第253話:美しすぎる、大団円。❷
[星暦1557年8月13日。]
「やれやれ、最後はだれかに美味しいところをもってかれちゃったようだね。さて、体力も戻って来たようだし、ゼル、帰るとしようか?」
ゼルはくるりと回ると凜の顔を覗き込む。
「どこに帰りますか?凜。イグレーヌですか?」
ゼルが真顔で尋ねる。凜は笑った。
「そんなの決まっているさ、カフェ・ド・シュバリエの二階、俺たちの本部(仮)にな。」
ゼルは表情を変えずに行った。
「ですよね。そう言えば7年間ずっと借りっぱなしでしたねえ。」
凜は惑星の側まで転移するとそこからゆっくりと降下する、スフィアの自転方向とは反対方向へ下降しているためそれほど時間はかからない。
やがて、アヴァロンの街が見えてきた。凜は翼を広げると、螺旋を描きながら降下する。
「いいですね。まるで『ジブ●映画』のエンディングみたいです。BGMは久●譲、というところですかね。」
ゼルが感慨深げに言った・
「ああ。そんなところだ。⋯⋯歌うなよ、ゼル。」
凜はゼルが深呼吸したので慌てて制止する。ゼルは不満そうだ。
「ダメですか?
「ああ、だからだよ。お願いだから。」
「ではお言葉に甘えて……、歌います。『
「だーかーらー。待てよ、そういえば『唯たん』も歌だけはそれほど上手くはなかったか。でーもー。この場面でこれはなーいーだーろー。」
せっかくの「いいところ」で凜の断末魔が響いた。
[星暦1557年8月15日。アヴァロン。カフェ・ド・シュバリエ。]
アヴァロンはまだ午後であった。
凜が店先に降り立つ。
「凜!」
凜の姿を見つけたロゼが店の制服のまま走り寄って来た。
「ええっ?営業してんの?」
凜が驚く。ドアには営業中の札が下がっていたのだ。背中に取り付いたロゼに促されて店に入ると、みんながそこいた。
「いら……、お帰り!」
店主のヘンリーと、妻になったアマンダが迎えてくれる。
「凜、待ってたよ、こっちこっち!」
リーナとメグ、そしてアンが手招きでテーブルへ招く。
「あれ、みんなイグレーヌにいたんじゃ?」
凜の問いにアンが笑った。
「なに言ってんの?何年付き合ってると思ってんのよ。どうせここに来るってみんな解っていたんだから。」
凜が空いたいつもの席に座ると、無愛想な顔でトムが凜の前に水を置いた。
「ご注文は『いつもの』でよろしいですね?」
「いつもの?」
凜が訝し気に聞くとすかさずトムは
「青汁でございます。」
もう用意していたのかグラスになみなみと注がれた青汁を置く。グラスは汗をかいていた。
「そういえば最近野菜不足してたからね。……って、僕、青汁なんか頼んだこと一度も無いし!」
凜は思わずノリつっこみをしてしまう。
「ではジョッキで。」
トムは澄ましてグラスを青汁がなみなみと入ったジョッキに取り換えた。
「……量増えてるし。」
「よお、凜、お疲れさん。うまいもん作っといたから食えよ。『残り物』だけどな。」
リックが厨房から顔を出した。
「『残り物』かよ。世界を救って最初のメシが『残り物』って?」
凜も思わずツッコむ。
「『福がある』で。」
ロゼがさらにボケを入れる。
「凜、これがあなたが護ったものよ。」
ジェシカがかっこよく言った。ただ眼鏡をいじりながらなのでかなり自分の言葉に照れているのだろう。凜は笑みを浮かべて頷いた。
「凜、見て、アマンダさんの赤ちゃんだよ。」
ロゼが赤ん坊を凜に手渡した。
「おいおい、俺の赤ちゃんでもあるぞ。」
ヘンリーが抗議する。春先に生まれたのだという。
「マスターは痛い思いしてないからいいの。赤ちゃん作るのに、男なんて気持ち良いだけじゃん。」
ロゼが舌を出した。
「ロゼ様、下品ですよ。」
ジェシカがたしなめた。
そうだ、男なんか子供ができたら、大人になるまでが、ずっと痛いんだからな。男性陣はみな一様に思っただろう。
「ねえ、赤ちゃん、もう首すわってる?僕が抱っこしても大丈夫?」
凜がおっかなびっくり抱くと、不安が伝わって来たのか赤ん坊が大声で泣きはじめた。
「リンダ、って名前にしたんだ、その、凜から名前をもらったんだ。」
ヘンリーが照れくさそうに言う。赤ちゃんは甘いミルクの香りがした。凜はそっと抱きなおすとその額に軽くキスをした。
「良い名前だね。かわいくなるでちゅよ。パパに似たらだめでちゅよ。」
凜があやすとリンダは少し泣き止む。
「ボン、あんたまで同じことを。」
なんども同じ言われてへこんでいるらしい。ヘンリーは凜からリンダを返されるとまるで宝物のように抱いていた。
そうか。こんな何気ない日常。たとえもし振り返ったとしても、あまりに平凡すぎて思い出すことすらもできないであろう、ささやかな、幸せ。
「失ってしまったら、それがどんなに貴重だったか、初めて気づくはずなのにな。そう、『振り返れば進んできた距離がわかる』、というものだ。」
メグが感慨深げに言った。
「あの、その曲私歌えます。よろしかったら今ここで、ご披露しましょうか?」
ゼルが申し出たが、みなたちどころに首を振った。
「そうだ、夜になったらみんなで星を見ようよ。」
凜が突然言い出す。カフェの2階のテラスでみよう。みな、なぜ凜がそんなことを言い出したのかわからなかったが、とりあえず集まることにした。
凜が窓を開けると、夏の夜風が勢いよく吹き込む。
「そろそろだよ。」
午後8時ちょうどに街中の電気が落ちた。
「あれ?また停電?」
紋章陣を描くエネルギーの捻出のために一月以上、街では計画停電が実施されていたのだ。作戦が終わったのにまた停電なんて。
その理由はすぐに明らかになった。
「あ、流れ星やー!」
ロゼが声を上げる。砂利となって宇宙空間を漂うデストロイヤーの破片たちが惑星の重力に引き摺られておち、流星になったのだ。
流れ星は一つだけではない、それは天頂方向から放射状に、まるで光の雨のようにふり注ぐ。そう、さながらスローシャッターで一晩の星の軌跡を撮った写真のように。まさに満天の流星雨だ。
「綺麗!」
メグとアンがそれぞれ凜の手を握った。リーナとロゼは凜の肩に手をおき、後ろから凜のほほにそれぞれ自分のほほをを寄せる。暑いんですけど、凜はそう思ったが、ここは言わないことにした。
星の雨は降り続いていた。それはみんなで勝ち取った「明日」という日を祝福するかのように降り注ぐ。
「ねえ、明日、みんなでどこか出かけない?久しぶりに。」
「いいね。海にしようよ。まだ暑いし。」
暗がりの中、声だけがはずむ。
そう、まるで思い描く「明日」がある、という幸せをかみしめるように。
凜は握られた手の汗を感じながら、また握り返してみた。
「……そうだね、みんなで行こうか!」
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