第166話:胸躍りすぎる、開幕戦。❷

[星暦1554年8月17日。聖都アヴァロン。]


開幕前日にはアヴァロンでも選挙大戦コンクラーベの開幕イベントが行われた。正確には「政見披露会ディベート」である。あくまでも選挙なのである。双方の政策が並べられ、共通する項目、相反する項目、一方には含められていない項目が列挙される。昔は本当に討論会も行われていたが、弁舌ではなく腕づくで意見を通す場であるので最近は行われず、単純に両者の顔合わせのようになっているのだ。

 同じアヴァロンを本拠地とする「聖堂騎士団」とその相手チームの四騎士団合同で行われるのだ。


 ファンや市民がつめかけ、屋台も出てまるで祭りのような賑わいである。

  初戦の相手が会場に現れる。「天狼の牙フェンリルズファング騎士団」、鎮守府を補佐して日夜魔獣の南下を防ぐがちがちの戦闘集団である。

鍛えあげられた肉体に加え、確固たる意志を持つ、といういかつい男たちである。しかし、そんな中で「軽佻浮薄」を絵に描いたような男が一人だけ混じっていた。

凜とメグ、そしてジェシカが聖堂騎士団の騎士たちと談笑しているとその男が近づいて来る。

「やあ、僕のこと、覚えてる?」

先日のメイ・フェアでの傍若無人さをまるで意に介していないかのようにビリー・ザ・キッドが近づいて来たのだ。


「この前は、どうも。」

凜がいやそうに手を差し伸べたが、ビリーはそれを無視して素通りするとメグの側へ行った。メグは表情一つ変えることなくビリーが差し出した手を握った。


「メグ、ぼくは強い女が好きなんだ。どう、僕と一晩付き合ってみない?」

(いきなりそれかよ?)

周囲の雰囲気が凍り付く。それを意に介していないのか、ビリーの表情はにこやかであった。


 (彼は本気で言っているのか、若い娘をからかって当惑させようとしているのか、あるいは私の羞恥心や倫理観を刺激して激昂させようとしているのだろうか?)

 メグにこみあげてきたのは「嫌悪感」であったが、なるべく感情を出さぬようにこたえた。 

「それははっきりと御断りをする。私は価値観の違う殿方とそのような関係になるつもりは全くない。」

しかし、ビリーはなおもにじり寄る。

「つまんないな。きみ、もしかしてまだ処女バージンでしょ? 俺、処女バージン大歓迎なんだ。ほら、めんどぐさがったり乱暴したりにしたりしないからさ。」


 さすがに凜も不快に感じ、止めに入るタイミングを見計らっていた。騎士の文化では女性を辱めることは忌避すべきことなのである。メグはきっぱりと断った。

「重ねてお断りしよう。少なくとも私は、そういう自分を恥じたことはない。まして、貴殿のようなゲスな輩と褥を共にする気はない。⋯⋯とりあえず、私は感情に呑まれた戦いはしたくはないのでな。公正フェアな戦いをしよう。」

ビリーはにやりとする。間違いなくメグの反応リアクションを見て楽しんでいるのだ。


「おお、やっぱりまだ処女なんだ。やっぱり高貴なお生まれの方は違うね。ますますやりたくなってきた。で、姫様は俺のような庶民は相手にする価値もないのかい? ねえ、知ってる?高貴だろうと下種だろうと、ついてる性器もんは一緒なんだぜ?」

メグは彼の頬を平手打ちにでもしてやろうかと思ったが、凜と目が合うと冷静さを取り戻す。

「わたしは生まれの貴賤についての話はしておらん。価値観についての話をしているのだ。……。」

そこまで言うと言葉に詰まる。そう、彼は単にからかっているのだ。真面目に対応すること自体が間違っているのだ。ビリーは

「お嬢さん、冷静なのは自分だけでいいんだぜ。相手は怒らせてなんぼだ。俺はいつでも笑って引き金トリガーをひく。ただそれだけのことだ。とりあえず、明日、俺が勝ったらデートしてよ。」


 そう言うと立ち去っていく。遅れて来たリックがビリーを見て不思議そうな顔をした。あきらかに自分が収集したデータになかった顔だったからだ。ゼルは凜に確認をとる。

(凜、あの男がこのチームにいることはデータにはありませんでした。)


(ああ、恐らく誰かさんが『鉄仮面すけっと制度』を使って送り込んだのだろうね。どうやらほかの英雄はいないようだね。この分だと、恐らく予選で当たる他のチームにも一人ずつ送り込まれている可能性もあるな。)

[星暦1554年8月18日。聖都アヴァロン。王立闘技場]


「選挙大戦一次リーグ第一試合。聖槍騎士団 対 天狼の牙騎士団。」

ついに、凜たちの戦いが始まりをつげた。


試合は5本勝負で3本先取すれば勝ちとなる。一本目は「地上戦デュエル」である。いきなり先鋒のリックが負け、次鋒のトムが勝ち、中堅のメグに出番がまわってきた。

(ついにこの日が来たのか……。あれから5年、長かったのか、短かったのか。)


5年前、初陣で「ドM」様に操られた対戦相手に殺されかけたことをメグは思い出し、一度身体を震わせた。もう、あの頃のような幼子ではない。ずっと側にいてくれた凜の背中を、彼女も懸命に追い続けて来たのだ。

ただ「スキル」の発動とそれを活かした戦いについては、リーナが加わった頃から修練を始めてはいたが、実戦ではまだまだ慣れているとは言い難かった。


「東、マグダレーナ・エンデヴェール準天位。西、ウイリアム・H・ボニー人位。」

位階だけ聞けば、メグの楽勝に違いない、居合わせた観客は皆そう思っていたことだろう。


「さあ、ゲームを始めようか。」

ビリーの姿はまさに、西部劇のガンスリンガースタイルであった。一方、メグは愛刀の「心地光明クラウ・ソラス」ではなく小槍と丸盾という戦乙女ヴァルキリースタイルであった。ビリーは銃を抜くと、開始戦に立つ。観客の歓声が静まる。


 勝敗はAIによって公平に計算されたダメージカウントが先にいっぱいになった方が負けである。簡単にいうと、格ゲーのようにライフゲージがあって、それが0になった方が負けである。ただ制限時間があるので、0にならなければ残りが多い方が勝ち、という極めて分かりすいものだ。

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