第126話:頑丈すぎる、愛弟子。③

「は!」

気合いと共にロゼは一気に間合いを詰め、回し蹴りで彼の胸元に攻撃を加える。拳闘家のブーツは足首にバックルを巻いているような形状である。素足で戦っているように見えるが、実は保護されているのである。しかも、重力加速でその蹴りは非常に速く、重い。

(良い蹴りだ。)

 ショーンは普段の稽古と違い、ブーツの補正によって、力に男女差がないことを思い出した。

拳をかわし、蹴りを交わす。ショーンは徐々にギアを上げていく。ロゼもそれに呼応するかのように、動きのスピードとキレを増していった。技も、ショーンが教えていないものも繰り出してくる。

(こいとさん、よう研究しておいでやな。)

きっと、スフィアの奉納試合をよく見て研究しているのだろう。


  しかし、銀河系レベルの猛者たちを相手に実戦を積んできたショーンにはロゼの力はまだまだ及ばなかった。次第に彼女のボディにショーンの拳や蹴りが入るようになる。

(ここら辺が限界やろな。⋯⋯)

ロゼも徐々にダメージがたまり、動きに精彩を欠き始める。やがて、ロゼの動きが止まってしまう。肩で荒く息をしている。


「ロゼ。もう勝敗は決したようだ。これ以上は時間の無駄だ。」

ショーンの言葉にロゼは何やら呟いている。かなりダメージは深そうだ。

「息を深く吸って、精神は⋯⋯水のように。静かに、深く⋯⋯。」

幼い頃、ショーンが伝えた基本の言葉を口ずさんでいるのだ。


「ロゼ、君がもっと高みを目指したいのなら、ちゃんとした師匠に付くべきだ。そうでなければ、この先、君は私を超えるどころか追いつくことさえできないだろう。」

 そう言うと、ロゼとすれ違うように「女番小町コンパクト・プシーキャット」へと戻って行った。

ロゼはそこで崩れおちるように両膝をついた。「ミーンマシン」からジェシカが慌てて降りて来た。振り返って、ジェシカがロゼを抱き抱えて撤収するのを確認すると、ショーンは船への歩みを早めた。


「凜、ロゼが出しゃばってしまい、申し訳ありませんでした。」

ベンチシートにロゼを横たえるとジェシカは凜に謝った。


ショーンが凜を挑発した時、ロゼが凜に願い出たのだ。

「凜、ウチに行かせて欲しい。一生のお願いや。ウチ、兄やんにどうしても見せたいねん。兄やんがいなくなってからのウチの6年を。」

「ロゼ、『一生のお願い』はここぞの時まで取っておかないと。」

渋る凜にマーリンが言った。

「凜、行かせて差し上げたら。どのみち、このレースは参加することに意義があるレースに過ぎません。凜の手の内を温存するのも一つの手ですよ。」


 凜もそれを考えないことはなかった。ただ、『ファイナリスト』であるショーンに「ルーキー」で、しかもかつての彼の「弟子」であった「少女」をぶつけると言うことが、ショーンの自尊心を二重にも三重にも痛く傷つけるのではないか、と危惧もしていたのである。


