第127話:デジャヴすぎる、襲撃者。❶

 [星歴1551年12月10日。惑星スフィア、フェニキア植民都市エウロペⅠ]


 本戦への1年間にわたる予選も残り1戦となった。予選に一度でも優勝さえすれば、本戦への切符が手に入るため、一発逆転を目指すチームは引きも切らない。

 これまで出場が決まっているのは「ミーンマシン」も含めて6チーム。最後の予選の勝者、そして獲得ポイントの上位チームが本戦に駒を進めることが出来るのだ。それは第7戦の終了時に確定する。


「凜、あなたに相談したいことがあるのだけど。少し、時間を取っていただけないかしら。」

 唐突にジェシカに言われ、凜は面食らったような顔をした。

「ええ。構いませんが。」


ジェシカに連れられて来たのは、落ち着いた感じのバーである。扉も厚い板でできていた。ゆっくりとそこを開けると、気難しそうなバーテンダーがこちらに目をやる。

 ジェシカはカウンターの端に座ると、隣の席に凜を招いた。薄暗い店内で燻らされた葉巻の紫煙がうっすらとたなびいている。ただ、高性能の空気清浄機のおかげでこちらまで届くことはなさそうだ。

「良く、こちらに来られるのですか?」

 凜が手慣れた感じでカクテルをオーダーするジェシカの横顔に聞いた。

「タバコ、吸ってもいいかしら?」

 ジェシカは問いには答えず、逆に凜に聞いた。

「ええ、どうぞ。」


「だいぶ、お久しぶりでしたね。猫夜叉様。」

 凜の代わりに答えたのはバーテンダーであった。

「『戦役』の頃は、よく仲間を連れて、来ていたわ。最近は、ご無沙汰だったわね。」

 そう言ってからジェシカは煙を吐き出した。その煙は空気清浄機に飲み込まれ、ミントの香りだけが、燻された匂いとともに凜の鼻に届く。

「相談、ってなんでしょう? 」


「本戦のことよ。予選と違って、ある程度、共同戦線を張る必要があるわ。」

「買収⋯⋯ってこと?」

「そうね。正確にいえばそういう交渉を含めて全てがレース、ということよ。」

「なるほど、今回のレースの勝利者にエウロペの主席を指名する権利が譲渡される、というのが条件ですからね。自ら勝ちに行く候補者のチームもあれば、勝利者に権利譲渡の条件を提示する者もあるということですね。」


凜は顔を上げる。ジェシカがカクテルを注文すると、凜の前にもグラスが出された。

「『シャーリー・テンプル』よ。エタノールフリーだから安心して。」


 ジェシカは、兄ショーンがかつて経験したことを語った。無論、凜もすでに知っていた話ではある。確かに反対する理由はないが、単純に頼る当てもない。

「実は、ここに呼んでいるの。会ってくださるかしら。」

 そう言って、彼女がデバイスを操作してしばらくすると、再びバーの扉が開く。白いパナマ帽を目深にかぶった男だった。


  彼が帽子取ると、そこには豚の顔がある。

「ミスター 、レッド・マックスでしたか。」

 彼は紅空団クリムゾン・へーベラーのドライバー、レッド・マックスことマクシミリアン・パゴットであった。彼が近年行われた「ブレイク・ショット戦役」でジェシカと共に戦ったことは凜も聞いていた。彼は葉巻をくわえながらジェシカの話に耳を傾けていた。


「まあ、話はいくつかもらってはいるよ。俺はしがないプライベーターだからねえ。少しでもいい稼ぎがあればそちらになびくのだが、今回は少々混沌としているようですな。……猫夜叉のお嬢さんの頼みであれば、力になりますよ。」

 レッド・マックスによると、今回のアポロニア・グランプリのように政治的な思惑が絡むと実力通りのレース展開が望めないのだと言う。今回、「とある」旦那が札束でレーサーたちの頬を張り飛ばしているそうだ。

 レースはスピードを競うだけではなく、強制参加のバトルステージが用意されているからだ。

「問題は、あのピーター・パーフェクトがどう出るか、ということなんだがね。彼が、こんなローカル戦に出てくること自体が謎なんだ。いったい誰の、そしてどんな思惑があるのやら。」

 ピーターが勝てば、間違いなくハルパートにその権利を売るだろう。ハワードとつながっている以上、「ドM」の後見人である「無窮エンドレス」がそう決定するのは目に見えている。「自在天コンバートアカー」のパット・ペンディングは「撤退派」であるシルヴェスタのお抱えである。「文武丸バズワゴン」のルーファス・ラフカットのガールフレンドはハルパートの娘だ。この3チームとは目的が相いれるということはありえない。


「旦那様もすでに(交渉に)動いておられますから。」

そういってジェシカがカクテルを口にする。

「お任せしてもいいですか?」

凜もそう答えてグラスに手をやった。

「よかったわ。あなたはお若いから、そういう大人の交渉ごとが嫌いだったらどうしよう、って心配してたから。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る