第125話:頑丈すぎる、愛弟子。②

「なあ、凜はおとんと仲が悪いウチのことは嫌いなん?」

もう一度凜を見上げたロゼの目は涙で潤んでいた。

「そういうことを言いたいわけじゃないんだよ。そう言うロゼはお父さんのことがまだ『嫌い』なの?」

ロゼはまぶたに腕を当てる。

「⋯⋯せや。ここ数年、ロクに口をきいたこともあらへんしな。そういうことになるかいな。」

凜はじっと見ている。ロゼは目をそらした。

「⋯⋯ほんまはどうなんやろ。そう言っておとんのこと嫌っていれば、うちがお母ちゃんに棄てられたってことにならん、そう思いたいだけなんかもしれん。」

ロゼはそう言ってまつ毛にのった涙をぬぐった。


「心配いらないよ、ロゼ。、きっとお父さんもお母さんもロゼのこと、とても大切に思っているよ。」

凜の言葉に

「なんで、そんなこと言えんの?」

ロゼは反応した。それは他人に何がわかるのか、という怒りのニュアンスではなくすがりつきたいような気持がこもっていた。。凜は尋ねる。

「ロゼはお母さんからお父さんの悪口を聞いた事が一度でもあるかな? そして、お父さんとお母さんがロゼの目の前で喧嘩しているところを一度でも見た事がある?」

ロゼの身体が弛緩する。

「⋯⋯ない⋯⋯。確かに、それはなかったわ。。」


凜は微笑む。

「もしそうだとしたら、僕の予想は間違ってないと思うよ。きっとお父さんとお母さんの間には愛情が、そして敬意が今でもある。だから、二人の間の子どもであるロゼのことを大切に思わないことはないよ。

 お母さんがいなくなって寂しいのはロゼだけじゃなくて、お父さんも一緒なんじゃないかな。そして、まだ幼かったきみを置いて去らなければならなかったお母さんはもっとね。できれば、その気持ちをお互いにシェアできたらよかったのにね。……いや、今からでも、少しも遅くはないはずだよ。」


[星暦1551年10月12日。惑星スフィア。フェニキア植民都市エウロペⅠ]


第6戦。「ミーンマシン」も復帰2戦目であり、ドライバーを務めるサミジーナも自分の手の内におさめられるようになってきたのか、前半から快調に飛ばす。しかし、順位は8位程度に留まっていた。


「『レブ縛り』をしたい?」

凜はサミジーナに言われてすぐに意味がわからなかった。「レブ縛り」とはエンジンの回転数に制限をかけることである。

「サミー、またあなたが最近はまっているマンガからの『盗用』ですか?」

マーリンも呆れたように言う。

「そうなのです。マンガで読んだことをやりたがるのは中二の子どもがすることです。マンガはマンガですよ。現実リアルではないのです。」

ゼルも苦言を呈する。


「そう言うゼルだって、大昔のアイドルの衣装コスで悦に入ってるじゃないか。それこそ小学生までだよ。」

サミーも応戦の構えだ。

「とりあえず、説明を聞いてみようよ。」

凜が説明を促す。


「今回のエンジンは確実に出場チームでもトップレベルだと思う。とりわけ、ヘアピンとか、低速で回ってからの立ち上がりが思いっきりいいんだ。恐らく、直線が異常に早いピーター・パーフェクトの船、『絶対王者ターボ・タリフィク』と比肩するだろう。ただ、それを今あえて他のチームに教えてやる必要はない。だから、性能を目一杯使わずに80パーセントの力でレースをするってわけだ。」


「なるほど。」

マーリンは合点がいったようだ。

「確かに、もう出場権はすでに手に入れています。今、無理をする必要は確かにありませんね。」


最初のピットインをすると、そこに現れたのはショーン・ビジョーソルトであった。

「兄やん?」

ロゼが思わず声を上げた。ショーンは「ミーンマシン」の前に立ちはだかる。


「トリスタン、出て来い! ファイナリストの俺様が相手をしてやる。」

ショーンが挑発する。彼としては凜は本番前に直接対峙しておきたい相手でもある。その他の面子はだいたい、出方も持っている技も把握しているからだ。

それでも、思わぬ敗北を喫したかつてのホームコースにショーンは緊張を隠せずにいた。

(油断こそ、大敵。)

彼は気持ちの『帯』を締め直す。


 しかし、彼の元に現れたのは少女であった。

「『ミーンマシン』、パイロット、ロゼマリア・ジェノスタイン、参る!」

ロゼは名乗りをあげると、ショーンに一礼をした。その所作はロゼが幼い頃に彼が教え込んだ通りであった。

(こいとさん、大きゅうなられましたなあ。)

美しく、凛々しく成長したかつての幼子に、彼は頬が弛まぬよう、彼も胸の前で掌と拳を合わせ、一礼する。


「お前のような小娘が出てくるとは、ファイナリストの俺も、随分と舐められたものだなあ。」

礼儀正しい挨拶の後、不似合いなセリフを言って、ショーンは両の拳を正眼に構える。正直、舌打ちでもしたい心境であった。それは凜に見くびられた、という自尊心が傷つけられたところにあった。

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