第10部:とんでも技炸裂!―選挙大戦!グループリーグ編

第165話:胸躍りすぎる、開幕戦。❶

 [星暦1554年8月8日。アヴァロン、聖槍騎士団団長公邸内、メグの部屋]


「ありがとう。わざわざこんなことのために来てもらって。」

メグは手際よく荷造りの作業を進める二人の女性に礼を言う。

「いえ、これも私たちの仕事ですから。それに、わたしは個人的にも姫様の大ファンですから、単純にうれしいだけですよ。」

アヴァロンにあるヌーゼリアルの領事館から二人の女官がメグの荷造りの手伝いに来ていたのだ。もう一方の女官も口をそろえる。

「そうですよ。大切な試合ですから、姫様は姫様のなさりたいことに集中なさってください。」


 メグは王室の第一王女という立場に生まれたが、幼少期は臣下の家で育てられ、自分の身の回りの世話は自分でできるようにしつけられていたし、騎士団に入ってからは「侍従ペイジ」、「従騎士エスクワイア」の時は団長のグレイスに付いて、その身の回りの世話をしてきた。だから、別段手伝ってもらわなくてもよいのだ。

(これも父上の好意か。ならば快く受けるのも孝の道であろう。)

メグはそう思って自分のベッドに腰をおろす。


「姫様、文机の上にこんなものが置いてありましたよ。」

女官に封筒を渡される。

「なんだ。珍しいな、今どき封筒なぞ。」

義眼モニターラティーナの発達により、紙で手紙をやりとりするなどという習慣は過去のものとなっていた。メグが宛名を見ると「敬愛なるマグダレーナ・エンデヴェール王女殿下」と物々しい表記になっており、ひっくり返して裏を見ると、差出人は単に「M」というイニシャルだけであった。しかもご丁寧に本物の蝋で封緘まで押してあるのだ。

 スキャンしても爆発物や毒物の反応がないため、メグはそれを開けてみた。中には便せんが二枚はいっており、二枚目は白紙、内側にくるまれた一枚目の便せんに流麗な綴りでこう書かれてあった。


「棗凜太朗=トリスタンは人間ではない。人間の皮を被った殺戮兵器である。彼は望むものを望むままに殺すことができる恐ろしい存在である。気を付けられたし。」


 メグはすぐにでも破り捨てようかと思ったが、ふと考え、その手を止めた。

(どうやって私の部屋にこれを届けたのだろう?)

そう、彼女がいるのは「聖槍騎士団」本部の敷地内にある団長公邸の一室なのだ。それはこの惑星内でセキュリティが最もしっかりと施されているところなのだ。


 そこに凜からのプライベート・ラインが入る。

「メグ、そろそろ時間だよ。」


[星暦1554年8月9日。主都グラストンベリー]


グラストンベリーは惑星スフィア最大の都市で、スフィア王国の経済の中心である。世界を股にかける大企業ギルドの本社が軒を並べる。この都市が経済的に発展したのはほぼ同じ経度にフェニキア人の都市エウロパ、そしてアマレクの首都メンフィスがあるからだ。


「ついに、始まるのだな。⋯⋯『選挙大戦コンクラーベ』が。」

上空から降るフォルネウスの窓から見える大都会メガロポリスの威容にメグが胸のロザリオを握った。

 由緒正しい「正統十二騎士団アポストル」の一角を占める聖槍騎士団はこの本戦一次リーグへの予選は免除されているのだ。


一次リーグで聖槍騎士団はディビジョンDに振り分けられていた。その同じディビジョンにはやはり「正統十二騎士団アポストル」の一つである「衛門府」、そして「太宰府」の補佐騎士団である「ヘラクレス騎士団」、そして「鎮守府」の補佐騎士団である「天狼の牙フェンリルズファング騎士団」であった。


「おーい、対戦相手の資料がまとまったぞ。」

 リックが艦橋に入ってくる。彼は組み合わせが決まってから、ゼルと共に偵察スカウティングに精を出して来たのだ。


「もちろん衛門府も強いけど、ほかの二つも鎮守府と太宰府の系列だから、無茶苦茶実戦積んでるからなあ。気をぬくとヤバイかも。予選の戦いっぷりとかすごいのなんのって。俺なんか最初から師匠ゼル憑きじゃないとダメかもしれないな。」

リックの良いところは意外に自分の実力に関して客観視できるところにある。ただ、いまでも自分の将来性に関しては極めて楽観的な「中二」魂は健在である。

「でも最後に勝つのはこの俺なのさ。」

「で、その最後とやらはいつ来るのだ?」

ゼルにすかさずつっこまれる。


[星暦1554年8月10日。主都グラストンベリー]


今回の祭りは奉納試合には参加せず、選挙大戦コンクラーベの開会式に出席するためだけである。もう本番前に対戦相手に実力を晒すのは情報戦的にまずいからだ。しかし、いくら実戦がないとわかっていても、気分は昂りを覚える。

「凜、ちょっとここ、曲がってるよ。直すね。」

かいがいしくアンがみんなの正装をチェックしてまわる。闘技には出場しないがアンも入場行進には参加するのだ。出場登録者は選手が30名、スタッフが20名まで行進には参加できるのだ。


 グラストンベリーの闘技場コロッセオに出場する24騎士団の騎士たちが音楽に合わせて隊列を組んで入場行進する。聖槍騎士団の旗手はメグが務めた。彼女が旗を掲げると地元の伝令使杖カドゥケウス騎士団やヴァルキュリア女子修道騎士会と同等の大歓声が上った。


執政官マッツォ・フィーバー・メンデルスゾーンが高らかに「開戦」を宣言すると、国家が歌われ、アヴァロンに近い、シナイ山で採られた聖火が点灯される。

そのあとは華やかなセレモニーが行われ、花火が次々と打ち上げられる。惑星スフィア最大の祭典、選挙大戦コンクラーベが始まったのだ。


 その規模は地球で言うところのオリンピックとサッカーのワールドカップを足したほどの意味合いを持つ。しかもこれは「選挙」なので、すべての国民は、すべての試合のすべての取り組みを無償で見ることが可能だ。

無論、彼らの掲げる「政策」に誰でも自由に意見を述べることもできる。そう、どんな意見でもだ。何しろ「殺してやる」と脅しても「よろしい。ではかかってきなさい。ただし、堂々と。」と返されるのがオチだからだ。


そして、2チームを残して他の騎士たちは退場する。開幕戦が始まるのだ。開幕戦はグラストンベリーに本部を置く2つの「正統十二騎士団アポストル」が交互に担っている。先回はヴァルキュリアだったので、今回は伝令使杖カドゥケウス騎士団が務めるのだ。


「次の週末には、ぼくらも最初のホーム戦だね。」

アヴァロンの闘技場コロッセオは聖堂騎士団と聖槍騎士団がホームにしている。

「うわあ、腕が鳴るぜ。」

リックもいつも以上に興奮していた。

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