 ノックアウトによるバトル敗退によりミーンマシンにはペナルティーがマイナス1周がつく。逆に1周をプラスした女番小町は一気に3位に踊りでた。

「グッジョブよ、ショーン。」

戻って来た勝者にペネロペがウインクする。

「師弟対決なんて素敵ね。お弟子さんの成長ぶりはいかがだったかしら?」

からかうペネロペにショーンはぶっきらぼうに答えた。

「もう、あの家を出て6年だ。とっくに師弟の縁は切れている。……それより、あとはキミの腕次第だ。」

そう言ってシートに腰を下ろした。

「そうね。」

ピットを出た女番小町コンパクト・プシーキャットは一気に加速した。


 ロゼの脳裏には子供の頃に見た光景が広がる。

「はあ、また負けてもうた。」

幼いロゼは荒い息を吐きながら言った。目に当てた手を退けるとそこにはショーンが自分を心配そうに見つめていた。

「こいとさん、無茶しすぎでっせ。」

たしなめるショーンにロゼはニヤリとする。

「今日は⋯⋯こんくらいにしといたるわ⋯⋯。」

ロゼの言葉にショーンが破顔する。

「こいとさん、そいつは悪役のセリフやで。しかも、だいぶシタッパの方ですやん。」

ロゼもくすりと笑った。

「せやな。」

ショーンが濡れたタオルをロゼの額に乗せる。冷んやりとした感覚が心地良かった。


「兄やん⋯⋯。」

ロゼが目を開けると心配そうに見つめるジェシカがいた。ロゼはここで自分が気を失っていたことに気づいた。そして、自分が負けてしまったことも。

「あかん、気失っとった。⋯⋯せや、ウチ、負けてもうたんやな。凜、サミー、堪忍な。」


「ええ、これで、お嬢様の実力の程がご理解いただければ幸いですわ。」

ジェシカの皮肉はロゼの心に刺さる。

「ウチ、強うなりたい。もっと、もっと強うなって、凜みたいに、一人でも生きていけるようになりたい。」

ロゼの目から涙がこぼれる。「ファミリー」という枠に縛られ続けるフェニキアの運命に抗い、もがく少女の本音だった。


凜は静かに言った。

「それは違うよ、ロゼ。僕だって一人では生きていけない。⋯⋯むしろ、一人で生きていける人は誰もいない。だからこそ、人は自分に与えられた『役割』を果たすことが大事なんだと思うよ。」

「役割⋯⋯。」

「もちろん、それは場面によって絶えず変わっていく。君は、ある時はジェノスタイン家のお嬢さん。また、ある時は学生さん。そして今、この瞬間は「ミーンマシン』のパイロットだ。」

ロゼは反発して言う。

「役割なんて、自分で決められんやんか。」

凜はロゼの頭を撫でる。

「そうだね、確かにそれは『与えられる』ものだね。でも、今、与えられた役割を懸命に果たせば、それは君の成長を意味する。そして、それを見てくれる人は必ずいる。次は、もっと君にふさわしい役割がまわってくる。そうやって一つ一つ階段を昇っていくんだ。そうすればいつか、きっと自分がなりたかった役割が振られると思うよ。」


ロゼは凜の言葉の意味をつかんだようだった。

「せやな。今日のウチは自分の役割を見失っていたわ。確実に勝たねばならない試合やもんな。……堪忍な、凜。今度はちゃんと凜の差配に従うよってに、降ろさんといてな。」

「頼んだよ。ロゼ、頼りにしてるから。」


 魁はペナルティーを挽回しようと懸命にレースを続けたが、全体の11位に終わった。そして、優勝を決めたのが女番小町コンパクト・プシーキャットであった。予選を一つ残して本戦への出場を決めた。


 レースを終えたロゼを意外な出来事が待ち受けていた。父ジョーダンが血相を変えて駆けつけてきたのだ。

「ロゼ!」

ジョーダンは嫌がるロゼを物ともせず、彼女を抱きしめ、そして泣いた。

「ロゼ、無事で良かった。お前になんかあったら、俺はエマに合わす顔がない。えろう心配したんやで、ロゼ。おまえがホンマ、無事で良かった。」


「旦那さん、えらいすんまへん。」

ロゼは目を白黒させながらそう答えるだけだった。ロゼはそのまま病院に送られ、検査入院することになったのだ。いや、医者でもないのに無事だと思ったらあかん、と父は聞かなかったのだ。


[星暦1551年10月13日。惑星スフィア。フェニキア植民都市エウロペⅠ]


「すごい病室だね。ホテルみたい。」

見舞いに訪れた凜たちはロゼの入院先の個室に驚いた。

「いやいやいや、大げさすぎやで。見てみいや。」

ロゼは傍に積み上げられた花と果物を指差す。

「なんか、どこぞの開店祝いみたいです。良かったですね、ロゼ。パパの愛情が全開で表現されていますね。」

ゼルが人ごとのように言う。


「愛情を金とモノでしか表わせんような男やからアカンねん。」

ロゼが舌打ちをするように言った。

「……で、診断の結果はどうだったの?」

凜が尋ねると、ロゼはため息をつく。

「まあ、万全オールグリーンでしたわ。無病息災、悪いところはどこも無し。完全無欠の美少女やって。お医者の先生が太鼓判を押していかはったわ。」

「そう、それはよかった。」


「普通、自分で美少女とかいえますかね。『異常なし』でよかったですね。つづき?『以上無し』です。いーーーーーしししししししし。」

ゼルがオヤジギャグでしめた。

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