第205話:夜更けすぎる、襲撃。❷

 準々決勝、凜たち聖槍騎士団の対戦相手は鎮守府である。


日夜魔獣との戦いに明け暮れる「鎮守府」。実戦経験、しかも人間相手ではない極めて厳しい戦いを経験している騎士たちが多く、純粋な戦闘力においては惑星最強と言われている。


実は、決勝トーナメント直前に一悶着があったのである。

「『鉄仮面すけっと』を入れろ?⋯⋯ですと?」

執政官コンスルであるマッツォ・メンデルスゾーンの名代として派遣されたルイが要件を告げると、団長であるピエール・ロマノフスキは眉を顰めた。


「我が騎士団には歴戦の強者どもが、それこそ掃いて捨てるほどおります。実際に、我が騎士団より鉄仮面として何人も派遣致しています。⋯⋯その我々に『鉄仮面すけっと』を送り込まれますか。」

その反応はルイにとってはすでに織り込み済みのものであった。


「ええ。登録枠はどの騎士団にも等しく設けられていますからね。その枠に入れていただきたいのですよ。」

ルイは制度上のことを指摘した。鉄仮面制度は円卓が推し進めたい政策の一つであり、正統十二騎士団アポストルの一隅を占める鎮守府がその導入に慎重であることに苦言を呈したのである。


「確かに『枠』だけなら空いてはいますな。ただ、その枠を超えられなければなんの意味はありませんよ。」

ロマノフスキは噛んで含めるようにルイに言った。この若僧は、本当に鎮守府のことを理解した上で述べているとは到底思えなかったからである。


「もちろんです。でも一度、試していただけないでしょうか?まさに『武芸者』、と言える強さですよ。」

ルイは自分がセールスマンにでもなったかのような錯覚に陥る。


鎮守府の本部道場に集められたのはマキシム・ウルフハウンド・フォークの率いる旅団チームである。

数年前、凜たちと奉納試合で戦ったこともある。あれから、主要メンバーは全員が天位の地位を得ていた。


「悪いが、鉄仮面すけっとを取ることになった。お前たちが『軽く』が面接してもらえないか?」

団長の言葉にフォークは頷いた。

「ただお言葉ですが、かつて我々は相手を舐めてかかって手痛い敗北を喫したことがあります。戦場において我々に『軽く』という言葉はありません。」


「それは良い心がけでござるな。」

そこに男が現れる。


(サムライ⋯⋯?)

髪を茶筅髷に結い上げ、日に焼けた精悍な顔つきに、刀の鍔で眼帯をした姿。腰に大小の刀を佩いていた。「拙者、柳生十兵衛ジュード・ヤギューと申す。以後良しなに。」

その表情は飄々としており、「武芸者」と聞き及んでいた騎士たちは戸惑っていた。

(少しも強そうには見えんが⋯⋯)


「彼は剣術師範として『世界樹ユグドラシル騎士団』で指導していただきました。」

ルイの説明に皆は驚いたように十兵衛を見つめた。


世界樹ユグドラシル騎士団」は「鎮守府」の補佐騎士団の一つであったが、その序列は低く、本戦への出場は期待されてもいなかった。しかし、今回の選挙大戦コンクラーベで予選を勝ち抜いて一次リーグに進出し、しかもワイルドカード(3位枠)ながら決勝トーナメントに進出を決めていたのだ。


「ほう、指導者としては一流、ということか。」

銃の扱いに長けても剣術は今ひとつと言われた鎮守府の系列にしては、剣の腕が格段に上がったことが彼らの間でも話題になっていたからだ。その立役者が剣術師範をつとめた十兵衛だったのである。


「やはり武士もののふなれば剣にて語るを望まれるや如何に?」

その不敵な笑みは百戦錬磨の騎士たちの心を波立たせるには十分なものだった。


最初に立ち会ったのはコルチャークである。

「旦那、あんた隻眼かためのようであるが、戦闘に支障はないのかい?」

コルチャークの問いに十兵衛は涼し気に答える。

「それを試すのが貴殿の役目、遠慮せずにかかってこられよ。」

コルチャークは十兵衛の死角に回り込もうとするが、すでに読まれていた。しかも、ほぼ見えていないはずなのに小手をしたたかに打たれ、コルチャークは竹刀を取り落とした。

「な⋯⋯。」


「次は俺が行く。」

あっけにとられたコルチャークを制し、ネッセルローデが竹刀を取る。彼は気合一閃、鋭い掛け声とともに猛烈なスピードで踏み込む。しかし、竹刀で受けられると逆に胴を撫で斬られる。コルチャークは信じられない、といった表情で薙ぎ払われた腹をさすった。


「次は⋯⋯。」

「お待ちなさい。」

次に十兵衛に挑もうとしたミシチェンコをルイが制する。

「鎮守府の猛者たるあなた方が無闇に突っ込んで行くのはどうかと思いますよ。まず、彼が隻眼である、という情報は間違っていませんが、彼の視覚が限定されている、と判断するのは早計ではありませんか? 最初に言ったはずです。武芸者マスターであると。」


「ならば銃と勝負だ。『天使』を使ってな。」

ミシチェンコがベルトのバックルについたデバイスに手をかざす。修練モードで天使を起動した。

「地を這う戦いは俺たちには合わん。」

様々な形態を持つ魔獣と戦うため、ほとんどの補佐騎士団は大型ロボットに当たる「能天使パワー」を使う。

 しかし、彼ら鎮守府の騎士たちは真に強力な魔獣とさえ戦うのだ。知性を持つ強力な魔獣の中でも強く、そして狡猾な知能を持つものたちは『魔人』と呼ばれている。その多くは人型、ないしは人とほぼ変わらない大きさなのだ。好例はトムたちが遭遇した「風の一族」の長、ハスターである。そのため、彼らは一番位階ヒエラルキーの低い「天使」で戦うことが多いのである。


ミシチェンコは拳銃を二丁手にする。彼らにとってこの「二丁拳銃」こそが近接戦の王道のスタイルなのである。

「手加減はせんぞ。」

気合を入れるミシチェンコに

「そう自分を追い込むな。敗れてなお、『手加減してやった』のセリフは残しておいた方が良い。」

十兵衛はなおも余裕をくずさない。

「では拙者も遠慮なく行かせていただこう。おっと、これも余計な口じゃな。拙者が敗れたら『遠慮しておいた』ことにせねばならんのでな。」

そう言って相好をくずした。


 十兵衛は刀を抜いた。「三池典太光世みいけてんたみつよ」。無論、こちらの名匠に設えさせたものだ。

(何?)

ミシチェンコは竹刀から刀に持ち替えた瞬間に十兵衛の放つ気が一変したことに気づく。

(実刀を持つと豹変するタイプか⋯⋯いや、虚仮威しかもしれん。)

十兵衛がだらりと構えを下げたのをみて、ミシチェンコは銃撃を開始する。

刀から火花が出る。いや、銃弾が刀身に当たったのだ。

(バカな⋯⋯。偶然だろっ!)

しかし、何発放っても弾かれてしまう。

(どういう事だ?銃弾を見切るなぞ、『魔人』レベルでもそうはいないぞ。)

ミシチェンコの顔から余裕さが一気に消え失せた。

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