第179話:すましすぎる、ポーカーフェイス。❸

コーチングボックスへ向かおうとする凜をメグが呼び止める。凜が振り向いた瞬間、メグが凜の首に抱き着いた。驚きのあまり硬直する凜に、

「勝つから。」

そう耳打ちした。ダグアウトの出口は最後の「作戦室」として、客席から死角になるように作られているとはいえ、開始戦に立つビリーからは丸見えである。凜は自分の動悸が高まる一方で、メグの心音が徐々に収まっていくのを感じた。

(いや、むしろビリーに見せつけるための行動か……。)

凜はメグの意図を理解した。メグが抱擁を解くと、凜はメグのほほに触れ、何やら耳打ちをすると、

「頑張っておいで。」

そういって送り出した。メグは振り返ってフィールドへ向かった。メグは「すっかり」落ち着いていた。むしろ、「強者」であるはずのビリーが肩をわななかせているのだ。


「見せつけてくれるんだ?」

ビリーの声には怒気がこもっていた。

(思った以上に効果があったのかしら。)

ビリーのリアクションはメグをかえって冷静にさせるものだった。


開始の礼を済ますと、二人は互いに螺旋を描きながら上昇を開始する。そして、所定の高度に達すると試合が始まる。


ビリーの主武器メインウエポンは拳銃であるため、メグは片手剣と丸盾を持った。


「silver(シルバー・) lode(ロード)!」

ビリーの無限リロードが発動する。小柄なビリーは敏捷さにも優れていた。荒馬を乗りこなすロデオの名手だったという彼は、まるで体操選手のように様々な姿勢から発砲する。

(すごいな。しかも「スキル」ではなく、才覚だと言うのか。これに比すれば私にはとても才能があるとは言えぬな。)

メグはなんとか丸盾で弾丸を防ぐ。もっとも、小さな丸盾で全身を守るには常にビリーの銃口の向きに常に合わせる必要があるため、メグの才能も素晴らしいと言えるだろう。


「子猫ちゃん、防御だけでは勝てないよ!」

挑発するビリーに

解放のヨベルジュビーリー!」

速度を上げたメグが盾で弾丸を防ぎながらビリーめがけて直進し、すれ違いざまに斬撃を見舞う。拳銃で防いだビリーだったが、衝撃で拳銃をとり落す。


空戦の経験はメグに一日の長があるのだ。武器エモノを奪われたビリーは舌打ちすると、再び笑う。本気度が上がったのだろう。

悪の庭ガーデン・オブ・エヴィル

突如としてメグの見える風景が一変する。貨物列車の車内ような風景が目の前に広がったのだ。ジェシカと同じ「舞台技シーンズ」である。メグは丸腰状態のビリーを追撃しようとする出鼻を挫かれてしまった。メグが貨車の窓から屋根へと出ると、すでにビリーが拳銃を構えていた。パン、パンという乾いた銃声とともにビリーの放つ弾丸が頬を掠めた。機関車から出る黒煙がたなびき、時折警笛が鳴らされる。


舞台技はかけられた側が圧倒的に不利なのだ。

「子猫ちゃん、降参するなら今のうちだよ。」


メグはそれに答えず、「分身技アバターを発動する。

摂政リージェント Ver.2」

メグの側にもう一人のメグが現れる。「二人」のメグは高速で場所を入れ替えながら攻撃を始める。

ビリーは舌打ちをする。せっかく追い詰め掛けたのに、本物を判別して攻撃しなければならないのだ。

(まあ、モノは考えようだ。)

ビリーは「二人を」追わず、一方だけを追うことにした。

「つかまえた、っと。」

そして、背後から抱きつくと鎧の胴からのぞいたメグの胸の谷間に指を這わせる。「メグ」はそれに反応せず腕を決める。もう一人のメグがビリーの背中に斬撃を加えた。


「ヒーーーーーハーーーーー。」

ビリーは身体を丸めてブーツで斬撃を防ぐとそのまま離脱する。


舞台の効果が切れ、風景が元にもどる。すると、すでにメグが「奥義」の体制に入っていた。リージェントと二人、同じ様に剣を構える。ビリーを挟んで左右から霊剣「心地光明クラウ・ソラス」が光を放った。

「ほう、どちらが本物でしょう?⋯⋯ってか?」

ビリーがニヤリとする。双方とも最終奥義は、通常の攻撃のように連発は効かない。

「でも、こちらもすでに対策済みなんだよね。」

ビリーもにやりと笑って「最終奥義」を発動した。


「エクセルシオール!」

許されざる者アンフォーギブン!」

ビリーは右側の「メグ」に狙いを定めた。互いに向けて同時に絶技チェックが発動する。メグのエクセルシオールも「量子共振斬り」だ。


ビリーの弾丸で「メグ」は砕け散って消える。そう、つまりビリーは誤った選択をしたのだ。そして、メグの斬撃がビリーの残りのライフゲージを一気に0にした。

「な⋯⋯⋯!?」

ビリーの勝利への確信をこもった表情が一気に歪む。ビリーはあの時、メグの胸の谷間に発信機をつけていたのだ。そして、そこに指を入れても無反応だったので、それが「摂政リージェント」だと思い込んでしまっていたのだ。


「くっそー、思いっきり騙された。」

悔しがってダグアウトのベンチを蹴り上げるビリーを試合を見ていたルイがからかった。

「ビリー、キミが前回死んだの21歳の時だってね? まだ、女の『ほんとうの』怖さが分かってなかったんじゃないの?」


「だって処女バージンかどうかでからっかった時にあんなに狼狽えてたくせに!」

憤懣やるせないビリーに

「だから、それが女の怖さなんだって。我慢できるんだよ。惚れた男のためならね。」


「今回はメグの完勝でしたね。」

褒めた凜にメグは照れ笑いを浮かべる。

「まあ⋯⋯な。やつの最終技は1発勝負だから、リージェントは分身バージョン2を使え、と提案してくれた凜の面目躍如だがな。」

「しかし、よくあんな嫌がらせ、我慢できたわね?あたしなら絶対叫んでる。」

アンの問いに、メグも愉快そうに言った。

「だから試合前に『凜分』を存分に補給させてもたったのだよ。おかげで我慢できた、というわけだ。」

マーリンがなるほどと言わんばかりに手を打つ。


「そりゃ凄い。やはり植物の三大栄養素は大切ですねえ。」

ゼルがすかさず訂正ツッコミを入れた。

「それは『リン』(燐)違いです。」


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