第209話:羽ばたきすぎる、魔女。❷

「さあ、喰らえ!無垢なる天使を噛み砕け!」

竜がメグの持つ槍に取り付いた瞬間だった。メグが技を発動する。

「エクセルシオール2ツバイ、『魔鏡シュピーゲル』!」


「アジ・ダハーカ」がメグの槍の穂先にとらえられると再び光と闇が渦巻く火球となり、今度はベーレンスに向かって撃ち返されたのだ。

「バカな!」

ベーレンスが防御の体勢を取る間もなく自分の放ったはずの火球に襲われる。一気に彼のライフゲージは0になり、勝敗が決まった。


ベーレンスの勝利を確信していたホームの観客は突然の展開に唖然とし、静まりかえってしまった。審判さえ、勝敗を告げるのを忘れてしまうほどであった。


「見事だ。我がよ!」

その時立ち上がって拍手をしたのはグレイスだった。それに皆、思い出したように勝者に拍手を送る。敵であれ味方であれ、勝負が終われば心から両者の健闘を讃えるのが「民の騎士道」なのだ。


「ここでまさかの反射技リフレクターとはね。反則技ではないけど、びっくりしたよ。」

リックが感心したように言う。ただ、「反射技」を使うにはそれ相応の技量が必要なのだ。理屈はそれほど難しくはないが、あの大容量の攻撃力に並みの力量であれば飲み込まれてしまうだろう。濁流をせき止めるがごとし、なのである。ただこの場合、メグの変身技コンバータ自体がこれを狙った策だったのである。


「いや、それよりも意味深なのはメグがあの変身技コンバータに『イゾルテ』の名を付けた事ですね。イゾルテとはトリスタンの伴侶の名ですからねえ。メテオ・インパクト後の、凜を巡る女の争いに名乗を⋯⋯いや、考えすぎですかね。」

マーリンは誰に聞かせるともなくつぶやいた。


しかし、この勝敗が十兵衛の見立てどおり、この試合の明暗を分けることになる。鎮守府は「団体戦トゥルネイ」は取り戻したものの「殲滅戦メレ」は聖槍が取り返す。そして、最終戦の「トーナメント」は最後の一人同士まで縺れ混む。最後の立ち合いはは凜と マキシム・ウルフハウンド・フォーク天位であった。彼は恐らく、現時点でこの鎮守府では最強の猟師ハンターである。


ただ凜としては柳生十兵衛でなくてよかった、というのが正直な気持ちであった。

フォークが手にしていたのはガンソードであった。実戦経験が多く、有力な武器工房との繋がりも強い鎮守府は最新、最強の装備が回ってくることが多いのである。


「飛び道具勝負⋯⋯ですか?良いのですか、それで?」

凜の問いにフォークも苦笑を隠さない。

「ええ。ただ、私もこの対戦を楽しみにしていたのですよ。あなたを倒して最強の猟師ハンターの名を得る。それが私の目標ですから。」


(爽やかに挑戦状を叩き付けてきましたね。)

ゼルが意地悪そうに凜に尋ねた。

(うん、猟師ハンター勝負だったら舜さんに振りたいね。僕は騎士ライダーなんだから。)

 同僚の熾天使セラフ宝井舜介=ガウェインはかつて魔獣が地上のほとんどを支配していた頃、魔獣を駆逐して極北地方に押し込めたのだ。ただ、それはこの物語よりも1200年ほど昔の話である。(作者にとっては次回作でもある。)


「それにスキルがあるからね。必ずしも勝負の結果が力量通りになるとは限らないからね。」

無論、それはお互いが認識していることでもある。


「『シャガールの空』。」

フォークが使った技は舞台技と枷技の複合技である。ブルースが使った「猛龍過江ウエイトゥザドラゴン」と似た技である。空間を重力で歪めたのだ。

「なるほど、座標破壊者コードブレイカーにはコードブレイカーで行く、ということですか。」

凜は正直舌を巻いた。この重力の歪みを計算しつつ矢を操ることは出来るが、これまでのように10本以上を同時に、しかも正確にと言うのは難しいだろう。恐らく出来て半分くらいだろう。無論、その影響は地表付近には及ぼされない。やはり、空間を限定することによって、凜の瞬間移動の範囲を限定するともに、魔弓「空前絶後フェイルノート」の性能を封じるのが目的なのだ。


「なるほど、これは考えましたね。」

マーリンが感心したように言う。


「しかし、計算通りに行くとは限らぬ。」

反対側の陣営では十兵衛ジュードが呟く。

「どう言うことですかな?」

隣に座るロマノフスキが真意を聞いた。

「彼は、棗殿の能力を履き違えている、ということだ。あの技の本質は『瞬間移動』などではない。」


ハワードら運営側がスキルを導入したのも凜とグレイスの「御前試合」を目の当たりにした結果であった。あれではどんなに武技を磨いても勝てる相手ではない、と結論づけたのだ。


(なに?)

凜に狙いを定めた弾丸が逸れる。フォークは自分の目を疑った。ビリー程ではないものの、厳しい訓練によって鍛え上げられたフォークの射撃は極めて正確だからだ。

(なぜだ?)

彼の疑問の答えは程なく明らかになる。


凜が間合いを一気に詰めて来たのだ。弾丸がことごとくそれ、凜に斬りつけられる。ガンソードで受け、逆に斬り返そうとした時、腕に激しい違和感が走る。

(重力の乱れ? いつの間に俺と同じ技を使ったのだ?)

フォークはその剣筋の乱れを突かれ、凜の斬撃によるダメージを受けた。


「棗殿は自分の力を『主に』移動に使用しているに過ぎん。あの技の本質は『空間の入れ替え』でござろう。フォークは棗殿を閉じ込めるための籠に自分が閉じ込められたというわけじゃ。あれを本気でやられると拙者でも勝負の行方は五分五分と言ったところか。」

そう言って十兵衛は眼を瞑る。

凜はフォークの張った罠の一部を空間ごと移動して自分のために流用したのだ。

「なるほど、ご慧眼ですな。」

ロマノフスキは素直に十兵衛に脱帽してみせた。

「左様。見えすぎるほどでござるがな。」

十兵衛は片眼を封じたことにしたことを思い出していた。


「『ティファレト』卿、これでは見え『すぎる』。」


 十兵衛はそう苦情を言った。脳内に構築されたC3領域を最大限に活用するためには義眼モニターラティーナを入れることが必要だ。しかし、そのC3システムによって十兵衛は先を読めすぎて、相手の方がついて来れないのだ。そのため、眼帯で「封印」することにしたのだ。


ただ、その眼帯も特別製であった。それは赤外線や微量放射能アイソトープによって相手について、心拍数から表面温度まで「見る」ことができるのである。

 それで、リーナに尋ねられた時、「心眼」と表現したのである。



「団長殿。それに、『銃』にこだわるのは否定はせぬが、誇りのあまり、それに拘泥されてはならんのではないか?」

十兵衛の危惧にロマノフスキは答えなかった。武士にとっての「魂」が刀であるのなら猟師にとってのそれは銃なのだ。


 フォークはもう一度息を深く吐いた。一次リーグの動画を見て間違いなく上がってくる、という確信もあり、つぶさに研究を続けて来た。鎮守府は危険な魔獣と戦うため、選挙大戦コンクラーベ導入前から技を導入してきたのだ。

(あの身体、魔人のもののようだ。俺はこの勝負、勝ちたいのだ。この惑星最強の生物、魔獣の長たる魔人どもに。)

フォークの眼は決意に満ち溢れている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る