開戦Ⅱ

「これどう思う?」


 人間の二足歩行の歩みより、猫の四足歩行の速さの方が遅い。ロドルが猫でよかった、そう思いながら尾行していたのはいいものの――。


「教会……?」


 あの猫、この教会に入ることは大変だとか言わなかったか。隣でデファンスが叫んでいる。慌ててセレネはデファンスの口に蓋をした。聞こえたらまずいのだ。私たちは、尾行をしているのだから。おそらく魔法陣を作って、リアヴァレトに行くと思っていた私達は、ロドルの意外すぎる行き先に首を傾げていた。


「なんで?」


 教会は魔族である私達には一番行きづらい場所であり、敵城だ。


 なぜ――、いま、わざわざこんな場所へ?


「おかしい? なんで今?」


 暗号を解いたのなら、すぐにリアヴァレトに向かうはず。


 なぜ――、それをしない?


「他に何が……」


「とにかく行こう」


 見失ってはいけない。そう思って私は、デファンスの手を掴み、ロドルを追いかけた。デファンスの手は震えていた。


「デファンス、来たことあるんでしょ」


 デファンスが入ったのは私も知っている。ロドルのお使いに行き、教会でお世話されたこと。ロドルに説教をされていたこと。その後、何度も隠れて行っていることも――。


 だから、デファンスに聞いて回った。ロドルは一切迷うそぶりもなく、四本の足で歩いている。


「あ……、まずい」


 ロドルは置いてあった木箱を経由して、屋根の上にぴょいっと飛び乗ってしまった。


「逃げられた……」


 こうなってしまったら元もこうもない。私達は教会の真ん中でただ立っていた。ロドルは後ろの声に気づいたから巻いたのか、ただ気づかず屋根に飛び乗ったのかは分からない。


「あの黒猫ぉ……、ちゃんと人が歩ける場所歩けぇっ!」


 デファンスが大声を上げる。


「うるさいよ!」


 私はデファンスの頭を思いっきり叩いた。




 ◇◆◇◆◇




「あれー? デファンスでしょ。どうした? お友達?」


「あ、クレール。この子は私の幼馴染み。今日は連れてきたの」


 クレールと、デファンスに呼ばれた青年は、教会の奥から声をかける。ちょうど、渡り廊下の奥の方から。ここは敷地が広い。クレールと呼ばれた青年はこちらに走ってくる。


「名前は?」


 にっこりと笑う青年。


「セレネです」


 一瞬反応が遅れ、慌てて名乗る私の隣で、デファンスはにやにやこっちを見ながら笑っている。


 しょうがないじゃない。こっちは人間と話すことなんて初めてなんだから……。店に来るお客とは何度も話したことはあるが、それ以外で一対一で話ことは初めてだ。


 それはデファンスも変わらないとは思うのだが……。


 やっぱりコッソリここに何度も顔を出していたな。


「この人はクレール。えっと……」


「エクソシストッス。よろしくー」


 クレールが愛想のいい顔をする。自分が人間ならこの笑顔に安心して握手を返しただろう。


 私は少し苦笑いをして握手を返した。


「私の猫が入り込んじゃってー、探していたんだ」


 それがさっき考えた、ここに入ってきた嘘の文句だ。半分は合っていて、半分は違う。ロドルはただの黒猫ではないからだ。


 クレールは一言も疑わず、手伝ってくれるらしい。


「ここ広いからなぁ……、どんな猫だ?」


「黒猫で……、左眼に傷がある」


「ふぅーん、そう……。……――え?」


 デファンスはとりあえず答えたが、クレールは小さく聞き返したように聞こえた。一瞬だけ驚いたような顔にも見えた。


「なにかあったの?」


 デファンスはそう聞き返したが、クレールは上の空。声が聞こえなかったのか、ブツブツ呟いている。


 だが――、聴こえてしまったのだ。


「左眼……、まさかな」


 そう小さく呟くのを確かに――。


「?」


 私とデファンスはお互い首を傾げた。


「あ、いいの、いいの。気にしないでー、さっき見たなぁと思ってさ」


 クレールはそう言って手を振った。


「本当っ!?」


 口を合わせてクレールに飛びかかると、クレールは一瞬目を泳がせた。その言葉の真意は分からない。


「あぁ……、向こうで」


 なんとも歯切れの悪い言い方だが、もしかしたら見つかるかもしれない。私達は心踊らせた。

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