第186話:とめどなさすぎる、流れのように。②

ロゼは慌てて起きようとするが、重力に引っ張られるように再びあおむけに寝ころんだ。

「うわ、ジェシカやん。……そうか、ほな、負けたんはウチの方か……。なんとか引き分けくらいにに持ち込めたかと思うたんにな。⋯⋯しかし、目がさめたらここで凜の顔やったらうれしかったんやけどな。空気読んでんか。」

 母を呼んでしまったことを知ってか知らずかロゼは恥ずかしそうにクレームをつけた。


「せや、ジェシカ。うちの必殺技、どうやった?考えるより感じたとおりにやったら、あんなんなったわ。」

ジェシカは答えた。

「ロゼらしくていいんじゃないかしら。ただ、『野性に還る』というなら、もう少し、恰好をつけようという理性は飛ばしていいかもしれないわね。ただ、旦那様がこれをご覧になったらなんとおっしゃられることやら。」


(嫁の貰い手がなくなる……かな)

みなの脳裏に同じフレーズが浮かんだが、あえてそれを口に出していうものはいなかった。


 試合は両チームが2セットずつ取り合い、勝負は最後のトーナメントに持ち込まれ、再び凜とブルースが相まみえることになったのだ。


ブルースは凜に言い放つ。

「どれだけ進歩しようとも、武の本質は変わらん。ただ、どうそれを導き出すか、その技は日々刻刻と変わっていくのだろう。君には最新版の私をお見せしようじゃないか。」

ヘラクレス騎士団のホームゲームのため、地上戦デュエルとなった。ブルースは上半身裸となる。無論、『天使』で加護されているのだが、彼の精神を表しているのだろう。


龍之王国ドラゴン・キングダム。」

ブルースが最初に使用したスキルはまさに「庭園技」であった。それはエスニック、いやアジアンテイストのごたごたしたもので、とても洗練されたものとは言い難い。しかし仏像や石柱、様々なオブジェが立ち並ぶ複雑な地形は、地上戦デュエル空戦マニューバ技術を練りこんだ凜の特徴をつぶすには充分であった。


「なるほど。挑戦状、というわけですか?これは光栄なことですね。」

凜はため息をついた。

無効化キャンセルするかね?わたしとしては天使に自由にはばたかれてはやりにくいのだよ。」

ブルースが愉快そうに尋ねた。

「確かに、いきなり無効化それも無粋でしょう。」

(まあこれで屠龍ニック月光アーヴィングのコンビネーションは封じられたも同然だからな。)


「一式、オスカー。」

凜は防御・旋回重視のフォームチェンジする。

「受けて立つ……か。その意気や好し!」


 ただしジェシカの「庭園」シリーズとは異なり、その物理形状はブルースにも有効に働くようだ。


「ゼル、ブルースが建てた構造物の座標コードの解析を頼む。」

がきん、という鈍い音がして、ブルースの鋭い蹴りを持ち上げた仏像で止める。

「罰当たりな。」

にやりと笑うブルースに、

「実家は円環教徒ブッディストではないのでね。」


余談だが、大和国に円環教徒が多かったのは江戸時代に幕府によって導入された檀家制度によるところが大きい。それは国民を支配するツールであると共に、寺院の安定的な経営を保証するものとなった。しかし、第三次世界大戦に伴った核攻撃によって、国土とともに完全に檀家制度は崩壊してしまった。そのため、楽に稼げなくなった僧侶をするものは激減してしまったのだ。しかもキリスト教圏の国々にみなが集団移民したことから、ごく少数派の宗教になってしまったのである。


僧侶のほとんどは布教の訓練も受けていないしノウハウもなかった。それで、裸一貫で外国に渡った人たちに寄付を強いようとして反発されたり、断られれば断られたで今こんな目に遭っているのはおまえたちが前世で悪行をしたからだ、と罵るほどプライドが高い連中に布教は向いていなかったのだ。結局、その土地にいない先祖を供養をしてもご利益はない、ということになってしまったのである。


