第143話:学園すぎる、怪談話。②

「⋯⋯でも、『七不思議』ならありますよ。」

ゼルが意味ありげな笑みを浮かべた。

「ホントに?」

リーナが前のめりになる。


「ゼル。」

凜はたしなめるがゼルは構わず続けた。

「ええ。ここだけの話ですからね。いいですか?まず第1に『動く人体模型』です。」

ありきたりな話に思わずメグが突っ込みをいれる。

「いや、ゼル、ここは医療騎士団だ。人体模型は普通に動くぞ。しかもリアル過ぎて『お子さま』には見せられないほどの精巧さだ。」

手術などの研修のために、それはそれはリアルな人体模型がたくさんあるのだ。

「いいえ、普通と違うのは、13時13分にそれとばったり出くわすと、その人体模型は会った人間と存在を入れ替わろうとするのです。」


「嫌、それ怖い。それで、それで?……つぎは?」

リーナはますます食いつく。

(そうだ、この子は13歳になったばっかりだっけ⋯⋯)


「第2は『旧官舎の開かずの扉』です。そこは厳重に封鎖されていますが、実は異界への扉になっていて、開けたら最後、二度とこの世界には戻ってこれなくなるのです。」

ゼルの作り声にリーナはますます怖がってみせる。

(ああ、あそこはバリさん用の召喚ゲートだからな。半分は当たっているか。)

マーリンと凜の脳裏には噂の元ネタが浮かんだ。『七十二柱』の医療担当アプリ、ヴァレフォールは業務上、聖槍騎士団を訪れることが多いのだ。凜はつっこみをあきらめた。


しかし、ここでトムの有人格アプリ、リコリスが茶々を入れる。

「第3は『ひとりでになる音楽室のピアノ』です。夜中、人もいないのに勝手に演奏を始め、恐ろしい呻きのような歌声が聞こえるそうです。」

(そうだろうな、ゼルが自主トレと称して夜な夜な歌の練習をしているんだもんな。音痴だけは治らんな。)

「違います。この世のものとも思えぬほどの美しい歌声なのです。それを聞くとみな気が遠くなるほど感動するのです。」

ゼルがむきになって訂正する。

(「気が遠くなる」ところは間違ってはいないな。……気絶だけどね。)


ゼルが続ける。

「第4は『動く大公像』です。この騎士団の創設者、救国卿ロード・セイバー不知火尊の像が建てられていますが、それが動き出すのです。落としたメスを探しているようで、誤ってメスを渡してしまうと大変なことに⋯⋯。『お前が患者かああああ』。」

「ひゃあああああああああああ。」

ゼルがリーナを驚かすと、リーナも素晴らしいリアクションをする。

(尊君もいい迷惑だな。だいたい彼の治療法はナノマシンを使うから基本的にメスは使わないんだが……)

凜は「ダシ」にされている尊に同情した。


「パーシヴァル卿はそんなまぬけな方ではない。ちゃんと医療器具の管理は徹底している。」

メグが憮然として抗議する。ただ、少々つっこむ方向が変わっているが。


「第5は『彷徨える患者』です。解放戦争で重症を負い、ここで命果ててしまった兵士が、失った右足を探して彷徨っているのです。そして、突然、近づいた者の足首を掴み、『俺の足はどこだあああああ?』と言うのです。」

「いやあああ。」

リーナが怖がるもメグがすかさず突っ込む。

「それで、……右足が無いのにどうやって彷徨うのだ?」

ゼルも自分の言葉の矛盾に気が付くも言い張る。

「や……大和国の幽霊には伝統的に足が無いんです。『足なんて飾りです。偉い人にはそれがわからんのですよ』という名言もあります。」

(それは幽霊ではなく「モ〇ルスーツ」の話だ。)


「第6は『鏡に映り込んだ少年』です。13時13分に医療実習棟のオペ室の姿見に幼くして死んだ少年が映り込むのです。目が会うとその少年はニヤリと笑い、鏡の中に引きずりこまれてしまうのです。」

