第104話:思いがけなさすぎる、再会。②

[星暦1551年1月7日。惑星ガイア。フェニキア領エウロペⅡ。]


「俺は一流のレーサーなんだぞ。」

若い男はそう声を荒げた。逞しい、筋骨隆々とした体躯に着慣れぬスーツを纏っていた。袖から覗く新品のドレスシャツを纏った手が怒りで震える。

「それがどうした? 私は自分の家にウガリットの人間を入れるつもりはない。」

彼に相対する初老の男はせせら笑うようにそう言った。

「野蛮人は娘の配偶者には似つかわしくはないのだよ。」


「パパ!」

堪り兼ねて娘が口を挟む。

「どうしてそんなことを言うの? ルーファスはレースでも一流のパイロットなのよ! 彼の出自はどうでもいいでしょ?」


 ルーファス・ラフカットはフェニキア人でも最も古い種族である「ウガリット」人であった。

フェニキア人は銀河系を股にかける種族であるため、星間航海に適するよう長い年月をかけ、自ら遺伝子操作を行ってきたのである。カルタゴ人のネコミミもその名残である。

しかし、ウガリット人はフェニキアの祖星といわれるウガリットに残り、頑なに変化を拒んでいた。彼らは元は貴族階級だったのだ。しかし、星間交易で経済力を増した新興勢力がやがて、シドンに植民都市を作ると、やがてそこが事実上の首都となったのだ。


怒ったウガリット人はシドンを制圧しようと軍隊を差し向けたが撃破された上に、逆に攻め込まれた挙句に負けてしまったのである。貴族階級はその財産と特権を全て奪われ、惑星ウガリットも現在はただの祖星、という地位だけを与えられているのだ。


ルーファスはそんな貧しく、草臥くたびれた星で産まれたのだ。「かつて、我が家は貴族だった」という昔話にしがみつき、無駄に高いプライドだけの周りの大人たちに、ルーファスは失望しかなかった。

何もない彼が、このフェニキア人の世界でのし上がっていく手立ては「宇宙船レース」のレーサーしかなかったのだ。彼の家に遺されていた、埃をかぶった宇宙船「文武丸バズ・ワゴン」を引っ張りだすとレースに打ち込むことになる。そこにいたのは、相棒となるドライバー兼キャプテンの「ソートゥース」という有人格アプリである。


ルーファスは週中は働いて金を稼いで出場費にあて、獲得した賞金で船をさらにチューンナップするという生活を続け、やがて頭角を現していく。彼はウガリットの惑星チャンピオンを3年連続して獲得し、さらに周辺星域でもチャンピオンになり、フェニキアでは名が知られるようになった。


そんな頃に出会ったのがジェニー・ジェノスタインという女子大生である。彼女の本人の魅力もさる事ながら、ジェニーは大店で貴族のジェノスタイン家の係累だったのだ。彼女と結婚しさえすれば、俺はあの、惨めで未練がましいウガリットの連中とおさらばできる、ルーファスはそう思っていた。それに、今の俺はうだつの上がらないかつての俺ではない。一流のレーサーなのだ。

両親に会って欲しいというジェニーのリクエストに応えて、彼はスーツを新調して彼女の実家に乗り込んだのだ。


それなのに、このザマである。ジェニーの父親は正装どころか、ガウン姿で彼を待っていた。屈辱と憤りに身体を震わせるルーファスにジェニーの父、ハルパートはこう言った。

「ルーファス君とやら。私はね、ただの『一流』では不満なのだよ。私が好むのは『最上』なのだ。最上をもってきたまえ。そうすれば君を認めることに吝かではないよ。……その最上とは何か、それはこのグレンジャーに聞いてくれたまえ。」

それだけ言って、ハルパートはリビングを去った。


ハルパートに仕える執事のグレンジャーは、今回のアポロニア・グランプリの本戦で優勝するか、ミーンマシンのパイロット、棗凜太朗=トリスタンを葬り去るかのどちらかである、と彼に告げたのである。

