第252話:美しすぎる、大団円。❶

[星暦1557年8月10日。北の軍都イグレーヌ上空の宇宙港ヨコスカ。]


「あとは、ヤツだけだな。」

ついにデストロイヤーに照準を合わせて紋章陣が形成される。


「じゃあ凜、行きましょうか?」

凜はゼルに促されると立ち上がった。

「ああ。マーリン、後の指揮は頼む。」

凜は指揮権をマーリンに託すとハッチへとむかう。

「え?お兄ちゃん、自分で行くの?」

リーナが驚いて尋ねる。ゼルが説明した。


「ええ、あの最終奥義『神風』を使えるのは凜だけですから。そして、あの紋章陣は、攻撃用ではなく、お掃除用なのです。ですから、どうしても凜が行かねばならないのです。」

「真空崩壊」の発生はほんの僅かで強大な効果がある。そう、一粒の泡のような大きさで充分なのだ。あとは、その危険な真空崩壊が宇宙全体に広がらないように抑えるための紋章陣の役割なのだ。


「じゃあ、行ってくるよ。」

凜が飛翔する。


やがてゴツゴツとした岩肌の巨大な「小」惑星が視界に入ってくる。彗星の爆破宙域は航行危険であるため誰も直接確認したわけではないのだ。直径は160kmはあるだろう。小惑星としては異例の大きさと言っていい。この様子は宇宙空間撮影用のドローンによって記録、放映されている。


「本当にでかいな。」

凜が矢を番える。この一矢を放つために。そう、それだけのために、彼はこの世界に『転生』したのだ。考えれば考えるほど莫迦莫迦しい話ではある。しかし、凜にしかできない仕事なのである。


 凜の背中の翼が6枚になる。それが大きく広げられた。

「あれが、伝説の熾天使セラフ⋯⋯。」

かくして、再び伝説の熾天使セラフが降臨する。


空前絶後フェイルノート。」

その手に弓が現われる。いつもの姿と異なり、和弓のような長弓の形態をとる。

零式ジーク64 『神風カミカゼ』。」

その手に矢が現れるとそれを弓につがえる。一の矢、二の矢が放たれる。それを三度繰り返した。それは凄い勢いで小惑星デストロイヤーの底部あたりの空間で紋章陣を描き出す。


光を描いて紋章陣を描く矢を見つめながら、凜の脳裏にはこれまで7年に渡る日々が次々と浮かぶ。そう、一緒に戦ってきた大切な仲間たち、敵として対立した人々、たとえ、どんな主義主張があっても、大切な命たち。


 やがて、紋章陣の中心に小さな小さな水滴のようなものが浮かぶ。これこそが宇宙空間全部を飲み込む恐れがある究極魔法「真空崩壊」の正体、たった一粒の泡である。


「真空崩壊。」


 凜の宣告と共に泡が弾ける。すると、一挙に周囲の空間が歪んだように見える。泡が一気に広がると、空間ごと巨大な小惑星を飲み込んでいく。巨大な小惑星があたかもさらに巨大な手の中のオレンジのように握られ、果汁を絞り取られるかのように握り潰されていく。


「防御結界」として貼られた紋章陣が一気に小惑星の周りを取り囲む。大きな破片は出ないが小石ほどの破片が飛び散っていった。やがて、巨大な岩石の球体はその姿を変えていく。


転移ジャンプ!」

凜が結界の外に出るとあっという間にデストロイヤーは形を消すと紋章陣も反転し、姿を消す。その後には静寂な宇宙空間と砂利が漂う空間が残されていた。


任務完了ミッション・コンプリート!」

凜が厳かに宣言する。それは、彼にとっての「理不尽」な任務から解放された瞬間でもある。そして、その宣告で全ての騎士たちがみな歓声をあげ、手を取り合って喜ぶ。もう、そこには元老院も幕府もなかった。みんなで勝ち取った「命」。そして、みんなで勝ち取った「明日」。その前には立場や陣営などささいな相違にすぎないのだ。


