第204話:夜更けすぎる、襲撃。❶

[星暦1554年10月12日。王都キャメロット。]


二人が宿にしているホテルに向かう途中、店のショーウインドーが突然破られる。そこには刀を持ったマネキンが現れた。

「しまった。⋯⋯というか、これでルイが『あの』ルイ君であることが確認できたわけだ。⋯⋯ジーン、逃げるぞ。」

ケビンがジーンの腕を取ると走り始める。振り返って銃を撃つが当然効かない。しかも、土地勘のない場所だ。マネキンが刀を振るう。風切り音が恐怖を煽った。


「先輩、どうして反撃しないんですか?」

ジーンの問いに

「おいおい、歴戦の兵士に警官風情が勝てると思うか?」

ケビンがあっさりと答える。

「先輩は意外にリアリストなんですね?」

「ああ。ルイ君みたいなロマンチストとは対極だな。ジーン、さっさと凜に応援を頼んでくれ。」

半分は恐怖で、もう半分は呆れた顔をしたジーンにケビンが急かす。

「もう『応援』ではなく、『救援』と言うべきでしょうね。ところで、あちらさんは私たちの正体に気づいたんでしょうか?」


ケビンはマネキンに近くにあった看板を投げつけた。

「最初から知ってたろう。もし気づかずにこんなやつを送ってきたとしたら俺の『人相かおつき』がよほど悪すぎたのかもな。」

ジーンも拳銃を撃つ。

「きっと『目つき』の方ですよ。先輩、いやらしいですもん。」

恐怖におののいているわりに彼女の口は軽い。


 しかし二人はついに袋小路に追い詰められてしまう。ケビンの構えた銃がカチカチと音だけを立てる。弾切れである。ポケットをまさぐってももう予備の弾倉はない。

「クソ、凜はまだなのか?俺ん時はさんざん文句を垂れてたくせに!」

自分の遅刻癖を棚にあげて呪詛のように言葉を並べる。

 すると石畳の上に転送陣ゲートが現れ、ゼルがせり上がってきた。突然増えた攻撃対象に、マネキンは一歩下がる。ゼルは刀を握ったマネキンを見て無表情ながらも、驚いて見せる。


「マネキンが刺客ですか?まるでコ●ン君の『正体不明の犯人』みたいです。」

ゼルがボケるとマネキンがゼルに襲いかかった。ゼルは背に二人を庇いつつ手にバリアを発生させ、剣の形にすると、その斬撃を受けた。

「先回よりも随分と動きが洗練されているようですね?アリィ。」

さらに攻撃の手を止めようとしないマネキンにゼルはバリアでそれを止めると、さらにバリアが触手のように変わり、マネキンを拘束する。


「余計な真似をするな、ケビン・スイフト。我らはいつでもお前を屠ることができる。⋯⋯そしてアザゼルよ。現在の我が名はシャルだ、覚えて⋯⋯おけ。」

するとマネキンは糸の切れた人形のように動かなくなった。


ケビンは危機が去ったことを悟るとへなへなと座り込む。

「ああ、おっかねえ。銃が効かない相手と戦闘なんてよ。俺はスフィアで生まれたら絶対警官にはなりたくねえぜ。」

ジーンは冷静に突っ込む。

「でも、これは傀儡マリオネットの技術ですから、どちらかといえばガイア寄りの技術ですけどね。」


二人はゼルに連れられて転送陣ゲートをくぐり、アヴァロンの凜のもとへ、カフェ・ド・シュバリエの道場に出た。そこはキャメロットからおよそ8時間の時差がある。突然明るくなり、それまで夜のとばりの中にいた二人は目がくらむ。


「ルイ君はどうでしたか?」

凜の問いにケビンは首をすくめた。

「いやいや、出鼻をくじかれたというかなんというか。これからの捜査の方針が全く見えないんだがね。」


凜は黙って頷く。それが、ここ3週間彼らをフリーハンドで自由行動させてきた理由だったからだ。

少し早めに起こされたヘンリーが二人にコーヒーを勧めた。

凜は説明する。今回の選挙大戦コンクラーベは凜たちアーサー王の『眷属』とハワードら『貴族』の決戦の場であるのだ。

そのため、貴族たちは戦闘で有利な脳内にC3領域を持つ戦士たちを作り上げたのだ。


「『七人の英雄マグニフィセント7』⋯⋯これが彼らのコードネームだ。彼らは人工胎で作られた身体に別の身体で育てられた『有人格アプリ』を封入されている。そして、ただ一人の例外があの「ルイ君」なんだ。」