「それで、いいんだな。男に二言はないからな。」

難しい要求ではあるが、無理ではないものだ。その上、グレンジャーは資金の提供も申し出たのである。ルーファスはその条件を呑んだ。


[星暦1551年3月3日。惑星スフィア。フェニキア領エウロペ。宇宙港。]


 南半球にあるエウロペは秋の兆しを見せていた。といっても南回帰線上という、緯度の低い地域であるため一年中温暖な気候であり、それほど四季がはっきりしているわけではない。耐えがたい暑さが収まり始めてきた、というほうが正しいだろう。


 凜たちは第2戦への参戦のため、再びエウロペを訪れていた。本来、グランプリ本戦ファイナルへの出場資格を得たチームが同じ予選に参加することは稀だ。プライベーターであれば、最終目標であるギャラクシーグランプリ・ファイナルへの出場機会を求めて、他の植民都市のグランプリの予選や本戦に参加するため、銀河系内を渡り歩くのがほとんどだ。


 レース前夜には恒例のイベントが開かれ、大勢の人々が集まっていた。フェニキア人にとってレースはまさに祭なのだ。普段は銀河系中を散り散りとなって暮らす親族がお互いの無事を確かめあったり、レースをきっかけに新たな交流を求めたりする大切な機会なのである。


カップ戦は植民都市ごとに行われる。アポロニア・グランプリもアポロニア星系の2つの有人惑星、惑星スフィアにあるエウロペⅠそして惑星ガイアにあるエウロペⅡの二つの植民都市が共同で主催しているのだ。そして、そこで優勝すれば、さらに上位のカップ戦に、最終的にはフェニキア・グランドギャラクシー・グランプリという最高峰のレースに挑戦できるのである。


無論、凜たちにそこまで参加したいという意思ははない。レースのもう一つの意義である「戦争」の代理参加なのだ。今回、アポロニアグランプリを優勝したチームのオーナーに二つのエウロペの最高権力者である「主席取引官」の地位を指名する権利を与える、という決定がなされてから、フェニキア国内でこのレースに対する注目度が増したのだ。


そして、凜の提唱する惑星砲が、「紋章式転送技術」の応用である、という噂を聞きつけた銀河系中のフェニキア商人の耳目を集めているのである。

「紋章式」というのは惑星スフィアの先住民族ゴメル人が遺した技術で、重力子世界アストラルの中で重要な「意志」の力を具現化する「言葉」を現したものである。つまり、ここからあそこへ行きたい、という「意志(目的)」があれば、それを現実のものに変換する「命令(言葉)」が必要であり、その「言葉」を発するとその目的は達成されるのである。


元々は、創造主オーサーがこの宇宙を生じさせるために最初に起こした起動ビッグバンに始まり、宇宙を膨張させながら様々な天体を生み出し、運行していく物理法則を研究して得られた成果である。

ゴメル人が他の人類に先駆けることができたのは、創造主をいないものとして、いないのならどのようにこの宇宙を成し得たか、という虚しい研究に終始しなかったからである。つまり「偶然」を神として崇めるのをやめ、自然や宇宙に見られる創造主の「意志」の方向性を研究した結果、得られた技術であった。科学の方向性ベクトルを180度変えたのである。


ゼルが口をはさむ。

「ようするに、カワセミやカモノハシの真似をすると新幹線が速くなったり、省エネになったりするわけです。生物模倣技術バイオミメティクスの延長です。あと、これはあくまでもこの小説の世界の設定なので、気にしないでくださいね。」


パーティーはマスコミやファン向けの会場と、出場チームのオーナーたちが懇談する会場と二つに分かれていた。凜たちはレーサーとして一般向けに出席しなければならないので、上の懇親会にはメグとラドラーに名代での出席を頼んでいた。


「キミ、なかなか強いね。」

タキシードに「着られた」がっしりとした体躯の男が凜に近づいた。赤毛を肩まで伸ばし、浅黒く日に焼けた顔がその精悍さを際立たせていた。

(先日の「ヘイヘイホー」さんです。)

ゼルが凜に耳打ちする。

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