第119話:苛烈すぎる、才女。①
[星暦1551年9月10日。惑星スフィア。フェニキア植民都市エウロペ]
第5戦は
予選前の前夜祭には多くのファンも詰め掛けていた。「
秘書課のジェシカは本来は裏方に回ることが多かったのだが、凜と共にパイロットを務める身でもあるため、表舞台に駆り出されていた。とは言え、いつもの秘書としての癖が抜けないのか、パーティ会場では飲み物の給仕を手伝っていた。
前夜祭もたけなわになるころ、突然、男たちが言い争う声が会場で聞こえる。
「また、貴様か?いい加減にしやがれ!」
「相変わらず威勢だけは良いようだな。拳で語るのはレースの時だけにしやがれ。」
「
「なんだと、この豚野郎!」
ハートマンは激情する。彼はレッド・マックスの胸ぐらに掴みかかった。
「すまんな。この顔は作り物だ。ただ、本当の顔は
レッド・マックスは顔が豚なのである。
「わあ、リアル『ポルコ・◻︎ッソ』やん。」
「ロゼお嬢様、『伏せ字』はきちんとしたものをお使いください。」
思わず声をあげたロゼをジェシカはたしなめる。
「やかましい。ケツの穴から鉄棒ぶっこんで丸焼きにしてやろうか、このイベリコ野郎め。」
ハートマンがレッドにつかみかかる。
「ちゃんと、鉄棒にはクランクをつけないとまんべんなく焼けないぞ、脳筋くん。それに、軍における階級は私の方が上だったのだがね。退役曹長。」
退役少佐であるレッドに階級のことをつっこまれると、さらにハートマンは激怒する。
「やかましい。お互い除隊してるんだし、軍だって違う。上官風ふかしんてんじゃねえよ。くそ脂身野郎が。ウオッカでフランベにしてやろうか。」
ハートマンの矢継ぎ早にだされる悪口にレッドもやや呆れ顔である。
「フランベするならブランデーにしておきな。ウオッカじゃアルコール度数が高すぎて焦げつくだけだし、香りづけにもイマイチだ。」
「まーた、始まったのかよ。」
「
「あのお二人、仲がお悪いのでしょうね?」
マーリンが尋ねる。
「まあな。二人とも軍人上がりでな、レッドは空軍の飛行機乗り、ハートマンは陸軍で前線勤務の後、陸軍士官学校で教官をやっていたのさ。」
「お二人の間に何か、あったんたのですか?」
クライドは両手を広げて首をすくめてみせた。
「なあに、同じ酒場の女に入れ揚げただけだろ? 面を付き合わす度にあれだ。正直、最近じゃあみんな慣れっこになっていてね。今やただの風物詩だよ。放っておけ。」
そこにつかつかと女性が近づいてきた。
「お二人とも、おやめください。パーティーの雰囲気が台無しです。ファイティングスピリットは明日のレースから、コース上で正々堂々とお願いいたします。」
見兼ねたジェシカが二人の仲裁に入ったのだ。
「女はすっこんでろ!」
ハートマンは凄んでジェシカを払いのけようとするが、その手首をジェシカに掴まれる。意外に強いジェシカの握力にハートマンはジェシカに改めて顔を向けた。
「なんだと?……お前……、ビジョーソルトか?」
名前を呟くとレッドを掴んだ手を離した。ジェシカも手を離す。
「そうか、確かお前は専科にではなく、
「はい、お久しぶりです。教官。」
ジェシカは敬礼する。レッドは、ハートマンがジェシカに攻撃の矛先を変えやしないかと思ってハラハラしていたが、彼が素直にそれを収めたので意外そうな顔をした。
「元⋯⋯だがな。」
ハートマンは呟く。
「なあに、お嬢さん。ちょっとしたいつものデモンストレーションですよ。しかしお嬢さん。まさかこんなところでお会いするとは、『ブレイク・ショット』戦役以来ですね。⋯⋯『猫夜叉』さん。私を覚えていますか?」
そう言ってレッドは乱れた襟元を直す。
「こちらこそ、お久しぶりです。マクシミリアン大尉。」
ジェシカはレッド・マックスにも敬礼した。
「お二方ともご健勝で何よりです。」
「ふん。ここはビジョーソルトに免じて許してやらあ。」
ハートマンはジェシカの顔を立ててその場を離れた。
「ジェシカさんはお二人ともお知り合いなのですか?」
戻ってきたジェシカに凜が尋ねる。
「ええ、ハートマン曹長は私の陸士時代の『恩師』にあたります。」
「へえ、ジェシカさん、陸軍士官学校におられたのですか?」
マーリンも尋ねた。
「ええ、ただ専科に上がる代わりにヴァルキュリアに入ったのです。」
「その、なぜ騎士団へ?」
凜が不思議そうに尋ねる。
「私は軍には肌が合わなかったのでね。」
ジェシカはそれ以上、自分のことを語りたくない様子であった。
[星暦1551年9月11日。惑星スフィア。フェニキア植民都市エウロペ。宇宙港。]
「ジェシカさんについては
予選を見ながら、昨日のことについて話していると、メグが言い出した。
「ただ、
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