(多分、それブーネの仕業だな⋯⋯。ま、実際に鏡に引きずり込みはしないけどね。)


ロゼが気が付いたように言う。

「なんや、『13時13分』は大人気やな。飯食った後、昼寝して寝ぼけとったんとちゃうんかいな?」


凜もあくびをしながら答える。

「まあ地球教で『13』は『忌み数』だからね。」

リーナの目はらんらんと輝く。

「ねえ、それで、最後の不思議は⋯⋯?」

ゼルはふふふ、と不気味な笑い声を出しながら言う。

「それを知ったものは呪われてしまうのです。おそらく、女子寮あたりが怪しいのではないかと?」

女子寮住まいのリーナがぞっとしたような表情を浮かべる。

「いやだ、ゼル。脅さないで。」


「本当なのか?凜。」

女子寮向かいの団長官舎に寄宿するメグも少し嫌そうだ。

「まあ、どこにでも転がっている話ではあるね。僕が地球オールド・オーダーにいた頃も、そんな話があったなあ。……階段が夜中に十三段に増えているとかね。大昔、絞首刑に使う台には13段の階段がつけられていた、というところからの発想らしい。」


「ふふふ……凜、正解を言ってはいけません。リーナ、聞いてしまいましたね、夜中に、女子寮で階段を昇る時に数を数えてはいけませんよ。その時、何かがおこるかもしれませんよ。け、け、け……。」

「ええっ?ええっ?いやだ。」

恐慌するリーナを見て、さすがにアンも苦言を呈した。

「ゼル、リーナを怖がらせちゃだめでしょ。」


「おいおい、侍従ペイジ義塾しょうがっこうじゃあるまいし⋯⋯、本気にするなよ、リーナ。」

リックが苦笑する。


[星歴1543年9月18日。夜半。聖都アヴァロン。聖槍騎士団本部。アーニャ・エンデヴェール記念会館(女子寮)。]


「やだ、おトイレに行きたくなっちゃった。どうしよう?」

雨季の始まりを告げる嵐は寮の窓ガラスをたたき、時折、稲妻と雷鳴が轟く様は恐ろしいものだった。

リーナはクリスにトイレまでついて来てほしかったのだが、生憎と彼は充電中であったのである。ティンカーベルも呼び出しに応じない。

「もう、肝心な時に役に立たないんだから。」

リーナは廊下をおそるおそる進む。消灯時間はとっくにすぎているので灯と言えば廊下の両脇にあるフットライトだけである。その仄暗さがかえって不気味な雰囲気を醸し出していた。途中、エントランスホールに続く階段の前を通るのだが、そこは目をつむって走り抜ける。なんとかトイレにたどり着き、用を足してほっとした面持ちでリーナは部屋に戻ろうと急ぐ。


 しかし、階段の降り口に人影のような姿が見える。

(え……?何?)

思わず足を止める。その時稲光が光り、吹き抜けのガラスから明るく照らされる。そこに少女の人影がはっきりと映し出されたのである。

(ひっ……)

リーナはそのまま気絶してしまった。


[星歴1543年9月18日。夜半。聖都アヴァロン。]


「『培地』が逃げた?」

ティファレト」は報告した乗員クルーをにらみつけた。報告者の顔はたちまち蒼白になる。報告を続けるようにせかすとしどろもどろになりながら説明をつづけた。


 英雄を再現した「有人格アプリ」を抽出された人たちはルイのせいですっかり「陪地」という呼び名が定着してしまっていた。用済みとなった彼らを殺処分するわけにもいかないし、ずっと施設で眠らせ続けるわけにもいかない。それで、聖都アヴァロンのスフィア大聖堂に運び込み、そこで義眼ラティーナを再換装し、その後、目覚めてもらうことにしたのだ。義眼にはその有人格アプリのバックアップが入っており、それを確保しておかなければならないからだ。


 しかし、カプセルごと搬入したはずなのに、なぜか「培地」が一体だけ目を覚まし、大聖堂を抜け出してしまったのだ。

「まずいな。探させろ。」

ティファレト」はため息をついてから、命じた。

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