「全艦隊、残った岩石を掃討しつつ帰投してください。ほんとうにお疲れ様でした。」

マーリンの指令に従い、それぞれ、秩序だった帰還が始まる。


 一方、凜は目を瞑り、惑星の引力に身を委ねる。

「凜、大丈夫ですか?かなり息が荒いです。」

ゼルの気遣いに、凜はただ虚心坦懐に答えた。

「ああ、かなりやばい。大技過ぎたからな。少し、休むとするよ。なに、3日も休んでいれば元に戻るさ。もうスフィアの引力圏内だ。この重力に身を任せていれば、黙っていても勝手に近くまで行けるだろう。」


しかし、凜の横を、今度は「デストロイヤー」が無くなったことに影響を受けた小衛星が通過した。大きさは30mほどと小粒ながら、10万単位で死者を出すには十分な大きさだった。

「やばい。『天下無敵ジャガーノート』、発動。」

凜はなんとか力を振り絞り、対処しようとするがゼルに止められる

「だめです。もう大気圏に入ってます。そんなもの撃ったら地上にも甚大な被害が出ます。」

「しかし。」


その時だった。宇宙港から光がのび、それを爆砕したのだ。

「助かった。」

凜は素直に喜んだ。


そして、その光の正体は慶次だったのだ。


「まずいな。あれが落ちたら大損害が出るな。」

モニタリングしている十兵衛がつぶやく。

「ではそれがしが行ってまいろう。」

隣にいた慶次がおもむろに立ち上がる。十兵衛はさすがに笑った。


「前田殿、貴殿はどうやってあれを防ぐつもりなのだ?おそらく棗殿以外には無理だろう。」

慶次は笑った。

「そうだな。ただし、己の命をかければそれがしにもできぬものでない。」

十兵衛は真顔のままだ。

「前田殿、貴殿、間違いなく死ぬぞ。」


慶次は愉快そうに答えた。

「左様。ただ、俺は戦国の世で死に損ねた人間よ。今ここで、友のために命をかけずして何が男といわんや。今こそまさにそれがしにとっては千載一遇の好機。では、柳生殿。あとはよろしく。」


 慶次は宇宙港を飛び立った。やがて、彼の目の前をものすごい速度でくだんの小衛星が過ぎ去ろうとする。慶次はそれを追う。ものすごい熱だ。こんなものが、この勢いで地面に叩きつけられたなら、ただではすまされない。


慶次は知っていた。自分はがトムの持つ天使と同じ身体で作られていることを。そう、これはだれかがたわむれに作った命。そして、これは自分にとってはあぶく銭なのだ。恋々とすがるのは面白くない。


 慶次は思い残したことを考えるとシャーウッドの娼館の女の顔が思いついた。俺が死んだらすべてを「陸」殿に渡してほしい。そういって出て行ったきり、半年ほど顔を出してやれなんだ。それには彼の遺言が託されていたのだ。あのはちゃんとお使いができるだろうか。


慶次は皆朱の槍を顕現させる。慶次が強く念じるとその槍に黒い稲妻のような光が現れる。自分にかけられたリミッターを外したのだ。きっとトムに聞けば、自分に害を及ぼすことなく、この力をうまく制御する方法もわかるやもしれない。しかし、もうすでに遅いのだ。これしか方法はない。自分で律することが出来ぬ力ならば、全解放して叩きつける、これが最も被害が小さいのだ。その「小さな」被害というのが、自分の身の破滅を意味したとしても。


「生きるまで生きるらん。されば死することもありなむ。」

 慶次は辞世の句を考えて、やはりやめた。ああ、楽しかったなあ。これが俺が望んだ「死に様」よ。いや、そうではない。これが俺の「生き様」なのだ。俺は「死ぬ」のではない。前田慶次郎利益は最期の最期まで「生きた」のだ。 

 ただ、それだけなのだ。今はとても満たされた気持ちだった。

「そう、それでいい。皆、達者でな。」

 慶次の身体が莫大な熱と光に包まれた。やがて小衛星は消滅したのだ。そう、慶次のかりそめの命と引き換えにして。

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