 凜がさらに転移を使い、ブルースの作った構造物を使った防壁を張る。

「ちなみに転移それスキルのうちかね?」

ブルースが不満そうに尋ねる。

「いいえ、これは私の標準装備ですよ。これはあなたに武の天凛があるのと一緒です。あなたの持つ技術も自分で磨いたとはいえ、十分にチートですよ。」


すると凜が盾で使った大きめの仏像が真っ二つに切り裂かれる。

「罰当たりな。」

凜が言い返すとブルースもみやりとする。

「うちの実家も円環教徒ブッディストではないのでね。⋯⋯『唐山大兄ザ・ビッグボス』。」


 ブルースは「舞台技」で凜の「足」を封じるつもりだったが、当てが外れていくのを感じていた。

(自分だけでなく、指定した空間も移動可能なのか⋯⋯)

凜の動画は見て研究していたが、ダジャレを言うつもりはないが、「転移」は『天位』以上の騎士相手にしか使っていないのだ。凜は天位騎士との対戦が少ないため驚くほど資料が少ない。ヒントが少ない中、有効な攻撃を編み出していかねばならないのだ。


そのことをルイに抗議した事があった。ルイは意地悪そうにその美しい顔を歪めて言った。

「それはね。彼が天位騎士たちを次々に倒して彼が早々に昇格してしまったら困るだろ?だからお偉いさんたちは敢えて彼を『干して』しまった、という訳だ。ま、それが刃となってお偉いさんがたの喉元に帰って来た、と言うことだろうね。

まあ、男の嫉妬ってやつさ。女のものよりはるかに醜くて、はるかに厄介なものだがね。」


「世界の行く末を託された少年」。羨ましいなんて微塵も思わない。そして、ブルースにとっても関係のない事だった。あの日、彼は気を失って倒れた。それは自分が精力を注ぎ込んだ映画の製作の途上だった。それは彼にとっては道半ば、黄色人種が最も地位が低い国で成り上がっていく途中のことだった。

確かに、自分は死んだからこそ「英雄」となり「伝説」となった。また、自分の背中を追っていた若者たちに機会の扉を開くこともできた。


「蘇った」今でもやるべきことはやった。そして今、ここにいいる。この少年の道を塞ぎたいのではない。ただ、今人類が手にした新しい力、その強さを模索してみたい、それが今の彼の関心事であった。そして、それを追求するのに挑まなければならないのが今、目の前にいる、この少年なのである。


ー出し惜しみする必要はない。ー


「『精武門フィスト・オブ・フューリー』。」

これまでとは段違いにブルースのスピードが上がる。怪鳥音の雄叫びと共に拳が突き出される。凜は手に次々とブルースが構築した構造物を転移させ、その攻撃を防ぐ。しかし、そのスピードは凜の手に追えないほどの速さになる。

(凜、この手数、捌ききれますか?)

ゼルの求めに凜は最終形態をとる。

「四式・疾風フランク。」

凜の場合、一式から三式はフォームチェンジ、四式は別のスキルにカウントされる。凜は熾天使を天使として使うため、多くの能力を封印しているのだ。四式とは、一時的に「智天使ケルブ」並みの能力を解放する、ということである。


(凜、恐らくブルースはスキルにカウントされないフォーム・チェンジではなく、個別にスキルとして重ねていると思われます。)


猛龍過江ウエイ・トゥ・ザ・ドラゴン。」

重力が波のように凜を襲う。凜はそれをスレスレで転移ジャンプで躱していく。もちろん、ブルースは凜の仕様については情報を得ていた。


(無限に広がる空間であれば、彼は一瞬にして私を屠るだろう。しかし、ここは限定された空間なのだ。)

龍争虎闘エンターザドラゴン。」

焔の柱が立ち上り、徐々に凜が自由に動ける空間を狭めていく。凜の持ち味である瞬間移動の能力を潰すには空間を限定することが重要なのだ。


「⋯⋯死亡遊戯ゲーム・オブ・デス。」

ブルースが宣告する。怪鳥音と共に繰り出される拳はかつてないほどに重く、速い。


(これは⋯⋯やばい。)

凜はガードごと飛ばされる。割り当てられたライフゲージが一気にレッドゾーンまで減らされた。

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