第248話:予定調和すぎる、対立。❷

「いやいや、僕一人とは言ってないよ。『ドM』さん。」

フィールドにさらに3人の熾天使が現れる。

「これは卑怯な。多勢に無勢とは……。『正義の味方』の名が泣きますよ。」


おどける『ドM』に舜介が言い放つ。

「悪いが、あんたを処分するのにこちとら二回失敗しているのでね。三度目の正直といったところだ。」

宝井舜介=ガウエインが魔剣ガラティーンを抜く。その刀身は変化する。

「『エンジェル・イーター』ですか?たちが悪いですねえ……相変わらず。」


不知火尊=パーシヴァルがその杖をぬく。その先に光り輝く穂先が現れる。

「前回の決着をつけてやる。」

「聖槍ロンゴミアントですか?前回はあなたが単独でしたからねえ。その時それをぬかれていたら、さすがの私もやばかったかもですね?」


鞍馬光平=ランスロットが聖剣アロンダイトを抜く。

「今度は逃がさないよ。」」

「こちらこそお手柔らかに……なんてね。」


 ドMの身体に空間が開く。そこに魔法陣が展開すると、中から現れたのは奇怪な生物、いや怪物であった。


「しまった。こっちの身体がコピーだったのか。」

ドMの身体が「マスティマ」のコピーだったのだ。つまり、ルイの持つ天使こそが本物の『ドM』ということになる。

「ひっかかりましたね。そのとおりです。私を倒してこの門を封じない限り、この子たちは次から次へとわいてきますよ。さあ、罠にかけたつもりで自分が罠にかかった残念な諸君、健闘を祈ります。あはははははは。誰に祈るかって?いやだな、聞かないでくださいね。わたし、無神論者なんです。

 残念ながら『三度目の正直』は『二度あることは三度ある』になりました。

それではごきげんよう。」

小憎たらしい捨て台詞を残し、ドMの身体は停止した。

凜は目に前の怪物をとりあえずたたき斬る。

「くそ、とりあえずこの門を封じてから、戻るぞ。」


「どうなっているんだ。執政官も、小僧も姿が消えてしまったではないか。」

その円卓の間には事態を全くつかめていない人々が残されていた。ハワードはざわつく円卓の間を見渡した。

 すると突然、ルイが頭を抱えて苦しみ始めたのだ。


「どうしたルイ。大丈夫か?」

隣にいた僚友たちが抱き起す。医師である透が駆け付けた。


ルイの中で突然、シャルの姿が「ドM」に変わったのだ。

「お前、何者だ?」

ルイの問いにシャルは答えた。

「わたしはシャルではない。モルドレッド・モリアーティ。この身体、マスティマの真の所有者だよ。これまでご苦労様だったな、ルイ。この身体は返してもらおう。」


「やめろ。」

ルイは抵抗しようとしたが「ドM」にあっさりと倒されてしまった。

「先回は手を抜いてやっただけだよ。ルイ君。君のパーソナリティはこの世界から退場してもらおう。これからはこの人間の身体の維持管理だけのために働いてくれたまえ。」

「なんだと。ふざけんな!これは俺の身体だ。俺は……俺はリーナを、リーナ……を。」

まるで冷たい水の底にひきずりこまれていくような感覚にルイは必死になって抵抗する。


 しかし、意識が瞬く間にむしばまれていき、やがて無感覚へと呑み込まれていった。


「ルイ、おい、ルイ。起きろよ!朝だよ。」

ルイが目を開けるとそこには満面の笑みを浮かべたリーナがルイの顔を踏んずけていた。孤児院のいつもの朝の風景だ。俺は、夢を見て……いたのだろうか?ぼんやりしていると、リーナの足がほおを踏んづける。


「なにすんだよリーナ。痛いんだよ。人がせっかく気分よく寝ていたのに!だいたい、ここは男子用の部屋だぞ。女のくせに入ってくんなよ。」

ルイの抗議にリーナは高笑いする。

「いいんだよ。レディはどこに入ってもいい、って決まってんの。」

ルイは枕でその足をひっぱたこうとする。

「ずるいぞ、このオンナオトコ!」

「言ったな。オトコオンナのくせに!」


ルイが起き上がると、リーナもベッドからさっと降り、身構える。

「やるか、コゾウ!」

「かかってこい、コゾウ!」

ルイが布団をはねのけると、そこに職員のシスターが現れる。

「こら、さっさと着替えて支度なさい。そんなことでは、いつまでたってもパパもママも迎えになんか来てくださらないんですからね。」

シスターの軽めのげんこつに二人は慌てて着替えにとりかかる。


……そうだ、オレ、夢を見てたんだ。リーナが悪いやつにさらわれて、それをオレが取り返しにいくんだ。リーナに言ったら、笑われるかな?


