第105話:思いがけなさすぎる、再会。③
「ルーファス・ラフカットさんですね。ああ、その節は。」
意味不明の返しをして凜は自分で苦笑してしまった。
「ところでキミは、スフィアの高官だそうじゃないか? そんなお偉いさんがレースに出てまで、いったい何を手に入れるつもりなのかい?」
ルーファスは割とざっくばらんに尋ねてきて凜は拍子抜けしてしまった。悪い人ではないらしい、凜は勝手にそう思い込む。
「そうですね。我が国の民の命と暮らしの安寧でしょうか。」
凜の優等生的な答えにルーファスは笑った。
「なるほど、富や名声や権力。すでにそれを手に入れると次はそうなるものかな。俺も、いつかはそういう目線にたちたいものだな。」
ルーファスの言には嫌味というよりも純粋な驚嘆に近い波動を感じられた。ちょっと誤解されたかもしれない、凜は苦笑を込めて訂正した。
「少し、違うんです。私は富や権力、といった形のあるものは全て、脳が感じる
「……
「ええ、手にしたものがどうあれ、脳にたどり着くのは
ルーファスは首をかしげる。
「だからこそ金がいるんじゃないのか?権力を持つことが必要なんじゃないのか?」
凜は微笑んだ。
「ええ、もちろんそれも一つの方法ですよね。でもこの惑星は違うんです。ご存知かもしれませんが、彗星爆発事故『ブレイク・ショット』によって深刻な命の危機にさらされているのです。金だの権力だのを奪い合っているうちに、得たものを楽しむための命がなくなってしまうかもしれないのです。今、国民が未だに正気を保っているように見えるのは、この危機がどれほど深刻かを知らされていないからです。
もし、その安寧が失われれば、たちまち人は正気を失い、暴走してしまうでしょう。私は欲するのは、それを抑止するための『希望』なのです。」
凜は惑星防御砲の話をしていたのだが今一つうまく伝わらなかったようだ。
「俺には難しくてよくわからん。俺はウガリットという鄙びた惑星で生まれ、育った。そこには何の刺激もない、昔の栄光だけが誇りの、終わった世界だった。
俺は学もないし、先祖が遺した古びた宇宙船で故郷を飛び出した、ただの田舎もんだ。だから俺は上を目指す。いつか誰かに追い落とされるかもしれないというスリルに、俺を邪魔するやつらをぶっ飛ばす快感。それだけで俺の脳はドーパミンをドッパドッパと吹き出すのさ。
俺はキミを必ず倒す。なぜなら、それが俺の今ここにいる理由だからね。じゃあ、明日からのレースでまた会おう。」
そう言うと、手を振りながら立ち去って行った。
「宣戦布告でしょうか?」
ゼルが怪訝そうに凜に尋ねる。
「まあ、とっくに戦争は始まっているからね。僕たちに中途ハンパな気持ちで挑んで来るな、と言いたかったのかもよ。」
「なあ、凜。なかなか料理もええもんでてるで。あ、でも、これはウチのやで。……うーん。でも凜だったらちょっとくらいならつまんでもええで。」
ロゼが凜に近づく。その手には山盛りのオードブルが乗った皿があった。
「ロゼ、一人でこんなに食べられるの?」
「余裕やん。」
「あら、噂のルーキーのお出ましね。」
次に話しかけて来たのは唯一の女性ドライバー、ペネロペ・ピッツトップである。彼女は見事なプロポーションの
「初出場で初優勝なんて、田舎レースの予選でもなかなかたいしたものよ。」
(ペネロペ・ピッツトップは『
ゼルが凜に耳打ちする。
「ありがとうございます。」
きれいな人だな、そう思いながら凜は差し出されたペネロペの手を取り、跪いて手の甲にキスをした。
「あら、さすがスフィアの
ペネロペは予想に反した凜の行為に不意をつかれて頬を赤らめた。
「いいわね。もう出場権は得たのだから、本戦までは高みの見物ね。羨ましいわ。」
凜も立ち上がると答えた。
「まあ、我々はルーキーですのでね。本番まではある程度経験を重ねなければなりませんから。まだまだ必死ですよ。」
「ご謙遜ね。」
「おい、ペネロペ、持ってきてやったぞ。酒が明日に残らないよう程々にな。」
そう言いながら長身の男がペネロペの背後からこちらへ近寄って来る。彼は手に持っていたグラスを彼女に渡した。その男の頭にはネコ耳がのっていた。
「あら、ジョッキで飲まない限りは大丈夫よ。」
彼女は妖艶な笑みを浮かべながらグラスを受け取るとカクテルに口をつけた。
凜の隣にいるロゼの身体が震えている。
「ロゼ、どうしたの?」
「ちょ、これ預かっとって。」
凜の問いに、ロゼはオードブルの皿を凜に渡した。ロゼは男の前に進み出るとその顔を見上げた。
「ショーン兄やん。」
男は、少女の顔をまじまじと見てから尋ねた。
「もしかして⋯⋯こいとはん?」
ロゼは力いっぱい頷く。ロゼの両目から涙があふれ、零れ落ちた。
「おっきくなられましたなあ。」
思わぬ場面にペネロペは目を丸くする。
「ショーン、こちらのお嬢さんとお知り合いなの?」
「ああ、昔仕えていた
その男がショーン・ビジョーソルトであった。ロゼはショーンに飛びつきたい気持ちを懸命に押さえ込もうと闘っているようにも見えた。
「彼はショーン・ビジョーソルト。私とタッグを組む凄腕のパイロットよ。今年、こちらのグランプリに出ることになったから、コースに詳しい地元の人である彼と契約してもらったのよ。」
凜はショーンと握手をかわす。
「あなたがジェシカさんのお兄さんなんですね。」
ジェシカもジョーダンの秘書として上の懇親会に出ているのだ。
「そうか、妹とも知り合いなんだね。いや、まさかあの旦那さんがレースにまた手を出すなんて思ってもみなかったよ。でもまあ、考えてみれば尻に火がついているようなもんだったな。
そうか、それはそれは。こいつは面白そうな催しものだな。生き恥を晒してまで古巣まで足を伸ばした甲斐があったよ。」
ロゼはその言葉に目頭の涙を拭った。彼の言葉が、自分の父にされた仕打ちを赦しているようにも聞こえたからだ。しかし、続く彼の言葉はロゼの思いとは違っていた。
「⋯⋯これでぶっ潰しがい、というものができたよ。トリスタン君と言ったね。キミが新しいパイロットだね。キミに個人的な恨みはないが、全力で潰しに生かさせてもらうよ。」
そう言うと、その場を立ち去って行った。
「兄やん!」
ロゼが呼んだが、ショーンの後ろ姿はそれに応えようとはしなかった。
「あら、お嬢さん。彼にだいぶ恨まれているようね。しかし、あの男があんなに感情を剥き出しにしたのは初めて見たわ。鄙びた田舎レースだから諦めていたけど、なんだか少し、楽しめそうね。」
そう言ってペネロペも立ち去っていった。
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