第121話:苛烈すぎる、才女。③

彼女が一人の騎士として脚光を浴びたのがその翌年に起こった『ブレイク・ショット戦役』の時であった。

この物語が始まるきっかけになった天変地異である。恒星アポロンの重力影響圏内にある小惑星帯アステロイドベルトに彗星ヘンリエッタが突入、爆散したのだ。恒星系に対する影響は甚だしく、巻き起された磁気嵐や細かい破片が飛び散ったため、レーダーが効かない宇宙空間が増えたのだ。そして、そこを航行する宇宙貨物船を狙った海賊が横行しだす。


さらに銀河系内を荒しまわる悪名高い海賊団が噂を聞きつけ、次々に集結し始めたのだ。スフィア王国は治安対策のため、通商路防衛に携わる伝令使杖カドゥケウス騎士団、宇宙港の管理・防衛を預かる衛門府、空戦に強いヴァルキュリア女子修道騎士会、医療機関である聖槍ロンゴミアント騎士団、災害救助のプロである不死鳥フェニックス騎士団の正統十二騎士団アポストルの5騎士団の投入を決定した。そして、フェニキアとの共同作戦に打って出たのである。


ヴァルキュリア女子修道騎士会は派遣部隊の総隊長に副団長であるグレイス・トワイライト・レイノルズ天位を据えた。ジェシカも配下の戦闘部隊、月組の隊長として、またフェニキア人であることからフェニキア側との連絡将校として任務にあたった。


ジェシカは作戦宙域への出立前、グレイスに呼び止められた。

「ジェシカ、今回、私は総隊長として実戦に立つことは出来ぬ。今回、私はあなたに私の思いとともに戦ってもらいたい。」

ジェシカはグレイスの理想を思い起こしていた。ジェシカは敬礼する。

「はい。ではあなたも、私の思いとともに指揮をお執り願いたいものです。」

「ああ。」


その時、ジェシカと前線で一緒だったのがレッド・マックスことマクシミリアン・パゴット大尉であった。フェニキア宇宙軍の戦闘機とスフィアの天使は一対でチームを組んで海賊討伐にあたったのである。


初対面の時、ジェシカはマックスの顔を見て思わず声を上げてしまった。その顔は豚だったからである。

「おや、私の顔に何かついていますか? ああ、これですか? 実はナノマシン擬態なのですよ。」

絶句しているジェシカに、サングラスをとってウインクしてから、自分の顔をゆっくりと拭うとそこには端正な人間の男性の顔になっていた。

「今回は海賊退治ですからね。ホンモノの顔を覚えられて、あとで私や家族に復讐を企んだりする者がいるかもしれませんからね。こうやって擬態をしているのです。」

彼は手でもう一度顔をぬぐって豚の顔に戻した。

「ほら、もう先ほど見た私の顔など忘れてしまったでしょう? それくらい強烈なキャラクターの方が効果的なんですよ。そんなことより、あなたの耳こそ本物なんですかね? 可愛らしい『ネコミミ』のお嬢さん。」

ジェシカは少し拗ねたように答えた。

「私は生粋のカルタゴ人です。⋯⋯この耳は我らが民族の誇りですから。」


 マックスの専用機は真っ赤に塗られた戦闘機である。それが「レッド」という彼の二つ名の所以であった。その機体の特徴は可変式の翼が戦闘時に4枚に分かれ、記号のバツのような形で固定される。フェニキアの巨大軍事企業であるインコム=プレイテック社という会社が製作しており、俗に「X(バツ)-ウイング」と呼ばれていた。


マックスは愛機を撫でながらうそぶいた。

「なあに、赤く塗ってツノをつければどんな飛行機でも立派な専用機さ。ただし、性能が三倍になる保証はないがね。まあ安心してくれ。何と言ってもパイロットとしての俺の腕前は並みのヤツらの三倍は確かだからな。」

