第124話:頑丈すぎる、愛弟子。①

[星暦1551年10月5日。惑星スフィア。フェニキア植民都市エウロペⅠ]


 第6戦である。予選もあと2戦を残すだけとなった。

「ショーン、もう一回入賞すれば、本戦ファイナルの出場は確定ね。」

「ああ。」

ペネロペの言葉にショーンは頷く。

「しかし、なんとか予選で優勝して堂々と臨みたい、と言いたいところではあるがな。」


 ショーンは華麗なる復活を果たした「ミーンマシン」の映像に見入っていた。

「そんなに古巣が気になるのかしら? いやよ。彼らが相手でも手を抜いたりなんかしたら。」

ペネロペがからかうとショーンはムッとしたように答えた。

「古巣と言っても、当時いた人間は一人もいない、全く別のチームだ。見知った顔も妹ぐらいだしな。」

「でも、気になるんでしょう? 『こいとさん』が。」

ショーンは腕を組んで背もたれに寄りかかる。

「まあ、娘……、いや妹みたいなものだからな。でも、問題なのはそこじゃない。こいつだ。一体、何者なんだ。このトリスタンという男は。」

ペネロペはショーンを見上げた。

「残念ながら、謎ね。だって、このレースの世界じゃまだただのルーキーだもの。でも、この惑星スフィアじゃ今、注目の的よ。まだ、騎士としての位階は低いけど、とても派手な試合をするのよ。次の選挙大戦コンクラーベまでには、正統十二騎士団アポストルでも最弱と言われていた、あの聖槍ロンゴミアント騎士団を立て直すんじゃないか、と言われているわ。奉納試合の動画もたくさんあるけど、あなた、あまり、そっちの資料は見ていないのね?」

ペネロペの問いにショーンは笑った。

「そりゃそうだ。ヤツは今、成長期だからな。伸び盛りの坊やの過去の試合なんざ見たところで、その弱点が、弱点としてそのまま残っているわけではないからな。『男子三日会わずんば刮目せよ』ってやつさ。」


 ショーンは一番危険なのは「慢心」である、ということを経験から痛いほど学んでいた。それを繰り返すことはできない。

「ヤツは一戦ごとに進化している。俺は、それを上回らなければならない。」

それだけではない。本戦ファイナルには銀河系チャンピオン、ピーター・パーフェクトが再び現れる。彼が彗星のごとく現れてから、ショーンは彼に一度として勝ったことはないのである。過去のチャンピオン経験者としてはそれを上回ってこその勝利、である。


 本戦ファイナルは早いだけでは勝てるわけではない。スピードレースだけでなく、パイロットによるバトルロワイヤル、そしてマシン同士によるファイトがある。すべてに勝ってこそのチャンピオンなのである。コースパターンは恐らく「鈴鹿」だろう。名コースと呼ばれるコースの中で「シルバーストーン」と「モンテカルロ」、そして「ニュルブルクリンク」はすでに出てしまった。そして、その「鈴鹿」こそがミーンマシンの機体が最も得意とするコースパターンであった。


「ペニー(ペネロペ)、お前こそ足元を掬われるなよ。『自信』と『自惚れ』は似て非なるものだからな。」

そう言うと、修練場へ向かった。

「また修練? あんたってつまらない男ね。いったい何を目指しているのかしら?」

ペネロペの皮肉に

「そうだな、ピーター・『絶対王者パーフェクト』に勝って、ショーン・『無敵王者コンプリート』とでも呼ばれるさ。」

笑いながらそう言った。ダサいわね、とさすがにペネロペも鼻白んだが、それは言わないことにしておいた。

[星暦1551年10月6日。惑星スフィア。フェニキア植民都市エウロペⅠ]


「ロゼ。レース、見てるよ。今日、前夜祭だよね?」

「今度、レース応援にいくね。」

「おおきに。」

 ロゼは級友たちの声援エールを背に前夜祭に出席するために学校を早退した。ロゼが活躍しているとは言い難いが、生徒が選手として出場すること自体、学校にとっても栄誉なことであった。実際、女子校ならではのロゼのファンクラブもできていた。


ロゼの通う学園では、取材のためにパパラッチまがいのマスコミが来ていたり、ストーカーまがいの熱心なファンが見に来たりしていた。それで、最近は迂闊に学園構外に出ることさえ難しくなっていたのである。迎えの車に乗ると、そこには凜が一人で待っていた。

「え? 凜が迎えに来てくれはったん? 嬉しいわ。」

ロゼがはしゃぐ。

「正確に言うと、僕の方がロゼのついでに迎えに来てもらった、というところかな。」

凜が笑って訂正する。パーテーションガラスで仕切られた運転席の助手席にジェシカの後ろ姿が見える。


「なんや、ウチに逃げられると困るから、凜をエサにしただけやんか。まあ、ええわ。釣られたるさかい、優しくしてや。」

ロゼは凜の隣に腰掛けるやいなや、すぐに横たわり、凜のひざに頭を載せた。くんくんと匂いを嗅ぐ。

「ロゼ。」

凜が笑ってたしなめるもロゼはやめない。ネコミミがピクリと動く。

(なんて耳だ⋯⋯。も、モフモフしたい。)

凜は必死に我慢する。


「ウチ、なんで凜のこと好きなんやろ?」

ロゼが凜を見上げる。のどがゴロゴロとなる。

「さあ?⋯⋯ロゼ、撫でるよ。」

凜はネコミミの誘惑に抗えず、だめだと思いつつ 耳の付け根をわしゃわしゃと触ってしまう。

「んにゃあ。」

(うわあ。手触り最高。いかん、いかん。)


「ロゼの初恋はショーンさん、なんでしょう?」

「多分⋯⋯せやろな。」

凜はロゼの頭を撫でながら、言った。

「多分、僕への気持ちはその延長なんだと思うよ。」

「え?」

ロゼは意外そうな顔をして凜を見上げた。

「ロゼは、男性に……その、『父性』を求めているんじゃないかな?」

凜の答にロゼが激しく反応する。

「んなことあらへん。おとんなんていらんがな。」

そういって、凜の膝に顔をうずめる。凜はもう一度ロゼを撫でるとグルグルと喉を鳴らしてしまった。凜は続ける。

「父親が必要ない、なんて人はいないよ。幼少期に父親の愛情に恵まれなかったと感じている女性にとっては特にね。その場合、周りの年上の男性にそれを求めることは珍しくないからね。以前、ロゼはお父さんに棄てられた、って言っていたけど、今でもそう思っているの?」

ロゼは完全に脱力したようになっていた。ロゼは凜の膝をまくらにあおむけになる。

「せやなあ。ほんとのところ。今は、少しわからんようになってもうたわ。そして最近は、このままでもあかんやろな、とは思うとる。⋯⋯だってうち、凜の旅団に入りたいもん。」

(それは覚えていたか。)

凜は苦笑する。

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