第122話:戦隊すぎる、復帰戦。❶
[星暦1551年9月17日。惑星スフィア。フェニキア植民都市エウロペ。宇宙港。予選第5戦。]
第5戦である。
ただ、「
レース当日、ロゼはジェシカと共に宇宙港にあるホテルで朝食を摂っていた。レース関係者の宿舎であるが、ピットクルーよりも一つ高級なホテルである。朝食はブッフェ形式で、取材陣の立ち入りも許可されていた。
「ジェシカ、あなたのレース参戦は意外でした。
記者にそう尋ねられたジェシカは、不思議そうな表情を浮かべた。
「ええ、単純に兄からの依頼ですわ。ただそれだけです。フェニキア人にとって、家族の絆は最も大切なものですから。」
ジェシカの横顔をロゼは見ていた。
「なあ、ショーン兄やんはジェシカになんて頼みはったん?」
記者の取材を済ませたジェシカにロゼは尋ねた。
「『こいとさんのこと、宜しゅうたのむわ。俺と姉さん(ロゼの母エマ)に代わって、見守ってやって欲しいんや。旦那さんから、そう頼まれたんや。』そう、言っておりましたわ。」
「『旦那さん』て、あん人のことかいな?」
ロゼは意外そうな顔をする。ジェシカがロゼの教育係になったのは、ずっとエマの意向だと思っていたからだ。
「エマ様は関係ありませんわ。だって、旦那様とはもう離縁された方ですから。たとえそれがエマ様がお望みになったことだとしても旦那様にはそれを拒否する権利がおありです。お分りでしょう。ロゼ『様』は旦那様が唯一愛しておられた方とのお子様なんです。決してあなたのことを疎かにはなさったりはされませんわ。」
「⋯⋯ウチにはわからん。」
ロゼはそれだけ言って立ち上がった。
ロゼがピットに入ると、すでに凜とヴァプラ、そしてサミジーナが「
「おはようさん。大福こうて来たで。みんなで食べてや。」
ロゼは明るく挨拶を交わす。
「こいとさん、毎度おおきに。実は今日は旦那様からみんなにと、差し入れがぎょうさん来てます。ほんまおおきに。」
「へえ。」
ロゼはピットの一角に積まれたおやつの山を目の前に、ひたすらお菓子を頬張るマーリンに近づいた。
「マーリン、おはようさん。」
ロゼが背中を張るとパン、という景気の良い音がする。マーリンは驚いて背中をピクリと震わせた。
「もう、ロゼ、驚かさないでくださいよ。おはようございます。今日も頑張りましょうね。」
「しっかしオトンも奮発しよったなあ。⋯⋯ものぐさせんと、顔ぐらい出したら良いのに。」
ロゼがそう言ってノビをする。
「ロゼ、きっとお父さんは『ものぐさ』ではなく、『遠慮』してここには顔を出さないのだと思いますよ。」
マーリンがふと言った。
「なんで? オーナー様なのに? 誰に遠慮すんのん?」
ロゼの言葉にマーリンはウインクしてから言った。
「ロゼ、あなたに、ですよ。だって、ここはあなたの居場所ですから。あなたに余計な気を使わせたくないんだと思いますよ。そして、ここはかつてあなたのお父さんとお母さんの『二人』の場所だったから。」
ロゼは、誰もいなくなったプライベートピットで一人ポツンと「
「そんな、もんやろか。」
第5戦がスタートした。コースパターンは『モンテカルロ』。もっとも難しいコースパターンの一つと言われる。しかし、人気も高いコースだ。しかし、新エンジンに載せ替えたばかりの機体の操縦にサミジーナは苦戦していた。
「コーナリングがキツイ。思ったように曲がらない。」
しかし、厳しい角度のコーナーが続くコースではそれが如実に影響する。レース前半は20台中の7位であった。
「どうだ、サミー。乗り味は?」
ピットインの時にサミジーナが違和感を訴えると、ヴァプラは機体の調整を施す。思いの外、パワーが出ていたようだ。
「サミー、足回りのセッティングってやつは、パワーとのバランスで変わっていく。エンジンが替わったんだ。お前の思い通りにコーナリングができないのは、当然なんだ。」
ピットに敵襲のサイレンが鳴り響く。
「行くよ、二人とも。」
