第216話:拮抗すぎる、戦局。❶

[星暦1554年10月27日。聖都アヴァロン。選挙大戦準々決勝。聖槍騎士団 (ホーム)対鎮守府。]


「彼がキーパーですか? 我々が見くびられているような、そうでもないような。」

マーリンがボヤく。

「キーパーは重要だよ。戦術の要だよ。だいたい、マーリンが唯一嫌がらずにやってるポジションじゃん。」

リックの言葉にマーリンも真面目な顔で答える。

「ええ、なにしろ飛んだり跳ねたりしなくてもいいですからね。」


 団体戦の場面設定シチュエーションはホームチームが用意するのが慣例だ。聖槍が用意する団体戦の場面は大抵、キーパーの部屋が広く作られている。それはマーリンの持つ宝具、カドゥケウスの性能を活かすためでもある。


「そういえば、どこかで見たことのある風景だな。」

トムがドーム状に広がった空間を見て呟く。

「そうですね。あえて類似しているといえるのは魔獣『風の一族』の地下宮殿の広間じゃないでしょうか。先日、ルークさんとマーリンさんと一緒に行った。」

既視感の正体をリコが補足した。


全体的に薄暗いドーム状の空間。天頂部から光が漏れ出している。その空間が闘技場に二つ。その間を比較的細く見える通路が繋ぐ。俯瞰すると巨大な砂時計を寝かしたような形にも見える。


「いつものパターンだな。どちらかと言えば騎士の質が高いこちらに有利な陣形だがな。」

 無論、これまでも幾度となく凜たちが公式戦で使用している形状であるため、鎮守府側も対応済みである。


開始直後、中央の狭い空間で両チームが激突するようにも見えるがそうはならない。なぜなら、そこは二手に仕切られているため、相手の陣地に即突入できるように出来ている。もちろん、入り口を半包囲するのも可能である。しかし、キーパーのための大きな空間があるため、キーパーが張り巡らす罠にこそこの形態のフィールドが活きるのである。


攻撃陣アタッカー突入!」

フォークたちが突入すると、そこは洞窟に巨大な蜘蛛の巣でもかけられているかのようであった。今回は8人制の試合である。キーパーを含めた4人で守り、4人が攻めるというオーソドックスなスタイルであった。聖槍のディフェンスはキーパーがマーリン、トムとリーナ、そしてロゼであった。リーナはマーリンのすぐそばに陣取り、クリスを操る。


「この蜘蛛の巣は?」

フォークにコルチャークが尋ねる。

「重力金属だ。このロープに触れるとそこが地面になる。これはあのマーリン卿オリジナルの罠なんだ。絶対に手で触れるなよ、三半規管をやられる。」


つまり、そのロープから発生する重力によってロープに触れた部分が地面(下)になるのである。闇雲に触れると上下感覚が激しく揺さぶられ、乗り物に酔ったような状態になる。


「どーりゃー。」

ロゼがロープに足をかけてたゆませ、その反動で攻撃を開始する。銃で応戦しようにもロープからロープに飛びうつり、鉄棒のように回転に使ったり足をかけたりと的が定まらない。

「ぐわっ。」

一人がロゼのパンチをもろに喰らい、昏倒する。

ロゼはすぐに跳躍してロープを掴むと大車輪の要領でくるりと上へ上がる。パン、パンと銃声がするが、その姿を捉えることができない。

「くそ、まるで猿のようだな。」


「行くぞ!」

彼らも跳躍してロープに降りる。すると視界がぐるりと回る。さっきまで床だったところが天井に変わる。銃で狙いを定めようとすると、上下感覚の急激な変化に脳が拒絶反応を起こす。

「ダメだ、集中できない。銃はダメだ。」


しかし、今度は下からクリスの攻撃が繰り出される。

「くそ、やつらは空戦ブーツなのか。しかし、このラインをどうやって潜り抜けるんだ?」


 トムの振るう「救世偃月鎌デリバラー」が鋭い風切り音と共に繰り出される。慌てて銃で防ぐが「破損判定」を受けてしまう。

ロープに引っ掛け、たわませた反動で猛スピードで鎌の切っ先が襲って来るのだ。

もちろん、ディフェンダーにこの3人を選んだことには意義がある。

ロゼは「猫並み」の三半規管によってこの上下感覚に優れている。またトムとリーナにはC3領域によって、ロープの座標を完全に把握しているため、スムーズな動きが可能なのだ。


