第208話:羽ばたきすぎる、魔女。❶
メグはメインの武器にいつもの『
(
オーロラビジョンに大写しになったグレイスとメグは画面越しに目が合ったきがした。いや、目が合ったのだ。グレイスがつぶやく。
「大槍⋯⋯か。」
その声は感慨深そうというよりは不思議そう、というニュアンスに聞こえた。
メグと大将戦で対するルイ・シェパード・ベーレンスは天位。選挙大戦コンクラーベ明けには上天位に昇格がすでに決している。鎮守府最強の空戦戦士である。そして、副団長への昇任も決まっていた。
「ふん。小娘か⋯⋯。噂にはかのGTRの薫陶を受けたそうだが、まだ師の域には達しってはいないようであるな。まるでガラス細工の人形のようだ。」
ベーレンスにしてみれば取るに足りない相手、という印象でしかない。
「どうだグレイス、愛弟子の試合、落ち着いてみていられんのか?」
同じく審判員として招かれていたラドラーがグレイスに囁いた。
「そうだな。心配というよりは、私が代わって立ち会いたい気分だ。ベーレンスの小僧、しばらく見ない内に一端になったじゃないか?」
彼女の笑みはどうやってベーレンスを攻略しようか、頭の中で戦いを組み立てているのだろうか。
「やれやれ、今を時めく最強の空戦戦士もGTRにかかればただの『小僧』ですか。」
ラドラーが愉快そうに呟く。グレイスは口角を少し下げる。
「ラドラー、私をその名で呼ぶな。」
無論、前回までの
二人は開始の礼のあと共に上昇し、所定戦闘開始高度に達する。
「参る。」
スキルをかけずベーレンスはメグに襲いかかる。メグは槍筋を見極めると華麗に避ける。
「ふむ。これはなかなか。」
次々に槍の切っ先を躱すメグにベーレンスは笑みをこぼす。彼は相手の力量を測ってから出す実力を決めるのだ。
「しかし娘よ。
「
「ウルよ翼を!」
互いに
「ウルよ力を!」
ベーレンスが
「
今度はメグが
ベーレンスの目の前に突然、濃密な花園が現れる。ガサガサと植物が身体に当たり動きが制限される。
「くっそ。準天位の割には大技だな。」
ベーレンスが唸る。彼は剣を出すと絡みつく花や蔓を切り裂いた。
ジェシカの庭園シリーズ最強の技だ。植物はぐんぐんと成長を続け、彼の行く手を塞ぎ、動きを阻む。
「あの技⋯⋯そうか、今はジェシカに師事しておったのだったな。メグは。師には恵まれる天分なのかもしれんな。」
グレイスは久しぶりに見たジェシカの庭園技の出来に目を奪われていた。
(最初の師匠はわ・た・し、とは言わないところがさすがだな。)
ラドラーはグレイスを横目で見た。
「なあ、凜があの技をかけられたらどうする?」
リックが尋ねる。
「即座に
凜は笑って両手を挙げた。
そして、ベーレンスはその庭に束縛されないメグの多重攻撃にさらされる。
「止むを得ぬ。『ウルよ。清浄なる世界へ!』」
ベーレンスは
「小娘と思って少々みくびりすぎたか。」
ベーレンスはメグを追うが捉えきれない。空戦の戦い方も流派があるのだ。凜やヴァルキュリアの騎士たちは「
その違いは「旋回」にある。地上戦型だとどうしても足を止めて、正面からの攻撃に重きが置かれる。一方、空戦は主にすれ違いざまの攻防を続けながら
最終的には敵の背中を取る事が目的なのである。
ただ、その戦術を埋めるための「
「ウルよ鎖を!」
文字通りの
「身体が⋯⋯軽い。いや、そうではない。これは⋯⋯?」
メグは自分でも信じられないほどの調子の良さである。普段の修練で普通に行われる鎖を旋回だけで避ける修錬。メグはやすやすと鎖を潜り抜けるとベーレンスの背後に槍の一撃を食らわす。それは信じられないような身のこなしであった。
(見える。すべてがまるで止まっているかのように。)
メグは極度の緊張を強いられるはずの戦いの場で心底楽しいと感じていることに気づいた。そう、まさに背に天使の翼を得たように。
「……ついに『その域』に達したようだな。メグ。」
グレイスがポツリと言う。その声には高揚感と寂寥感が入り混じっていた。
「『
ラドラーが尋ねる。
「ああ。あの
見るがいい。これが新たなる『
「え?」
ラドラーが思わずグレイスの顔を見る。聞き違った、そう思ったからだ。女性騎士の中でも最強の空戦騎士、それが「
その名を騎士団外の騎士に託するなど本来あってはならないはずなのだが。
「⋯⋯まるで『生まれ変わった』かのようだ!」
全てがスローモーションに見える。敵の動きも自分の動きも手に取るように。
ベーレンスは一方的に自分が攻め立てられいることに臍を噛む。まさか、こんな小娘ごときに遅れをとるとは。予想だにしていなかったのだ。
「なんなのだ。これほどまで俺の技が通じぬとは。認めぬ。断じて認めぬ。『天空の覇王』はこのルイ・シェパード・ベーレンスでなければならない。
ベーレンスの槍から光が生じ、それは翼の生えた竜の形を取る。これこそが彼の絶技である。光はやがて暗黒へと反転する。そのエネルギー強度がブラックホールのように強力になっているのだ。古の魔竜アジ・ダハーカの名にふさわしい大技、まさに必殺技である。
「凜なら、どうする?」
リックの問いに凜は今度は両手を広げた。
「そうだね、技が完成する前に叩くね。だって危ないもん。⋯⋯喰らったらたぶん、天使越しでもかなりやばそうだし。」
「『イゾルテ』!」
一方のメグは
(『魔女』というよりは『花嫁』じゃないか⋯⋯。)
ラドラーはそう思ったが口にはしなかった。
「メグがやると絵になりますねえ。まったく血の臭いのしない戦士……いや、もうすでに女神様ですね。」
マーリンがおどけたように賛辞を連ねた。
「いったいなんの余興だ?ええい、放たれよ!」
ベーレンスは「アジ・ダハーカ」を放つ。稲妻のように迸る光とそしてそれを食らうブラックホールでまがまがしいほどに彩られた竜は、美し女神と化身したメグに猛然と襲い掛かる。
「喰らい尽くせ!」
「アジ・ダハーカ」は動態変換のフィニッシュ・ブローに物質操作をかけあわせた複合技である。腹をすかせた獰猛な竜のように狙った獲物を執拗に追い回し、その
(小娘に防げるはずもない)
そう確信するのも無理はない。この「竜」の餌食になった騎士は両手の指で数えられるには収まらないほどの数だ。
「さあ、喰らえ!無垢なる天使を噛み砕け!」
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