第187話:とめどなさすぎる、流れのように。③

ブルースの両手に柳葉りゅうよう刀、つまり短めの青龍刀が現れる。

(凜、ブルースの武術は詠春拳の流れを組んでいます。彼らの武術は大抵、拳術は剣術の応用であることが多いです。つまり⋯⋯)

「剣術使いととしても一流、ということか。」

凜はゼルの問いに答えただけだが、それを耳にしたブルースはにやりと笑う。

「私の武術にはあらゆる武術の粋を集めて来た。そして、今は、この世界で学んだことも取り入れているよ。わたしはね、進化し続けるのだよ。」


天衣無縫ドレッドノート」。

凜が刀を構えるとブルースの持つ両刀が振られ、衝撃波が凜を襲う。なんとか「天衣無縫ドレッドノート」で振り払う。

「なるほど、今度は僕の『月光アーヴィング』の応用ですか。さすがと言うかなんというか。」

(Game Of Death……略せばGOD(神)、ですからね。まさに神技。凜、残り時間はわずかです。)

ゼルの警句に凜もうなずいた。


(制限時間が尽きればこのままでは僕の負けか⋯⋯。さて、これは出し惜しみしている場合ではないか。)

絶技チェック、『零式ジーク』。」

凜の動きがぴたりと止まる。二人の息遣いだけが聞こえるかのような静けさだ。

それを破ったのはブルースの怪鳥音である。観客からは二人の姿が同時に消えたように見えただろう。


がきん、という鉄骨が軋んだような鈍い音が響く。二人の姿が再び現れた時、ブルースは信じられない、という表情で膝をついた。

 ブルースのライフゲージが一気に0になる。


「勝者、棗凜太朗=トリスタン。この試合、聖槍騎士団の勝利。ノーサイド。」

ホームの観客は静まりかえる。まさに空気が凍りついたかのようだ。


凜が手を差し伸べるとブルースも無言でそれを握る。悔しさで滲んだブルースの表情に凜はそれ以上かける言葉がなかった。

「今回もロゼがお世話になったようで⋯⋯。よかったら、またアドバイスをしていただけませんか?」

凜のその言葉に初めてブルースの表情が和らいだ

「ええ、ぜひ。」

二人は踵を返しそれぞれの陣営に戻っていった。


「次勝ったら1位通過は確実やね。」

ロゼの声が弾む。凜は微笑むと高く出された彼女の手とハイタッチを交わした。

「そうだね。」


一方、コーディネーターとして来ていたルイにブルースは再び迎えられた。

「やられたよ。」

ベンチに深々と腰掛けたブルースにドリンクを手渡す。

「彼のあの技は?」

ブルースの問いに、ルイは首を一つかしげてから答えた。

「恐らく、あの形態フォームで出せる最強の技らしい。ただし、僕も彼が本気でこの技を出したのを見たのは今日が初めてだ。あのスピードからして、鎧が量子変換されている可能性が高いね。どうやら決勝トーナメントであたる連中に研究させる必要があるね。」


[星暦1544年9月18日。聖都アヴァロン]


「さあみんな、今日も気い張って行くで。」

ロゼが道場で檄を飛ばす。

「さあ、ヘソから声を出すんや!リリー、脇締めや。そう、ええやん。」


シャスティフォルから帰って来たロゼは「指導者」としては見違えるようになっていた。


ロゼはシャスティフォルの街を離れる前にもう一度ブルースの道場を訪れたのだ。修練に励んでいたのは女性クラスであったため、子どもたちに絡まれずに済んだ。


ロゼはブルースに色紙を渡し、サインをねだったのだ。

「実はジェシカの兄やんはうちの最初の師匠やねん。そして、兄やんはブルースさんの大ファンやってん。」

ブルースは少し考えてから自分のサインと共に「温故知新」と書き添えたのだ。

じいっと書かれた漢字と睨めっこをしているロゼにブルースは笑って解説を加えた。

「古きを温めて新しきを知る。標準語スタンダードだと『今日という日は昨日の弟子』と言ったかな?

ロゼ、キミの持つ型は先人から受け継いで来たものだ。古臭いと笑わずにそこから学ぶといい。そこにキミしかできない発想が生まれるはずだ。そして、キミが編み出した技はまた『古き』物として次の世代へと受け継がれて行く。そう、それは雄大な大河の流れのように連綿と続いて行くんだよ。僕は、そうすることに誇りを持っているんだ。キミはどうかな?」


(「人を教えることは自分を教えること」⋯⋯凜の言う通りや。先人から受け継ぎ、後の世代にそれを伝える過程に新しいものが生まれる。なぜこうするのか、なぜ必要なのか。その『なぜ』を考えることが大事やったんや。)


 ショーンやジェシカから学んだ型が自分の拳に、そして足に宿っている。それはショーンやジェシカが彼らの師匠から、そしてその師匠もその師匠の師匠から受け継いだものだ。それはまるでとうとうと流れ、たゆとう大河のようだ。

 (これが『水』……、そうウチにとっての水の流れなんや。やっと光が見えてきた気がすんねん。今は底に沈んでおっても、きらきら光る水面に向かって泳いでいけばええんや。そして、ウチが見つけた型もまた受け継がれていく。)


「ロゼ師匠せんせい、すごく綺麗な『型』なんですね。」

生徒に模範演武をして見せていたところ、若い男性騎士に声をかけられ、ロゼは思わず照れる。

「そんな『綺麗』やなんて……。『かわいい』とはよう言われますけど……。」


 いや、節子ロゼ、それ綺麗な『かた』ちゃうで。綺麗な『かた』や。

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