第118話:歴然すぎる、復活。❷

[星暦1551年7月24日。惑星スフィア。エウロパ。宇宙港。]


 「 ミーンマシン」はスフィア軍の空母コペンハーゲンに積まれてやってきた。宇宙船レーサーは惑星の重力から離脱するための装置ブースターが無いからである。

後部ハッチから射出された「ミーンマシン」がこちらへと向かってくる。やがて、ジョーダンの持つピットへとたどり着いた。中から出てきたのは凜とマーリン、そしてドライバーのサミジーナと、ヴァプラであった。


 徹底的にオーバーホールされた機体は、さすがにプロ中のプロの仕事だけあって見違えるほどのものであった。

 エンジンルームを開くと新しいエンジンが収まっていた。

不条理アンサイエンティフィカルエンジンか……。」

ジョーダンがつぶやくように言うとヴァプラは胸を張る。

「ええ、最新の『魔動エンジン』、4AG改です。以前のエンジンに比べて、レース向きのチューンにしてあります。まあ、ほんとはこの狭いエンジンルームに押し込めるため、だいぶいじってあるのですよ。かなりクセのあるエンジンですので、しばらく、整備士メカニックの皆さんをお借りして研修を受けていただきます。」

ピット長をはじめ、メカニックがけんけん轟々と作業を始める。ジョーダンは応接室に戻るとその様子を上から見守っていた。


「どうしました、閣下?」

穏やかな表情で彼らを見つめるジョーダンに変化を感じ取ったマーリンが尋ねた。

「あ、いや、随分とこんな活気のあるドックを見たのは久しぶりだと思ってね。あの頃は下でドライバーのロジャーがいて、ここから興味なさそうな顔でショーンが頬杖をついて眺めていたなあ。そして、ここに、エマがいて⋯⋯。あ、失礼、電話のようです。」


ジョーダンはそそくさと立ち去る。凜はジョーダンの眼が心なしか潤んでいるように思えた。凜は隣にいたロゼの肩をたたいた。

「ロゼ、今がチャンスじゃないのかな。」

ロゼは黙ってジョーダンの後を追った。


「おとん⋯⋯。」

ドックのテラスにいたジョーダンは目頭を押さえていた。その後ろ姿は心なしか、ロゼの記憶の中にあった威厳に満ち満ちた背中よりも小さくなったように見えた。

「なあ、おとん。」

ロゼは意を決して呼びかけた。


「珍しいな。お前の方から声をかけるとはな。」

いつもの堂々としてハリのある父の声ではなかった。涙声にならないように咳ばらいを何度もする。

「あのな、ウチの記憶の中のオカンはいつも寝間着をきて、ガウンを羽織った姿しかないねん。いちばんきれいで、輝いていたオカンを知っているのはオトンしかおらんのや。お願いです。今度、若くて綺麗かった頃のオカンの話を聞かせてもらえんでしょうか?」


父が振り向くと、そこには真っ直ぐに自分を見つめる娘の眼があった。

(真っ直ぐで、ええ眼や。顔の輪郭と鼻、ようエマに似とるわ。⋯⋯残念だが目元口元は俺に似てしまったようやがな。)

父は眼をそらすとふっと笑った。そして、深呼吸し、鼻水をすすりあげる。そして、涙声にならないようもう一度咳払いをした。

「アホ、エマはの、今でも若くて綺麗やわ。⋯⋯大恋愛だったんやで。この続きが聞きたかったら、アポロニア・グランプリで優勝せいや。」


それだけ言うと、そのままドックを後にした。

「約束やで。」

ロゼが後ろ姿に声をかけると父は振り向かず、ただ軽く手を挙げてそれに応えた。


「あ⋯⋯。」

ロゼはそのままぺたんと床に座り込んでしまった。

「ああ、緊張したあ。」

「頑張ったね、ロゼ。」

凜はロゼのそばに腰を下ろすとその頭を撫でた。


「それじゃあ、テスト飛行と行こう。」

サミジーナ、ヴァプラ、凜そしてマーリンとロゼが乗り込む。

ハッチが開くとテストコースが現れた。ジェシカが手配してくれたものである。


唸るようなエンジン音を立ててコースへと吸い込まれて行く。

「サミー、最高速度はすでに最新鋭機、絶対王者ターボ・タリフィクを相手にしようと遜色はない。」

テストコースは単純なトラックコースであるため余計に速さを感じる。

カーブのダウンフォースを確認し、立ち上がりの力強さがコクピットの中まで伝わってくる。


「特に回転数が確実に上がっている。メーターを見てみろ。」

サミーは

「メモリが9000だったのが12,000まで増えてるね。」

「そうだ、恐らくこの立ち上がりは銀河系最速だろう?」

ヴァプラが自慢げに言う。

「でも絶対王者ターボ・タリフィクよりも遅いんでしょう?」

凜が尋ねた。

「そうだ。向こうは名前の通り、ターボチューンされている分、パワーは上だ。だからこそ、こちらは立ち上がり重視なのさ。」

ヴァプラはあくまでも強気である。

「で、どこまで回していいの?」

「ああ、1万1000回転まできっちり回していけ。」


テストコースをモニターで見ていたショーンが「ミーンマシン」に気づく。

ミーン、治したのか⋯⋯。」

ショーンはペネロペに声をかけた。彼女は水着でジャグジーを楽しんでいた。

「ペニー、『女番小町キャット』を借りるぞ。」

「え?⋯⋯いいけど。ぶつけちゃいやよ。」

ペネロペはショーンの申し出に驚きつつも許諾した。


ショーンは操船技術を子供の頃からたたきこまれているため、並みのドライバー以上に操船できるのだ。

ドックから飛び出した『女番小町コンパクト・プシーキャット』はテストコースを『ミーンマシン』を追うように飛ぶ。ジリジリと差を詰め、後ろにつけた。


緩やかなコーナーを並行パラレルドリフトで流す。そこからのミーンマシンの立ち上がりは物凄いものだった。ミーンマシンも流しているはずなのに、あっという間に置いていかれたのである。

「なんて立ち上がりだ。もともと立ち上がり重視ではあったが、これは一つ次元が違う。また恐ろしいマシンになって甦ったものだな。」

ショーンは驚きを通り越して笑ってしまった。


ショーンがコースから戻ってくるとペネロペはすでにジャグジーをあがっており、バスローブ姿であった。

「あらショーン、もういいの?」

「ああ。『女番小町キャット』貸してくれて、ありがとう。」

そのまま自分の部屋へと戻ろうとするショーンにペネロペはまた声をかけた。

「ねえショーン。何か収穫があったみたいね? なんだか嬉しそう。」

「ああ、そう簡単には勝たせてもらえない、ってことかな。」

ショーンは照れ笑いをかみ殺すように答える。

「変な人。」

ペネロペは顔のパックを始めていた。



ミーンマシンが欠場した第4戦。優勝したのは「文武丸バズワゴン」であった。

絶対王者ターボ・タリフィク」はすでに出場権を得ているため、本戦ファイナルまで出場しないだろう。


残りの出場枠は後7つである。




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