第238話:蘇りすぎる、メモリー。❷

 ルイは女の子のようにかわいい顔立ちをしており、男の子たちによくからかわれていた。それでルイはいつも女の子の部屋に入り浸り、同い年ながらもリーナの「舎弟」のような存在だったのだ。


 彼女がルイとそのような関係になったエピソードもあった。施設の裏に捨てられていた子猫を大人たちに内緒で子供だけで飼っていたことがあった。とある嵐の晩、二人は猫を保護しようとこっそり園を抜け出し、猫のねぐらとしていた箱を見に行った。しかし、そこに猫はいなかったのである。


二人は猫を探して歩き回り、二人がいないことに気づいた施設の大人たちが二人を捜索する事件になり、警察も駆り出される。結局、二人はすぐ裏にある職員住宅の物置きで仲良く寄り添って眠っているのを発見されたのである。


 猫の方はといえば、すでに子供たちが無断で飼育していることを大人たちは把握しており、嵐の予報が出た時点で保護していたのだ。もちろん、この事件によって子どもたちの飼育は黙認されることはなくなり、新たな飼い主に引き取られることになった。


 リーナに感化され、ルイもやんちゃな性格になっていき、二人はお互いに「相棒」のようになっていったのだ。6歳のリーナにとって「子ども」のルイは「男性」という見方はなかった。できの悪い「弟」か「妹」のような感覚であった。


 ただ勉強が大嫌いで、字を覚えようとしなかったルイ。だから、リーナがアシュリー家にひきとられていったあの日。「GO FOR IT(頑張れ)」と自分で書いたであろうボードで見送ってくれた時、本当にうれしかったのだ。


 テロリストに襲われ、ティンクを受け入れたとき、リーナの記憶は喪われた、と思われていた。しかし、喪われたのではなく、バラバラにされ、繋がらないようにされていたのだ。


 そして、それがついに繋がったのである。

「ティンクが繋げてくれたの?」

感謝に満ちたリーナの問いにティンクは首を横に降る。

「いいえ、おそらく、リーナの脳が勝手に、もうこの記憶を戻しても大丈夫だと判断したのでしょうね。」


「ティンク。ルイのこと、気づいていたの?」

ティンクは肯定する。

「はい、アザゼルを通してですが、知らされていました。彼はもう、あの頃の幼いルイではありません。私たちの前に立ちはだかる強大な敵手なのです。」

 これまでの事象が蘇った記憶を通じて一綴りのストーリーが出来上がる。ルイの人生の転落のきっかけが自分にあることに気づいたリーナは愕然と、そして慄然とした。


「わたしが、ルイを止めなくちゃ。だって、ルイがこうなってしまったのも半分は私のせいだもの。」


[星暦1554年11月17日。王都キャメロット。選挙大戦コンクラーベ決勝戦ファイナル聖槍ロンゴミアント騎士団[ホーム]対護法アストレア騎士団[アウエイ]。]


 ついに、そうついに決勝戦である。決勝は2試合ともに王都キャメロットの王立闘技場ロイヤルコロッセウムで行われる。

「パラベラム・ゲートか⋯⋯。」

リックが見上げる。空に向かって70mほどの高さに聳え立つこの門は、戦いを生業とする修道騎士にとって憧れである。叔父のヘンリーも夢見たことがあったがこの門をくぐることはついに敵わなかった。


背中をぽんと叩かれリックは我に返る。そうしたのはリーナであった。

「リーナ?」

いつもの「おとなしい」キャラらしからぬ行動に思わず語尾が上がった。

「リック、感傷に浸ってる場合じゃないよ。」

いつも凜以外の男性におどおどした態度のリーナとは全く違うのだ。


「お、おう。そうだな。」

リックもなんと返していいか戸惑うほどであった。

「一体リーナのやつ、どうしたんだ?」

リックは思わず呟いてしまっていた。


「リーナ、緊張してる?」

凜の問いにリーナは首を横に振る。

「そう。来週の最終戦はアポロニアにも招待状を送ってあるんだ。もしかしたらご両親が来てくださるかもね。」

凜の言葉にリーナは微笑んだ。

「ええ。父が絶対自分が行く、と言って聞かないそうです。母がぼやいてました。」

 凜は今のリーナしか知らないので、少し違うリーナのリアクションに違和感を感じた。いつも、高くなった自分の身長を気にして猫背気味になっているリーナではなかったのだ。

「なんだか、リーナの雰囲気がいつもと違いますね。」

ゼルが首を傾げた。


 決勝の第1戦は聖槍騎士団の「ホーム」となっていた。無論、どちらの騎士団にとっても、この闘技場はホームではない。ただ『警察』対『病院』の戦いになるため、どちらも多くの関係者を抱えている。それで客の入りは問題がないのである。


 護法騎士団は多くのスター騎士を抱えているため、ホームとアウエーでそれぞれ別チームを組んでいた。


そして、ルイは「アウエー」チームの主将キャプテンであった。


 試合開始、まず全員で礼を交わす。騎士のスポーツであるため、礼によって始まり、礼によって終わると定められており、拒む者は「士道不覚悟」とみなされるのである。


「よろしく。」

相手チームと握手を交わす。リーナはルイとも握手を交わす。

「よろしく、お嬢さん。」

ルイはいつも恥ずかしがって目を逸らすリーナの顔を覗き込もうとしたがその必要がなかった。リーナはまっすぐルイを見つめ返してきたのである。


「おっきくなったな、ルイ。昔はチビで、女の子みたいにいつもメソメソしてたのにな。」

リーナの意外な言葉に怪訝そうな表情になる。

「思い出したんだ(I remember.)。全てをね。」

リーナが浮かべた笑顔は、ルイが心から求めていたリーナそのものだった。


「よし。」

 ルイの気持ちは沸き立った。長年求め続けてきた者がついに目の前に現れたのだ。


 最初の地上戦は聖槍は押され気味である。

2連敗で中堅のリーナに出番が回ってくる。奇しくも対戦相手もはルイであった。

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