 最初は、リーナを取り返すための彼のスタンドプレーだと思っていたが、ナベリウスの調査結果と突き合わせてみると、それだけでは済まない、という予想になったのだ。


ルイだけが凜たちと同様に、既存の脳に『有人格アプリ』をインストールされているのだ。英雄たちの中で彼が果たす役割とはなんなのか。そして、短剣党と貴族たち、そして「黙示録騎士団」との繋がりとは。


「つまりルイ・リンカーンの逮捕がどうしても必要なわけだ。」

ケビンの出した答えにジーンが問う。凜が何を恐れているのだろうか、と。

「なぜですか?たしかに、テロリストとしては優秀な部類に入るとは思いますが、あなたが彼をそこまで買いかぶる必要はないのではないですか?」


「それはね、『ドM』様の影がどうしてもちらつくんだよ。」

『ドM⋯⋯様』?ですか。」


 ジーンとケビンにドMについて説明すると、にわかには信じられないような表情を浮かべた。確かに、1500年以上の間、幾度となく行われてきた戦いが同一人物たちによる戦いである、という説明をまるっと呑み込める人間はそういるものではない。

 しかし、彼が貴族どもの中に潜り込んでいるのは確かなのだ。しかも惑星外から「有人格アプリ」の育成を始め、本来地球人種テラノイドが持っていないはずの技術を導入していることからもその影響は窺える。


「そのドMの目的は何ですか?」

ジーンの問いに凜は苦々しそうに答える。

「それは、惑星スフィアの滅亡⋯⋯だ。メテオ・インパクトを避けられないようにして多くの人々が死に、生き残った者たちが塗炭の苦しみに苛まれる場面をどうしても見たいのだ。そして、今回、ルイがなんらかのキーマンである可能性が高いんだ。」


ケビンは尋ねる。

「では、なぜ無関係な俺たちを襲ってきたんだ?」


凜はコーヒーを一口味わってから答えた。

「それはまず、僕に対する『正式な』宣戦布告だろうね。もしかすると、君たちを呼んだこと自体が、僕からの宣戦布告と受け止められた可能性もあるけど。

 もう一つは絶対に捕まらないという自信があるんだろうね。そして、それを唯一の脅かす存在が君たちである、ということ。

 これは僕とハワード卿、そしてルイ君とのポーカーゲームなんだ。どちらが人類の統治者となるか、というね。そして、その胴元がドM様っていう塩梅なんだ。」


ジーンが首をかしげる。

「どちらが人類を救うか、ではないんですね?」

凜は苦笑する。

「そう、それが権力とやらの腐っている部分でね。もちろん、表立った理由として人類の救いは関係している。しかし、救った人間として讃えられるのは誰の名か、というのが最大の関心事なんだよ。」


ようやくケビンもコーヒーを飲む余裕ができた。

「兎にも角にも『賽は投げられた』んだってことか。それで、手持ちのカードとしては僕たちに何をリクエストするつもりだい?」


「ルイ君を足がかりに短剣党シカリオン幹部セフィラたちを炙り出して欲しいんだ。君たちはこのナベリウスと、護衛をつける。とりあえず必要なものはなんでもリクエストして欲しい。だから今回、君たちは『外交官』の待遇で入国してもらっている。」

ケビンは頬杖をついた。

「しかし、足がかりといってもどこから攻めればいいんだよ?」

凜はすまして答えた。

「カフェ・ド・シュバリエ⋯⋯僕たちの本部(仮)から、だよ。」


「ルイ⋯⋯逃しました。」

ゼルにケビンとジーンの暗殺を阻止された「シャル」が淡々と報告した。

「ああ、⋯⋯問題ない。これでやつらの背後にトリスタンがいる事は確認できたしね。」

ルイも然程気にしていないようである。むしろ 想定内の範囲であった。

「まあ、これでやつらを引っ込める連中ではないだろうな。さて、どう出るか。まあ、俺がこのゲームのジョーカーである、ってことはわかってもらえただろうね。」


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