「この罠、名付けるなら『蜘蛛の巣城スローンオブブラッド』と言うところでしょう。」

マーリンは得意そうに腕を組んだ。ちなみにこのネーミングは黒澤明監督の映画から勝手に拝借している。


 一方、攻撃側の4人。凜、リック、メグ、ジェシカも苦戦していた。

キーパーの十兵衛ジュードの罠もかなりエグいものだったのだ。十兵衛は旗を安置した祠とともに瞬間移動を繰り返しているのだ。凜以外では初めて瞬間移動の使い手である。


「諸行無常。」

攻撃がヒットしたかと思えば、それはすでに何もない空間だったりするのだ。

ゼルとリックのコンビネーションでさえ、幾度となく騙される。

「おいおい、いつ入れ替わったんだ?」

「まるでプリンセス・テン●ーですね?」

ゼルの比喩に凜が苦笑を浮かべる。

「たとえが古いな。ただ『タネも仕掛け』もあるのは間違いないからな。」


「メグ、ジェシカさん、深追いは禁物です。取り敢えず旗を追うことよりもディフェンダーを潰していきましょう。」

メグとジェシカ、リックと凜は二人一組ツーマンセルでディフェンダーを各個撃破することに注意を集中する。

 しかし、そこでも苦労する。攻撃が当たらないのだ。

是生滅法ゼショウメッポウ。」


「まるで凜を相手にしているようだな。そう、瞬間移動のようだ。」

ジェシカがぼやく。

ほんのゼロコンマ数秒のずれだろう。しかし、騎士同士の戦いでそれは大きな差異となる。

「おそらく光の屈折の応用だろう。C3がないと、脳内修正は難しい。ゼル、組むメンバーを変えよう。ゼルはジェシカさんの補助サポートにつけ、僕はメグと組む。」

凜はリックに憑いたゼルに指示する。


生滅滅己ショウメツメッキ。」

メグの渾身の一撃が鎮守府の騎士にするりと躱される。

「どうなっているのだ?」

メグは明らかに苛立っている。当たるはずなのに当たらない。視覚と実体のずれという強烈な違和感が彼女を襲っているのだろう。凜はようやくとっかかりを見出す。


「光だ、メグ。彼が見せるこの具象はカクテル光線だと思えばいい。光を重ねて見えるカタチ。光源の調整でいく通りにも見える。だから、見て、今は影が無い。影が出来た部分、そこが実体だ。」


寂滅為楽ジャクメツイラク。」

「来る!」

影が一瞬濃くなる状況を見逃さない。凜の霊刀「天衣無縫ドレッドノート」がようやく敵の実体を捉える。

「なるほど、そういうことか。」

惑星スフィアにはテラフォーミングのために膨大な数のナノマシンが散布され、それは今でも活動を続けている。C3が使え、しかもある程度の権限リンカーレベルがあれば、そのナノマシンを使って空気中の水分量を操作して光の屈折率を操作することは可能なのだ。

「眼帯で義眼ラティーナを封じているのはこれに特化させるためか⋯⋯。まさに色即是空の世界だな。目に見えるものに絶対は無しだ。」

理論が判ればあとは読み合いである。


 団体戦としては珍しい鉄壁の防御戦となり、制限時間内に両陣営ともに旗を取るに至らず、しかも一人も戦線離脱者もいない、という珍しい結果的に終わる。あとは人工知能(AI)によるダメージ総量の比較判定で勝利の結果がでる。


「勝者、鎮守府。」

軍配は鎮守府に上がった。皆、接戦だっただけに肩を落とした。


「さあ、切り替えよう。次取り返せばいい。」

凜はそう明るく言ったものの、十兵衛の持つ不気味さに不安を駆り立てられた。

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