第215話:見えにくすぎる、成果。②
一方のアンは凜の膝枕も堪能していた。
「ねえ、凜くん。⋯⋯今日ね、昔、義塾が一緒だった近所の子たちとすれ違ったの。すごい、ステキなネイルもしてた。」
アンは自分の手を凜に見せる。
「ねえ、見て。あたしの手は働く手⋯⋯。あたし、お姫様になりたかったのにね。」
アンの声に少し鼻声が混じる。不意に凜がアンの手を握った。
「ほら、わかる?僕の手もゴツゴツだよ。そりゃ毎日刀を振ったり、弓を引いたりするからね。でも、アンの手、自分で言うほどゴツゴツじゃないよ。すべすべで綺麗なちゃんと女の子の手だよ。」
そして、その手を頬に触れた。
「でも、あたし、戦っているわけでもない。凜くんの役に少しもたってない。」
アンが本音をこぼした。凜はもう一度アンの手を自分の両掌で包み込んだ。
「メグやリーナみたいに、ってこと?そんなことはないよ。僕らの戦いはこの手によって支えてもらってる。僕は絶対にそれだけは忘れない。いつか、僕たちの戦いは歴史になり、伝説になるだろう。その『僕たち』の中にアンもちゃんと入っているんだよ。きっと後世の歴史家は書くと思うよ『もしビアンカ・ギブソンなかりせば、トリスタンは英雄たらず。』ってね。 ⋯⋯でも、それがアンの聞きたい答えじゃないんだよね。」
凜はアンの頭をなでる。
「 アン、いつもありがとう。たしかに今、アンが歩んでいる道はアンが子供のころ心に描いたものでなかったのかもしれない。でも、今この
だから、今、僕は僕だけの幸福を追求することはできない。もちろん、この任務が終わりさえすれば自由だけどね。それまで僕にはアンの助けがどうしても必要なんだ。」
それもアンももうわかってたことだった。
「私、小さいことしかできないけど。」
わかっているけど、言ってみたかったのだ。凜に受け止めてほしかったのだ。
「アンにとってはそうかもしれないね。でも、アン、どんな機械だって一つの部品で出来ているわけじゃない。いちばん小さな歯車が外れても、その機械はうまく動かないんだ⋯⋯。僕らだってそうだよ。誰かが欠けても、このチームはうまくいかない。『役割』の違いは『価値』の違いじゃない。だからアンには自分に価値がないとか、役に立っていないとか思って欲しくないんだ。」
その時、不意にアンはかつて聞いた父の「歯車」の話を思い出した。
「うん⋯⋯。わかってた。ただ、凜に直接言って欲しかっただけなのかも。」
凜がふと思いついたように言った。
「ほら、それこそが『色即是空』⋯⋯なんだよ。あの時、アンに言うのを忘れていたことがあるんだ。
―『空』というのは『無』とは違うんだ。―
ぼくたちは日々刻々と変化していく。それは決まった形が無いだけで中身がなくなるわけじゃない。アンの努力は今は成果として目に見えないかもしれない『空』だと思うかもしれない。でも、それは絶対になくなったりはしないんだ。必ずいつか立派な形になって実を結ぶ。『色即是空』、つまり『見えるものは絶対じゃない』。色即是空は『空即是色』と一対の言葉なんだ。『形なきものは必ずその姿を現す』これが、極意なんだよ。」
アンはじっと凜の眼を見つめる。
「その言葉、信じても良い?」
「うん、僕を信じて。アンのことを信じてる僕を信じてくれると嬉しいな。ほら、それが『縁』なんだから。」
[星暦1554年10月27日。聖都アヴァロン。]
準々決勝第2戦は聖槍騎士団のホームとなる。前回はセットカウント3対2であった。
第1ゲームの地上戦は鎮守府が取った。一方、第2ゲームの空戦は聖槍が取り返す。 「天空の魔女」をグレイスから「襲名」したメグはまさに圧倒的な強さであった。
そして、第3ゲームの団体戦である。
ここで初めて鎮守府は「ジュード」を投入したのである。ただし、キーパーとしてであった。
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