満月が照らすものⅡ

「御主人、二人来たぞ」


 ロドルは執事あるまじきタメ口で、自分の主人を呼んだ。


 だが、主人の魔女はそんなことどうでもいいようだ。


「ロドル、待ってたよ! ありがとう」


 ロドルはその様子をふと見て、自分にかけた魔法を解いた。キラキラとした星粒が、ロドルの周りを舞い散り消える。


 呪文もなしに手をかざすだけ――。


「御主人、ゼーレはどこに?」


 ちょこちょこと、四本の足で奥の方へ歩き、メーアの膝の上へと登る。甘えるようなその視線には、少しイラっと来る。


「ロドルったらー、くすぐったい」


 メーアに頬ずりをして猫のように甘えている。


 実際ロドルは黒猫で猫だから仕方ないとしても――。


 デファンスはわなわなと肩を震わせた。


「私の対応と変わりすぎだろうがッ!」


 そう叫ばずにはいられない。


 ロドルは執事であり使い魔でもある、黒猫であり人型にもなれる……、私が思うに調子のいいやつだ。口が悪いのは主人のメーアに対しても変わらないので、私が特にとっつかれている訳ではないのだが、なんとも納得いかないのだ。


「お母様ぁー、ロドルったら酷いんだよ!? 態度が全然違うったらありゃしない!」


 ロドルは黙ってこちらを見ている。


 やれやれと肩を竦めるあの態度が気に入らない。


 セレネはまた始まったよ、と呆れ顔。


 メーアはまたなの、と笑う。




 ◇◆◇◆◇




 リアヴァレトの王都――、フェニックスにある魔王城。


 レウクロクタ城。


 カポデリスからは恐怖の城と恐れられ、内部は魔族で埋め尽くされ、侵入を拒む完璧な防御壁。現皇帝ゼーレの言葉は絶対で、逆らうことは許されない。魔族たちは彼の言葉に付き従い、絶対の忠誠をもって命令を遂行する。


 ――と、人間たちの間では語られている……――。


『あーあー、マイクのテストなうー、入ってるー? 入ってるよねー?』


 そんな魔王城にて平和に流れる放送音の言葉は、魔王の絶対王政を示す命令が飛び交うという、カポデリスの人々が想像する想像からは想像もできない、頭のねじが吹き飛んだような、ゆるっゆるの会話が繰り広げられていた。


「メーア、適当に放送しないでくれ。民が困るだろう」


 呆れ顔の魔王は、年も考えない魔王妃を咎める。


「ごめーん。だって放送が大っ好きなんだもん。人口増えてきたし嬉しくって」


「一応、ここは魔族の巣食う城ということになっている」


「いいでしょ? たまにはふざけたって」


「メーア……。いい、俺がやる」


 赤紫の髪の魔王はマイクを取って言葉を発した。


「今や、この国が復活して五百年。民は増え、この広いリアヴァレトを根城にする者は増えた。人間から逃げ続ける生活はもう終わったのだ。だが、まだ魔族は絶滅に瀕している。今こそ仲間を増やし、いつか復讐の機会を狙おうではないか。さぁ、皆ども俺についてきて欲しい。魔族に加担してくれた人間もいた、俺たちに助けを乞うてきた人間もいたが、ほとんどの人間は魔族を根絶やしにしようと試みるものだった。それは五百年経とうが、憎き戦乱が千年前になろうが、変わらない。自分の心臓に問いかけて欲しい。――今こそ立ち上がる時ではないのか」


 長いスピーチは淡々と、全く同じ速さで問われた。


 ウオオォッ! と、上がる歓声。ふぅ……、と、ゼーレは息を吐き切って、マイクから手を降ろして振り返る。


「こんなもんだろう」


「流石でございます、魔王ゼーレ」


「ロドル、お前に言われると歯痒いな」


 拍手をするのは黒髪の執事だった。魔王は彼の前に立ち、ふっと笑った。とても優しそうな笑顔で。


「慣れないんだよ、敬語」


「普通でいいじゃないか」


「他の者がうるさいんだ。僕、猫なのに」


「ふぅーん」


 奥に行きながら二人は会話する。仲の良さそう……。いや、適度な距離を保つ二人の背。二人の影は段々と暗闇に見えなくなった。微かに会話が聞こえるが、もう聞こえない。


 デファンスにはその距離感の真意は分からなかった。デファンスとロドルの付き合いもだいぶ長いのだが(だって自分が生まれた時からお母様の使い魔なのだから)、それよりもお父様やお母様の方が付き合いは長い。それは当たり前だ。


 私が知っている以上に、彼らの方が彼を知っている。


 さっき、ロドルがこっそり教えてくれた話によると、今日はリアヴァレト中の王位継承者が王都に集められる日であり、なにやら試練が与えられる日であるらしい。ロドルは猫だからかコッソリと気まぐれに行動しているため、情報収集が早いのだ。


 余計なことも言うが、そこはいいところでもあり、なかなか憎めない執事。


 それが私から見たロドルであった。

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