それから2週間かけて合同訓練を施し、作戦遂行能力を高める。


フェニキアの輸送船団が宇宙港ハコダテを出発し、ワームホールゲートへと向かう。それが作戦の口火であった。積荷は惑星スフィアで採掘された鉄鉱石、しかもゴメル人によるアストラル化実験の影響を受けたもので俗に「オリハルコン」といわれる金属である。スフィアでしか採掘できないもののため、高値がつけられていた。というのも宇宙戦艦の鎧装に需要が高いのである。海賊対策のため、輸送船は大船団を組んでワープインしようとしていたのだが、海賊たちもそれに乗じて荷を奪い取ろうとしていたのだ。


 これが、海賊退治のために5回ほど行われた作戦、後に言う「ブレイクショット戦役」である。


惑星とワープゲートの中間地点の小惑星の陰に潜んでいた海賊たちが一斉に船団に襲いかかる。しかし、船団に紛れていた軍が彼らに応戦した。機関部を破壊して貨物船がワープゲートに到着する前に足止めしたい海賊たちと、それを防ごうとする連合軍。輸送船に艤装した空母から戦闘機や天使兵器部隊が射出される。「X(バツ)-ウイング」の翼の上に能天使パワーが乗る、というのはかなりシュールな光景ではある。

「マックス、敵左翼に回り込んで!」

海賊船の後ろに回り込んでは攻撃し、天使を送り込む。海賊船からも戦闘兵器が飛び出し、格闘戦が繰り広げられる。

「ジェシカ、伏せろ!」

ジェシカが伏せるとマックスの機体からレーザーが放たれ、敵機を破壊する。

「サンキュー、マックス。」


「くそ、取り付きやがった。」

今度はマックスの機体に海賊が襲いかかる。ジェシカ機がその海賊機のさらに後ろから、その背中に槍を突き立てる。

「助かったぜ、ジェシカ。」

戦闘が始まり、18時間が経過したところで、大勢は決した。

「海賊どもに告ぐ。これ以上の抵抗は無駄である。直ちに武装を解除し、停船せよ。この勧告に直ちに応じるものは罪一等を減じ、極刑は免れることになることを約束する。」

物々しい宣告がジェシカから音声のみで発せられる。


数時間後、停戦に応じた海賊たちは逮捕され、武装を解除されると旗艦である空母コペンハーゲンの格納庫にずらりと並べられた。

「スフィア連合軍、空戦部隊総隊長、ジェシカ・ビジョーソルトである。」

戦々恐々とした捕虜たちの前に現れたのは頭に猫耳を乗せた美少女であった。緊張感漲る空気が一気に和む。


しかし、その中に降伏に応じたと見せかけた海賊の決死隊が紛れ混んでいたのだ。その男は音もなく跳躍すると背後からジェシカに斬りかかった。その剣は体内に隠されていたのだ。

危ない! 誰もがそう思ったが、声を発する間もないような見事な攻撃であった。


しかし、次の瞬間、ジェシカは後ろも見ずに抜刀してその斬撃を食い止めると、一閃して海賊の刀を肘から先ごと切り落とし、さらに胴を防具ごと薙ぎ払う。たまらず海賊は血飛沫をあげて冷たい床に突っ伏した。そして、最後はその背中から心臓を一突きして絶命に至らせたのである。


ジェシカは無表情に刀を振ってついた血を落とし、鞘に刀身を戻した。その美しくも冷ややかな所作に敵も味方も戦慄を覚えた。チンという音を鳴らして鯉口を閉じると、ジェシカは振り返りもせず、搬出せよ、と一言命じただけで、何一つ表情を変えず任務を続けた。


 その愛くるしい見た目と、非情なまでの強さのあまりのギャップに、彼女は「猫夜叉」の二つ名を奉られることになったのである。

この「ブレイクショット戦役」では、多数の海賊船が拿捕、破壊された。5度の戦役で銀河系を荒らし回る海賊の1割を殲滅した、とさえ言われ、銀河連盟からも褒章を授与された。


この功績により、ジェシカはヴァルキュリア女子修道騎士会では最速で「天位」に就いたのである。

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