凜が「
「オラなんだかワクワクしてきたぞ⋯⋯です。」
ゼルが期待に眼を輝かせる。
「オラなんだかザワザワして来たぞ⋯⋯ですけど。」
凜は嫌な予感に顔をしかめる。
撮影用ドローンが駆けつけると、彼らの自己紹介が始まった。
「ダムダム・レッド!」
彼は鞭を抜くと華麗なジャンプで飛び降りる。そしてポーズを取る。
「ポケッツ・ブルー!」
彼は弓をぬくとジャンプで飛び降りるとやはり、ポーズを決めた。
「ジッピー・イエロー!」
彼は拳闘用の重力グローブで、やはりポーズを決める。
「ソフトリー・ピンク!」
彼女はピンクの銃を構えた。
「ヤックヤック・グリーン!」
彼女は細身のサーベルを取り出す。その柄にはハートの形のグリップがつけられていた。
「5人揃って、ゴメンジャー!」
全員が飛び降りると5人でポーズを決めると、彼らの後ろで花火が5色の煙を噴射した。
「うわあ⋯⋯また濃いのが出て来たよ。」
ゲンナリする凜を横目にゼルの目が輝く。
「やりますね。私たちもやりましょう。」
「え!?」
ゼルは不意をついて凜の身体を乗っ取った。
(くそ、
「凜・イーグル!」
ゼルは凜の両腕をあげさせ、さらに片足もあげてワシのポーズを取らせた。
(やばい、『東A』から苦情がくるぞ。)
「ロゼ・シャーク!」
ロゼも乗っかってくる。ロゼは左足を軸にT字に身体を曲げると片腕をピンと伸ばし、サメのポーズを取る。もう一方の手は腰のところに添え、ヒレを表す芸の細かさだ。
「⋯⋯ジェシカ・パンサー!」
ジェシカも仕方なくそれにのり、両手を前に出してネコ科の猛獣の爪を表現した。もちろん、ネコ耳は自前である。
「三人揃って、サン・ワリカン!」
(なんだよゼル、ワリカンて⋯⋯。たまには奢ってやれよ⋯⋯。と言うか、まさかこの歳になって『戦隊モノ』ごっこをやる羽目になるとは。)
トホホな凜がもう一度、戦闘態勢に立て直す。すると、ダムダム・レッドがジェシカを指差した。
「貴様、ジェシカ・ビジョーソルトだな!? 積年の恨みを晴らしてくれる。」
(正義の味方らしくないセリフだな。)
凜が呆れてジェシカを見ると、彼女も首を傾げていた。
「申し訳ないが、どこかでお会いしましたか?」
ジェシカには記憶が無いようであった。
「なんだと? 貴様、ブレイク・ショットの『海賊狩り』のことを忘れたとは言わさんぞ!」
ポケッツ・ブルーに言われ、ようやく思い出したようだ。
「そうか、あの時、捕らえた海賊の中にあなた方がいた⋯⋯のだな。」
かなり曖昧なようだ。それもそのはずで、5回に渡る戦役で捕らえられた海賊の総数は万を超える。いちいち顔など覚えてはいないのだ。
逮捕された海賊たちの中には、収監された者もいるが、腕が立つ者たちの中にはこうしてパイロットになってレースで戦う者たちもいるのだ。これも一つの懲役刑の形態なのである。
「ここで会ったが100年目、覚悟しやがれ!」
「ジェシカさんとロゼは前衛で。僕は『
凜が指示を出す。
「行くぞ、ロゼ。」
「
あちらもブルーが弓のため、同じ陣形を取ることにしたのだ。
「レッド・ビュート!」
レッドが鞭を振り回し、ジェシカの槍を警戒する。鞭を槍に巻きつけようとするが、ジェシカもそれを許さない。
「ヤリビュート!」
鞭を槍に変換するが、ジェシカも天位持ちである。槍技ではジェシカが上である。
ロゼはイエローと拳を交える。これまではパイロットが単独のチームばかりで出番が無かったため、事実上のデビュー戦であった。
「阿蘇山パンチ」
イエローの拳は重い。イエローは身体も大きいため、重力コントロールのグローブでも、異質の重さが伝わってくる。
「くそ、何食うたらこないになんねん!?」
ロゼは渾身のキックを受け流され、肩で息をする。
「カレーライスじゃあ!」
イエローは嬉しそうに答えた。
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