第144話:とんでもすぎる、新仕様。❶

[星歴1543年9月18日。聖都アヴァロン。カフェ・ド・シュバリエ。]


「トム⋯⋯ここにいましたか。」

 リコが偵察から戻って来たようだ。リコの姿は12歳前後の少女の姿にまで成長していた。ペパーミントグリーンの髪はショートカットに整えられており、すらっと細く伸びた手足と共に、少女らしさを際立たせていた。


「なんだか変な連中が街をうろついているみたいだな。リコ、みんなは無事だったか?」

トムの問いにリコは気まずそうに

「はい、無事でした。ただ……。安否確認のつもりだったのですが、リーナと偶然にも遭遇してしまい、驚かせてしまいました。私を幽霊と勘違いして気絶してしまったようです。申し訳ありません。でも、悪いのはゼルです。妙な話を吹き込むからです。」

 トムのリーナは無事なのか、という問いに、リーナに宿ったティンカーベルがすぐに起動して事なきを得たことを報告する。


リコが出した画像によると、その追手は、巡礼者の白いローブに真っ白な狐の面を被っているかのようであった。ナノマシンを顔に塗布して個人を特定出来ないようにする「ナノマシン擬態」である。

「報告します。外にいる不審者たちは全員がナノマシン擬態をしているため、個体識別はできませんでした。しかし、ナノマシン擬態の方式は一定であり同じ組織のものだと類推します。しかし、その術式はこれまで公開されているどの海賊組織のものとも一致しませんでした。」


「どういうこと?」

トムがヘンリーに解説を求める。

「どの組織かわからん、ということだ。新顔の海賊なのか、フェニキアやアマレクといった外国の連中か、⋯⋯あるいは、裏を返して正規の騎士団なのか、ということになる。⋯⋯やはり、ここはボンに来てもらった方がいいな。」


プライベートラインで呼び出された凜はマーリンと共にすぐにやって来た。

「夜中に、悪いな、ボン。」

恐縮するヘンリーだが、凜は気を悪くしたりはしない、という確信があるようだった。ヘンリーはアマンダの話とリコの報告を説明した。


「ゼル、解析を頼む。」

凜は最高位の検索者リンカーであるため、国家機密情報の最深部まで接続し、閲覧できるのである。

「該当はありません。やはり、キング・アーサー・システム以外のコンピュータを用いた術式のようです。……ただ、類似しているといえば⋯⋯。」

そこでゼルの言葉が止まる。

「……ば?」

一同は答えを急かした。ゼルは答える。

「いえ、『類似』と言っても術式は全く異なるのです。ただ、プログラマーの『くせ』みたいのが似ているだけなので、言ってしまっていいかどうか確証はありません。おそらく『告死天使アズライール』と名乗るテロリストの一団のものに近いと思われます。」


「アズライール?」

初めて聞く名に皆が聞き返す。

「ブレイク・ショット後に現れたテロ組織で、唯一神が手ずから整えたという地球への帰還を唱える『砂の宗教』の過激派組織です。それほど構成員もいませんが、最近とみに行動が活発になっています。」


凜が尋ねる。

短剣党シカリオンの一派とか?」

「いいえ、短剣党かれらは『地球教』の教義がベースになっていますので、仲が良くなることは無いと思われます。」

「でも、拝む神様は一緒なんだろ?」

トムが尋ねる。ゼルは困ったように眉を顰める。

「だからこそです。だからこそ、自分たちの方こそ正統である、異端者は排除せよ、とお互いに暴力的になるのですよ。」

「やれやれ、これだから宗教ってやつは。」

トムはかぶりをふった。


「それよりもアマンダさんの方を調べた方が早くないか? なぜ拉致されてしまったのかわかるはずだから。」

凜が言う。

「そうでしたね。やつらがアマンダさんを追う理由がわからないといけません。」

ゼルがアマンダの頭に手をかざした。

「これは⋯⋯。」

ゼルが絶句する。皆が心配そうな顔でゼルとアマンダの顔を交互に見やる。

「問題ありません。病気も完治しているようです。人身売買でもするつもりだったのでしょうか……?」

問題ない、というところで皆、思わずずっこけてしまいそうになった。


 とりあえず彼女にはここに一晩泊まってもらうことにして、明日、透さんを通じて「護法アストレア騎士団」へと通報することにした。賊に襲撃される可能性も否定出来ないため、皆で2階の道場で雑魚寝することになった。


しかし、夜半過ぎである。

「凜、外で戦闘が起きているようです。」

ゼルが報告してきた。

「ねえ、加勢した方がいいかな?」

凜の問いに答えたのはマーリンであった。

「凜、それは大きなお世話というものです。それよりもナベちゃんに調査を依頼すべきでしょう。なんだかいやな予感がするんですよ。」


[星歴1543年9月19日。聖都アヴァロン。]


その日も朝から雨である。

「おはよう。……どうしたの?みんな、こんな早くから、」

起きてきたリックは早朝から客が大勢いることに驚いた。

「というか、昨日の騒ぎに気がつかなかったのかよ?」

トムが呆れたように言った。


「いや、全然。」

思わぬ闖入者を尻目にリックはいつも通りにモーニングとランチの仕込みに入った。

「あの、私もお手伝いさせてください。」

すると、アマンダも手馴れた様子で手伝い始めた。

「実は、入院する前は、私もカフェで働いていたんです。」

それも、彼女がこの店に助けを求めた一因であったに違いない。


 朝、飛び込んで来たニュースは驚きであった。

「人身売買を図ったテロ組織を摘発」、というものだったのだ。

護法騎士団はテロ組織「告死天使アズライール」の一部隊と見られる組織を人身売買の容疑で摘発し、容疑者の大半を殺害したというものであった。

テロ組織は各地から集めた人間をアヴァロンの軌道エレベーターで宇宙港へと運び、そこで惑星外へと売ろうとしていたのだという。


「なるほど、それは来るべき『メテオ・インパクト』から命を救うための神の『思し召し』だとでもいうつもりか? これだから宗教というヤツは……。」

宗教に対して批判的な環境で育ったトムが吐き捨てるように言った。


凜はアマンダとヘンリーをともなって透の元を訪れ、経緯を報告する。透は、ヘンリーとアマンダをねぎらうと提案した。

「アマンダさん。幸い、秋の祭りが終われば、王都キャメロットで円卓が開かれる。その時についでに送ってあげるよ。それまでは凜の旅団で保護してもらうといい。」

 透は護法騎士団に通報しない方が良いと判断したのだ。こうして、しばらくの間、アマンダは「カフェ・ド・シュバリエ」で働くことになったのである。


「それで凜、ほんとのところはどうなんだ?あの女性に何かあるだろう?」

ヘンリーとアマンダが退出してから透は尋ねた。

「やはりお気づきしたか?」

ゼルが現れると説明を始めた。

 それは、おそらく彼女の脳が「有人格アプリ」を育てるための「畑」として使われた可能性があること、そして、すでにアプリが抜き取られているため、大脳皮質が改変されため、記憶が喪われている、ということだ。

 そして、彼女の義眼にそのバックアップが残された可能性が高く、おそらくそれを換装するために大聖堂を利用するつもりだったこと、また、それを取り返すために彼女を探している、と予想をたてたのである。


透は天井をあおいだ。

「なるほど、有人格アプリの育成か⋯⋯。本来は生体コンピュータでやるべき作業だ。確かにこの惑星じゃキングに全部抑えられているからな。人間を使うしかないわな。しかし、一体だれがその禁断の果実に手を出したのかなあ?、まあ王都キャメロットに彼女を帰す前に、こちらで義眼を換装した方が無難なようだな。」

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