の剣より随分長い。
真黒な刃先に月夜が照っている。
あれに当たってしまったら……、想像はしたくない。
「今日、お前を討つ!」
僕は剣をネーロに向けた。カチャリ、ゲシュテルンは従順に僕の手に馴染む。笑みが耐えきれず零れてしまうのは僕が狂ってしまったからではないだろう。
「お前は殺さなきゃならない」
止まらない、止まれない。
それは全て繋がって、もう直すことはできない。
過去に戻って一つでも変えられるとしたら、僕はまだ何も知らなかった幼い時に戻りたい。
それでも何もかも知ってしまった今。
――僕はまた繰り返すのだろうか。
A.A.368.×.31
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