「まずいな。意識がない。救急搬送だ。ン?待てよ。呼吸も脈も乱れてはいるが、正常の範囲内だな。生命に異常は無しか。この違和感、なんだろう?」

透が病院の手配を命じているとルイの手がゆっくりと上がった。


「先生、その必要はありませんよわたしなら、もう大丈夫ですから。」

ルイが何事もなかったようにおきあがろうとする。

「でも君……。」

制しようとする透にルイは笑って手を軽く振った。

「はい、診察は受けますが、自分で立って歩けます。よろしければ行き先を教えていただけませんか?大切な会議を混乱させて申し訳ありませんでした。」

ルイは円卓の間を後にした。

「そうか。お大事にな。」


「さあ、いきましょうか?しばらくは短剣党に還るとしましょう。」

ルイの姿は消えていく。

シャルはマスティマを司る「有人格アプリ」ではなく、ドMの本体だったのだ。こうしてルイの身体は「ドM」のものになり、ルイはあっさりと「死んだ」ことになる。彼のパーソナリティは、彼の脳の片隅で、孤児院でのリーナと貧しくも幸福な一日を延々と繰り返すことだろう。多くの罪なき人を殺害し続けた美貌のテロリストの静かで、美しく、そして物悲しい最期であった。


 ルイの皮を被った『ドM』はそのまま行方をくらませてしまったのだ。


 再び、凜とマーリンが円卓の間に現れたのは夜更けを過ぎていた。

そして棺に入れられたマッツォの変わり果てた身体も共にかえってきたのである。

「マッツォ!」

ハワードは変わり果てた親友の棺に取りすがる。

「トリスタン、いったいこれはどういうことだ!?」

凜は説明する。

「マッツォ・メンデルスゾーンは王の敵『モルドレッド・モリアーティことジム・ハリス』の依代だったのです。いつ、彼がそうなったのかはわかりません。あなたと出会った後なのか、その前からだったのか。

 ハワード卿、これ以上、意地を張るのはやめませんか?それこそ、やつの思うつぼです。」


ハワードの眼には涙が浮かんでいた。そう、彼とはもう40年来の友人だったのだ。

「倒したのか。その、モルドレッド・モリアーティとやらを。」

凜は首を振る。

「いえ、残念ながらすでに、彼の体にはもういませんでした。そして、彼の新しい依代はあのデオン・ド・ボーモンでしょう。すぐに彼を捕まえてください。」

マーリンは円卓の間にルイがいないことを確認するとため息をついた。

「凜、もう彼はいないでしょう。我々を足止めして時間を稼でいる間に。ルイの身体を奪い、逃走したはずですから。やられました。」


ハワードは立ち上がる。そして声を張った。

「敢えて言おう。我々はお前たちの下にはつかない。ただ、お前たちの邪魔もしない。マッツォはわしの親友だった。そして偉大な男だった。確かに、ルールを先に破ったのは我々かもしれない。しかし、これほどの仕打ちを受けるいわれもない。わしは仲間を殺すようなやつとは絶対に一緒には戦えない。わしと護法騎士団、黙示録騎士団は予定通り元老院を立ち上げる。


 ここにおられる諸侯ら。選ぶがいい。我々と共にいくか。このコゾウと共にいくか。せいぜいこのコゾウに始末されぬよう気を付けることだ。」


 元老院側を支持するのは正統十二騎士団のうち、護法騎士団、不死鳥騎士団、黙示録騎士団、聖堂騎士団、近衛府、兵衛府の6騎士団。


 一方、選挙大戦の結果を受け入れるべきとしたのは聖槍騎士団、伝令使杖騎士団、ヴァルキュリア女子修道騎士会のほか鎮守府、衛門府、大宰府と真っ二つにわかれることになった。


「元老院」の設立を宣言したハワードに続き、凜も宣言する。


「選挙大戦の結果、私、棗凜太朗=トリスタンが国軍の全権を委任された。なお、遺憾ながら、円卓は解散された。国王陛下の御名により私は士師として任じられた。陛下は我が麾下に大本営ロイヤルヘッドクォーターを設営する旨お命じになられた。そして陛下はこの大本営に愛称を賜れた。『幕府ワイルドハント』である。


「ワイルドハントか……。陛下らしい命名だな。」

官舎で放送を見ていた透がつぶやく。かたわらのナディンが訊く。

「ワイルドハント?」

「ああ。東洋文化でいう『百鬼夜行』さ。魑魅魍魎を引き連れて天空を渡り歩く狩人の一団さ。凜の場合は獲物が小惑星だがな。」


 国王は円卓の解散を認めたものの内戦を禁じ、「元老院」にも「幕府」にも王都での本部の設営を禁じた。このまま内戦に突入することは避けられ、2年後のメテオ・ストライクにそれぞれが備える、ということになったのだ。

「幕府」は北の軍都イグレーヌに、「元老院」は南の軍都ヴィヴィアンにそれぞれ本拠地を設けることになった。

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