第2話 始まりの夢

全ての問題を解くと、水色の球は甲高い破砕音を響かせ、粉々に砕け散った。



やれやれ、無事に事件も終わったが、俺の期末テストも受けることなく終わったぜ……。


……てか、テスト欠席したことを後で静湖に知られたときの反応が怖い。


まったくどうしてこうなったのだと改めて思う。


別にやりたくて始めたわけじゃない。


それもこれも全部……。


「ハロローン♪遼夜元気ー?」


耳元で聞こえる高い声に、俺は嫌そうな顔をする。


「ちょっとなにさその反応は?知人に向けるにはちょっとひどくないですか?」


目の前に浮遊している、小さな生き物。


俗に言う妖精のような姿をしているそれは怪訝そうな顔を浮かべている。


「……いや、俺はお前のせいで色々と酷い目にあってるわけだからな?むしろにこやかに接してやる理由が分からん」


「そんな固い感じにしなくてもいいのにー、何事も気楽にだよ?」


「もうここでお前を潰していいか?」


握りつぶそうと手を高速で突き出すも、こいつは「きゃーきゃー♪」と言いながら、楽しげに避けている。


「……今度現れたときのために、ハエ叩き買うか」


「ちょっと!虫扱いしないでよ!あっ、それとも(無視)を掛けたウィットな言葉だったり……」


「違ぇし、ウィットの欠片もねぇ」


「ぎゃー潰れるー……っ!」


捕まえたこの生き物を、親指と人差し指でグニグニと潰しながら。


俺はこんな事態に関わることになった五月の出来事を思い出していた。



俺達の世界は、ありきたりな世界だった。


魔法なんていうファンタジーもないし、お伽噺とぎばなしのようなメルヘンさもない。


よく言えば平々凡々、悪く言えばつまらない世界だ。


そんな俺も今年で高校生。


妹の静湖と一緒に同じ高校を受験して、入学した。


ちなみに、親元から離れているため、俺達は一つ屋根の下、二人暮らしだ。



(私立近衛ヶ丘学園高等学校)。


俺達の国でも有数の難関大学進学率を誇る進学校。


勉強なんて今の俺にはつまらないものではあるが、目標の仕事に就くには大学進学しなければいけないので、今はひたすら我慢である。


大学進学するだけなら別に進学校に入る必要もないのだが、妹の静湖がこの学校を目指していたのと、親が仕事の関係で家を離れることができず、まだ年齢的に子供であり女の子の静湖を一人暮らしさせるなど危ないという理由から、「行きたい高校がないなら静湖と同じ高校に行きなさい」と説得された。


進学校というだけあって、受験の問題の難易度は高かったが、妹の安全と俺自身の安心のために、勉強して二人とも見事入学を果たした。


受験後から合格発表まで、これでもし俺が受かって静湖が落ちたらどうしよう、もしくはその逆をと想像した数週間は、プレッシャーで俺の胃がはち切れるかと思ったよマジで……。


