第164話:謎めきすぎる、貴公子。②


「リーナ、社交界デビューはどうだった?」

パーティのあと茫洋としているリーナに凜は尋ねた。

「なんか⋯⋯、凄かった。」

まるで、夢のようだったと言ったので凜は笑いそうになった。

「でも、パパのパーティにも出ていたでしょう?」

リーナは頭を横にぶんぶんと振った。

「優雅さがまったく違うもん。今日のパーティーは⋯⋯王子様やお姫様がいっぱいいたけど、パパのパーティは太ったおじさんおばさんばっかりだもん。すごい、『幻月』の世界みたいだったんだもん。」


「今日踊った人も?」

凜はルイについて尋ねる。リーナから聞いた名に、うっすらとした記憶があった凜は検索する。

「『デオンの騎士』……か。」

剣技では西洋史では五指にはいる「剣豪」であろう。しかも「中性的」な美貌の持ち主であったはずだ。つまり、ハワードが「召喚」した「英雄」たちの一人だと言うのか。


「ハワード卿は選挙大戦コンクラーベに英雄たちを投入するつもりなのだろうか?」

ゼルはその問いには答えなかった。ゼルの関心はそこにはなかった。

(それにしても凜⋯⋯あの少女はなぜリーナに固執するのでしょうか? 惑星を超えてまで追って来るとは常軌を逸したなにかを感じます。過去⋯⋯それもリーナの失われた過去に何か関係があるのではないでしょうか? 生き別れた実の姉妹とか⋯⋯?)


凜は思いつく。remember⋯⋯。地球時代、「remember Pearl Harbor」という言葉があった。「真珠湾(Pearl Harbor)を『忘れるな』」、とも訳せるし、「真珠湾を『思い出せ』」とも訳せる。rememberという言葉にはその両方の意味が含まれているのだ。もし彼の真意が『思い出して』というメッセージなのだとしたら。


「ロンに連絡しよう。リーナの過去に何があったのか、もう一度洗い直してもらおう。」


[星暦1554年6月5日]

[新地球暦1843年4月20日]


「ケビン、首都カーライルまで飛んでくれ。」

「んあ?」

ケビン・スイフトは突然、連邦捜査機関(FAI)の本部から出頭命令を受けたのだ。

「おいおいケビン、なにかやらかしたのか?帰ってきたらデスクがなくなっているかもな。」

上司や同僚にからかわれたり、脅かされながら、サポート役の部下の女性刑事ジーン・マクファイアとともに本部へと向かった。


「あそこはメシがまずくてねえ。」

ぼやくケビンに、

「そうなんですか?ヘビースモーカーに食べ物の味が分かる人がいたなんて初めて知りました。」

そうジーンにばっさりときられてしまったのである。


[新地球暦1843年4月22日]


 しかも、彼が案内されたのは大統領公邸ホワイトパレスだったのである。応接室に通され、手持無沙汰にたばこを手にすると、ここは禁煙です、とジーンに止められてしまった。

 彼の前に現れたのは副大統領であるロン、そしてFAI長官、そして情報局の局長であった。

「スイフト警部、遠路ご苦労だったね。」

ロンにねぎらわれたものの、ケビンは

「いや、去年、さる坊やのお守りでめでたく警視に昇格しましてね。おかげさまで。」

そう慇懃そうに答えた。


 ケビンに対する指示はリーナの孤児院の関係者を捜査することだった。

短剣党シカリオンの例の未成年テロリストが惑星スフィアに潜伏しているそうなんだ。また、リーナに接触したらしくてね。あちらさんの要請で、リーナの孤児院関係を洗ってほしいそうだよ。」


ケビンは眉を顰めると

「お断りします。あの坊やとかかわると、ろくなことがないですからね。……とは言わせてはもらえんのでしょうな。了解しました。」

しっかりと文句を言ってから、席をたった。


 確かに、短剣党シカリオンの連中はリーナの脳内にある「銀河系航路図」を欲しがっていた。しかし、リーナがこの惑星にいないのだから、「航路図」が欲しければフェニキアの船を襲った方が早い。

 にも拘わらず、あの「美少女テロリスト」はリーナに固執している。リーナの知られざる過去、つまり孤児院の関係者である可能性が高いのでは、という類推はできる。


 ケビンはジーンを伴ってリーナがいた孤児院を訪れる。その孤児院の名は、かつての最大の援助者であり、テロによって命を失ったバネット元法務長官の名に変えられていた。「フランクリン・バネット記念孤児院」となっていたのである。

 ケビンは当時の職員や、リーナと同じ年頃の孤児院にいた子どもたちの消息をたどり、話を聞いたが当時のリーナは親分肌で、院の誰からも好かれており、誰とでも仲が良かった、と誰もが証言したのである。

