第188話:めでたすぎる、トップ通過。❶

[星暦1554年9月21日。聖都アヴァロン。宇宙港ヨコハマ]


予選最終節はホームに衛門府を迎えて行われる。一次リーグのトップ通過はほぼ確定していた。ホームタウンを同じくしている聖堂騎士団も決勝トーナメントへの進出を決めているため、聖都アヴァロンは盛り上がりを見せていた。


アヴァロンの宇宙港「ヨコハマ」には選挙大戦コンクラーベのブースが設けられ、名場面集が繰り返し流される。今回から導入されたスキルの効果は絶大で、その派手な演出は大衆の熱狂的な反応を引き出していた。


「ばばばばばばばばーーーーーん!」

「ずぎゃぎゃぎゃぎゃーーーーん!」

子どもたちがそのエフェクトを真似てごっこ遊びに興じていた。


この週末に二つの騎士団が相次いで予選最終節を飾るのだ。宇宙港にはそれを観覧するためにわかファンから古参のファンに至るまで多くの人々が集まっているのだ。


「すごい賑わいですね。みやこの葵祭り(祇園)を思い出しますね。」

大きめのトランクを引っ張りながら弁慶は呟いた。

「ベン、今日は飲みに行くかい?」

同僚が尋ねた。いいですね、そう口を開きかけたところ、目の前をすごい勢いで人影が通り過ぎた。

「危ないですね。何でしょう?」


「泥棒!」

ついで、そう叫びながらその影を追う人物が現れる。その人物は衛門府の制服に気づくと

「すみません、お巡りさん。今、鞄をひったくられまして⋯⋯」

と泣きつく。


宇宙港は非常に巨大な構造物である。一つの都市ほどの建造物が作りこまれているのだ。しかも、惑星外鎖国政策を取っているスフィアでは、外国公館もこの港に建てられており、そういった治外法権エリアに紛れ込まれると非常に厄介である。


「ベン、どうする? 管制センターに案内しようか?」

僚友のいうことはもっともだが、それでは間に合わないだろう。こんな事件は宇宙港では日常茶飯事なのだ。


「わかりました。善処しましょう。技(スキル)、『源九郎狐(げんくろうぎつね)』。」

弁慶が禿かむろ―平安時代の童子―の姿をした「分身アバター」を呼び出す。

「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前。」

弁慶が九字を切ると禿たちは勢いよく飛び出す。そして、ものの五分もしないうちに先ほどの人影の主を連れて来たのだ。それはガイア、アポロニア製の傀儡マリオネットであった。それがしっかりと鞄を抱えている。


「そうです、このカバンです。ありがとうございます。」

ただ、そのまますぐにカバンを引き渡すことも出来ず、僚友の通報によってやってきたヨコハマ港の衛門府の騎士に引き渡されることになった。

「傀儡(マリオネット)か。どうせ『短剣党シカリオン』の連中に違いないさ。物騒な世の中になったもんだ。」


[星暦1554年9月21日。聖都アヴァロン。]


「おやおや、今日はお休みでしたか。⋯⋯いやはや残念です。」

弁慶が足を止める。そこは「カフェ・ド・シュバリエ」であった。

しかし、扉には「本日定休日(We’re closed every Friday)」の札がかけられているのを見て弁慶はため息をついた。


ただ、そう思ったのは弁慶だけではなかったようだ。選挙大戦コンクラーベ凜たちにスポットが当てられると、にわかファンたちが挙ってカフェ・ド・シュバリエに押し寄せるようになったのだ。


でも、彼らが見たい「スキル」の練習は道場ではできないため、大抵不満を抱いて終わってしまうのだ。


今日は定休日のため、旅団としての練習も休みなのである。

「あら、ベンじゃない?」

 旅団が休みでも、ジェシカはジェノスタイン商会の仕事もあって、カフェが休みでも出入りしているのである。

「ああ、ジェシカさん、こんにちは。せっかくアヴァロンまで来たので寄ってみたのですが、残念ながらお休みだったようですね。」


ジェシカは少し考える。

「そうね、この後誘ってあげてもいいのだけど、対戦前にライバル同士がご一緒するのは要らぬ誤解のもとで、良くないかしらね。」


「そうですね。残念です。」

しかし、弁慶の目当てはジェシカではなかったのである。



「マンディ、調子はどう?」

アマンダはヘンリーに言われてぼうっとしていることに気がついた。

「ごめん、ハリー。わたし……ぼうっとしてたみたい。」

お互いに愛称で呼び合える程度に仲が深まったものの、周りから見れば遅々とした進展具合であった。今日は定休日なのでデートもかねて他のカフェを巡っていたのだ。


「なんか見てて歯がゆいというか⋯⋯。」

リックとトム、そしてビアンカが「尾行監視団」を兼ねていた。ついでにゼルもリックに「付いて」きた、正確には「憑いて」きていた。

「⋯⋯イラッとするよね。」

ビアンカも斬り捨てる。

「もう二人ともいい加減いい歳なんだから、さっさとやっちまえばいいのです。」

ゼルが親指を人差し指と中指に挟んで拳をぐっと握った。

「ゼル、そのジェスチャーにはきわめて下品な意味があります。」

リコがたしなめた。


「まあ結婚なんてもんは、若い奴らが勢いのあまりするもので、逆に歳食っちゃうと却ってできないものらしいぞ。」

トムが知ったかぶりをした。


「なんだか最近眠りが浅いの。だからかしら。昼間、急に眠くなったりするのよね。」

アマンダが最近の不調についてヘンリーに訴えていたのである。

「そう。それはつらいね。明日はモーニングも無いから、少しゆっくりするといいよ。」



「そうだな、今日は少しゆっくり飲むとするか。」

その晩、ヘンリーが店の窓際の席で月明かりで晩酌をしていると、通りにアマンダが立っていたのだ。

(あれ、マンディ。こんな遅い時間に?)

ヘンリーが見ていると、いきなり子どもが現れる。しかも見たこともない服装、髪型であった。子どもは二言三言アマンダと言葉を交わすと去って行く。それも、その動きは人間のものではなかった。

(いったい誰だ?みたところ、子供のようだし⋯⋯。)

その人影が去ると、アマンダは振り向くこともなく自分の部屋へと戻っていった。


 翌朝、起きて来たアマンダに昨夜のことを尋ねると、アマンダはかぶりを振る。

「いいえ、昨日は朝までぐっすりと寝ていましたけど。」

ヘンリーはそれ以上は聞けなかった。



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