まぁ、無事に入学を果たしたのも束の間、俺達はこの学校の恐ろしさを知った。


勉強に対する姿勢が厳しいのは想定済みだが、そんなのまだ序の口だ。


この学校が創立十数年という新学校でありながら進学校と有名になったのは他でもない、弱肉強食の世界だからだ。


学力が高い者はもてはやされ、学校内で高い支持と権力を持つのに対し、落ちこぼれは周りから蔑まれ、ときに嫌がらせも受ける。


俗に言うスクールカースト制度が生徒間で発生していた。


教師達も生徒達の向上心に繋がるからと黙秘している。


誰だって落ちこぼれにはなりたくないから、必死に勉学に励む。


その結果が、学校内情を知らない世間にとって評価の計りとなる、難関大学への進学率の高さに繋がっている。


一般授業における態度もそうだが、やはり本人の評価を測るのに最適かつ影響力が大きいのは、定期テストの結果である。


なんせ、その時までに習った内容の集大成であるし、勉学に上っ面ではなく本当に励んでるか測るにはちょうどよい。


そんな訳で入学して1ヶ月、学校の授業に慣れながらも必死に毎日新しく入ってくる知識に面食らいながら、俺はひたすら勉強した。


そしてついに明日に控えた定期テスト(一学期中間テスト)。


俺は全力を出しきるために、その日は軽くおさらいをしてさっさと寝た。




そして俺は不思議な夢を見た。




「ハロローン♪聞こえてますかー?」


なんとも高い声で間抜けな感じの言葉が聞こえる。


目を覚ますと、そこには一面の草原が広がり、目の前に小さな妖精のような生き物がふわふわと漂っていた。


なんなんだ、この悪夢は……。


「おーい、無視しないでよー」


目の前を八の字に飛ぶ妖精を……。


俺は容赦なく叩き潰した。


「ぷきゃっッ!!?」


珍妙な叫びをあげて、妖精は地面に落ちていく。


しかし、すぐに急ターンし、俺の顔の高さまで上昇してきた。


なんとも復活の早いやつである。


「いきなりなにすんのさ!」


「すまん、ハエとか蜂みたいでうざかった」


「まさかの虫扱い!?」


ひどいわぁ、ひどいわぁ、と目の前で恨みがましげに呟く妖精。


「……で、なんで俺はこんな所にいるんだ?」


「いきなり虫扱いして叩き潰す人に教える気はないよーだ…………ごめんなさい、答えるのでもう一回潰すのは勘弁してください」


手を構えるとビクッと反応する妖精。


弱い者いじめなど好きではないが、いきなり巻き込まれたあげく、説明しないのならば別にこれぐらいはいいよな?いいよね?俺が許す。


「えーと、端的に話すとねー」


「あぁ」


「世界救うために、テストさぼって?」


「あぁ………………ああ?」


不機嫌そうに聞き返したら涙目になる妖精。


そしてポツポツと喋り出した。


「……えーと、あなたが何故ここにいるのかというと、私と波長が合う人間を探してたら、あなたに引っ掛かったわけなんだけど……」


「何故わざわざそんなことをするんだ?」


「私はこれでも神様なんだけど、人間と接触する場合、関わっていいのは一人までっていうのが神界のルールだから」


こんなちんちくりんのどこからどう見ても妖精な見た目で神様とか言い出したよ、こいつ。


俺の夢どうなってんだ。


「で?俺に何の用なんだ」


「私に与えられた仕事は、私とコンタクトを取れる人間に手伝ってもらって世界を救うこと」


なるほど、悪い夢だなやっぱり。


夢とは本人の願望などが無意識に具現化したものだと言うがこれはない。


まぁ目が覚める気配もないし、もう少し訊いてみるか。


「……それで、テストをサボれとはどういうことだ。俺は明日テストがあるから普通に寝させて欲しいんだが」


「……えーと、あなたはこの世界をどう思う?」


「つまらん世界」


「ザックリバッサリと言うね!まぁいいんだけど……」


「唐突すぎるな、その質問がなんだっていうんだ」


妖精は、小さな顔に真面目な表情を浮かべる。


「……この世界は日々成長を遂げている。それはこの世界が生まれたときから既に始まっていて、長い年月を経てなお、多くのものが日々変わる環境に対応しようと進化する」


「そうだな。それで?」


「だけどその中でも、人類の成長は頭一つ抜きん出ている。君達は永遠に満たされることのない欲望を胸に宿して、明日のため未来のためにと、様々なことに手を出す」


「そうだな、人間は欲深き業を背負う愚か者だからな。使えそうな物には手当たり次第に手を出して欲望の道具にする。だが人間に限らず、生物なんて自分さえ良ければと考える者達だらけだ。お前はその考えを否定するために来たのか?人間風情が調子に乗るなと」


「まさか。そんなこと言うためだけに君に会いに来る必要なんてないだろ?そもそもそれだと私達神様が君達の敵になるじゃないか。それなら世界を救ってくれなんて言わない」


「つまり、思うところはあるんだな?」


「……まぁ、人類に一切思うところがないと言えば嘘にはなるかな」


「そうか、だがそれを問い詰めるつもりはない。単刀直入に教えろ、敵は誰だ?」


「……ここまで回りくどくなるよう質問しまくっておいて普通に切り上げるのね……」


人類云々はお前が勝手に話始めたのが原因だろうが。


「……人類は様々なものを作り築き上げてきたけど、生物として一層成長した要因は(学問)、つまり(勉強すること)に重きを置いたことだ」


単刀直入と言ったのに、また回りくどい感じの流れになっちまったよ……。


「まぁ、俺達は知識を身に付けないと生きていけないからな。動物のような爪も牙もないから弱いし」


「でも生きるだけなら必要ない知識なんてごまんとあると思わない?」


「人間無駄が大好きなんだよ。俺はそうでもないけど」


「競馬やパチンコで外しまくったり、宝くじで夢を買ったりみたいな?」


「お前ずいぶんと詳しいなおい……」


「……ごほん、話を戻すけど、君も人間なら考えたことがあるはずだよ。(どうしてこんなこと覚えないといけないんだ?)って思うこと」


「……まぁな」


学生なら尚更考えることだな。


わざわざこんなことに時間を割くなんて無駄だぁって。


「人間は確かに凄いけど、頭がいい分、感情も豊かだ。それは良いことなんだけど、同時に悪いことだ」


「どういうことだ?」


「楽しさ、嬉しさと言った喜びの感情を正の感情という。そういうものは世界になんら影響を与えない。だけど、哀しみ、憎しみと言った嘆きの感情……負の感情は、微量ながらこの世界を少しずつ歪めていく」