 怪しいのは、院を脱走して行方不明になっていたルイ・リンカーンという子供がいたが、男の子であった。

「女の子じゃないのか。」

ケビンがため息と一緒に紫煙をはく。

「どうして、スフィアは『ザ・タワー』にこだわるんでしょうか?」

ふとジーンが尋ねた。

「お前、あほか?あのなあ、奴さん、スフィアじゃ潜伏もせずに堂々と行動しているそうじゃねえか。そんなの許せるのか? それに、こっちがやつの身柄を要求するのにしても、DNA程度の証拠がないと、逮捕すらままならないだろうが。しかも、狙いはこの国の副大統領の娘だぞ。双方の政府のメンツがかかってんのよ。」


 とりあえず、当時、孤児院にいた子どもたちの写真を手に入れた。そして彼女の動画はリーナを誘拐した時の映像、そしてスフィアから送られてて来た現在の様子の動画が残っている。

「いやあ、順調に育ってるねえ。しかし、やつはなぜ男装なんかしているんだ?」

「そうですね、テロリストにしておくにはもったいない美貌ですよね。……ていうかこの人、男なんですか?それとも女、どっちなんですかね?……だったら、そのルイ君のことも男の子だ、と可能性を排除せずに調べてみたらどうでしょう?」

 ジーンの言うことももっともであった。ケビンはルイの行方不明の届けが出された所管の警察署を尋ね、遺留品の写真を入手した。彼が孤児院を脱走した時に残した置手紙には「リーナを助けてくる。」と汚い字で殴り書きしてあったのだ。

 「こいつは臭うな。ジーン、この子が行方不明になったあたりの時期の事故や事件を調べてくれ。」


 すると浮かび上がったのが「捕鯨組合パーティー爆破テロ事件」であった。爆弾がしかけられていたぬいぐるみを持った少女は死んだとされていたが、防犯カメラに残っていた、ぬいぐるみを持ち込んだ少女と、死んだ少女の服装が異なることが問題視されていたのだ。ただ、「短剣党シカリオン」が即座に犯行声明を出したため、それほどつっこんだ捜査をせずに打ち切られていたのだ。

 「鑑識にまわしてくれ。」

ケビンはルイ、爆弾を持ち込んだとされる少女、「ザ・タワー」、そして「デオン・ド・ボーモン」の映像と写真を鑑定してもらった。すると驚くべき結果が出た。この四者が同一人物である可能性が高い、と出たのである。とりわけ家出したルイと爆弾を持ち込んだとされる少女は100%同一人物である、と特定された。そして、爆弾の少女とリーナを誘拐した「塔」が同一人物である可能性は85%、そして「塔」と「デオン・ド・ボーモン」が同一人物である可能性は70%であった。


「ビンゴ!「まさかの女装だったとはねえ。ジーン、お前さんより別嬪なんじゃねーの?」

ジーンも驚きを隠せなかった。ただ、先ほどのケビンの発言がセクハラに当たることも指摘は忘れない。


テロリストが孤児を誘拐して工作員として育てあげる、という構図は昔も今もかわらないのだ。

「これで宿題は終了したぜ。」

意気揚々と報告書を提出したケビンを待っていたのは次の任務であった。


[新地球暦1843年5月30日]


「え?俺がですか……?」


提出を終え、憮然とするケビンにジーンが理由を尋ねると

「長期出張が決まった。今度は『月』へ行ってこい、だとさ。たまんねえよ。こちとら海外旅行も行ったことねえのに、すっとばしていきなり宇宙旅行だよ。」

ジーンは驚いたが、所詮は他人事であるため、

「良かったじゃないですか。いい体験ができそうで良かったですね。」

と半ば棒読みの社交辞令でケビンをからかう。ケビンはにやりとした。

「そうか?……なら問題ないな。これがお前の分の命令書だから。」

そう言ってジーンの手に辞令を載せた。彼女も同様にスフィアへの渡航が求められていたのだ。

「え?……。」

絶句する彼女の肩をケビンは軽く二度たたいた。

「『旅は道連れ、世は情け』ってやつさ。」


[星暦1554年5月8日]


「ルイ、初恋の相手はどうだった?」

ティファレト」にパーティの感想を聞かれ、

「知るかよ。」

ルイはぶっきらぼうにこたえるだけだった。自分がかつて憧れていた快活で男勝りだった少女は、すっかりお淑やかな女性に「生まれかわって」いたのだ。しかし、その変化はルイにとっては「生まれ代わった」という言うよりは「本当の」リーナが「死んで」しまった、というべきであった。


「女は変わるんだよ。⋯⋯『男』によってな。」

ティファレト」はルイをからかう。そうだ、リーナの「オリジナル」は死んだのではない。まだ彼女のどこで眠っているはずだ。そもためにはなんとしてでもリーナを取り返さなければならない。あの棗凜太朗=トリスタンを倒して。


今でもその決意は変わってはいない。孤児院を飛び出したあの日から。

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