「……」


「そしてそれらは近年になってより顕著になってきた。人間の絶望による自殺とか色々と目立つけど、それらを一番促進している要因の一つが(勉学)だ」


「勉学が?なんでだ」


「(苛め)とかによるストレスなどは、周りがちゃんと本人に理解を示そうとすれば解決できる。だいたいは本人が一人で抱え込んで、周りも放っておいてで手遅れになることが多いだけだからね。でも、(勉学)は違う。あれは本人がやりたいやりたくないの有無に関わらず、半強制的にやらされることだからね」


「つっても、生きていくための知識を身に付かせるには仕方ないんじゃないか?」


「ならば貧しい国はどうかな?確かに生きるのは大変そうだけど、それは知識の有無というより環境の影響によるものが大きいと思うけど。確かに知識は大事だけど、そういう国は学校にも行けないからその環境の中で学んでいく。これには君達学生が学ぶような(必要ない)と感じる知識は一切ない。なんせ生きるための本能的、必要不可欠な知識だからね」


「つまりは……何が言いたいんだ?」


ここまで回りくどい問答をするのも理解しやすくするためなのだろうが、いいかげんにしないと混乱を招くだけだ。


ズバッとマルっとサッパリと断言して欲しいものだ。


「まぁ、かいつまんで説明すると、(勉学)に対する不満やストレス、そしてそれらによって発生する(苛め)や(劣等感)から来る事故や事件などの、負の感情を発端とした出来事によって世界に亀裂が生じてるんだよ」


「亀裂ねぇ。その亀裂が生じたままだとどうなるんだ?」


「怪物が生まれる」


「怪物だ?」


「うん、怪物。モンスターだよ」


「強さは?」


「ゲームで例えれば姫を守るドラゴンくらい」


「数は?」


「かなり多め」


「俺の勝てる確率は?」


「生身で0パーセント」


「無理ゲー?」


「イエス!イグザクトリー!」


「さようなら」


「待って潰さないで…………っ!」


ふざけた話に手のひらで押し潰そうとするも、必死の形相でくい止めている妖精。


「……で、俺にそんなやつらをどうしろっていうんだ。異世界なら俺TUEEEEEEみたいな能力があるんだろうが、俺はただの人間だぞ?」


「なんのために私が来たと思ってんの」


「嫌がらせ」


「ひっど!まぁ神様である私と波長が合うなら問題ないわ。とりあえず、また会えるだろうからとりあえずはここまでね」


「おい待て、俺はまだ肝心な部分を聞いてもねぇし無駄話ばかりだった気がするんだが!」


「人生そんなもんさ。というわけでさいならー!」


「おいこら駄神!ちょっとは人の話を……!」





━━━ゴン。





目を開けると、俺はベッドから真っ逆さまに落ちて頭を打ち付けていた。


(……クソッタレ)


体を起こし伸びをすると、身体中からパキポキと音がなる。


どうやらずいぶん変な体勢だったようだ。


てか今はそんなことより。


「……あー、なんだあの夢。悪夢にも程があるだろ」


随分と物騒な内容だったが、どうせ夢は夢だ。


あの妖精も世界を救えなども、どうせ無意識的な産物にすぎないだろう。


そもそもそんなことが現実で起こるわけないじゃん。


さすがに高校生にもなって遅めの中二病とか患うのも恥ずかしいっての。


まったく、今日テストなのに幸先さいさき悪いな。


やれやれとため息をついて、俺は仕度を始めた。



「おーい、静湖ー!って……」


そういえば静湖は今日は早めに出るとか言ってたな。


大方、部活にでも顔だししているのかもしれない。


静湖は運動が得意で、特に走るのが好きなので陸上部に入った。


まだ部活勧誘が始まって間もないのに、決めるのが早いこった。


まぁ静湖なら部活もテストも大丈夫だろ。


なんてったって自慢の妹だからな。


なんてったって自慢の妹だからな!


安い男なんぞにうちの妹は渡さんぞ!



静湖の用意してくれていた朝食を食べ、準備を済ます。


ちゃんと必要な物は入っているか確認する。


「筆箱、消しゴム、シャーペン、シャー芯、物差し……よし!」


今日は初めての定期テスト、今まで習った内容をしっかりテストで発揮できるよう頑張るぞ!


そして、俺は玄関の扉を開け、鍵を閉め、家から出て、曲がり角を曲がったとたん━━。




「………………」




巨大な体格を誇る、明らかに人外な怪物に出会った。



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