第98話:灰汁が濃すぎる、レーサー。①

[星暦1550年12月28日。惑星スフィア。フェニキア領エウロペ。宇宙港]


「グランプリに参戦、ってホンマでっか?」

メカニックたちは突然の展開に驚き、喜ぶ。しかし、ひとしきり喜んだ後、やはり行き着くのは心配であった。

「しかし、レーサーのあてはあるんかいな?」

ジェシカは凜たちを紹介するも、レース業界では聞いたこともない名に皆は不安そうな面持ちである。


「こちらがハチロクです。」

メカニックたちは「ミーンマシン」よりも型番の「AE-86」からの「ハチロク」と呼んでいるようだ。

宇宙船はネーミングライツ権の売り買いが認められているため、度々名を改めることが多く、メカニックたちは変更のない型番で呼ぶことを好むのだ。


ミーンマシン」は上から見ると白い塗装だが、間近で見ると下部は黒く塗装され、ツートンカラーになっているのだ。

「コクピットを見せてもらってもいいですか?」

しかし、サミジーナはコクピットを見て顔を横に振った。

「これじゃ、無理っぽいかな。すみません。レイアウト変えといてもらっていいですか?」

そう言って彼らに説明を始める。


「こ⋯⋯これは?」

サミジーナの指示にメカニックたちも興奮気味のようだ。

「旦那、こいつはホンマもんかもしれません。お任せください。明日までになんとかしまっさかい、また、明日。ご足労おかけしてもええでしゃろか?」

突然の展開にジョーダンも戸惑いを隠せない。


「あ、ああ。」

「俺はここで指示と打ち合わせが必要だから、みんな、先にあがっててよ。」

サミジーナに追い出され、凜たちは一旦引き上げることになったのである。


[星暦1550年12月29日。惑星スフィア。フェニキア領エウロペ。宇宙港]


翌日、再びドックを訪れた凜やジョーダンたちをメカニックたちは興奮気味に迎えた。テストコースの使用許可はジェシカがとっておいてくれたようだ。


「本当に大丈夫なのかね?」

ジョーダンはやや戦々恐々という体であった。改造されたコクピットは自動車風になっていた。前方2席、後方3席になっており、前席右がドライバー、左がキャプテン、後部座席がパイロット、となっている。

 大抵のコクピットは航空機を模したものが多いので不安を感じるのも無理はない。しかも、この時代に自動車は自動運転オートドライブのものがほとんどなので、丸い舵輪ハンドルとペダルが3つ、そしてギア用のシフトが一本、というのはあまりにシンプル過ぎるように見えた。メーターも速度計と回転計の二つしかない。

「まさか、たったあれだけの装置で宇宙船を操作するつもりなのか?」

不安そうに言うジョーダン氏に

「ええ、あれでも彼は宇宙船のドライブアプリの中では比類のないものですからね。大船に乗ったつもりで大丈夫⋯⋯です。」

凜やマーリンは彼が運転する艦艇に一緒に乗った経験があるので、安全性については保証したが、同乗者が感じる恐怖心に関しては保証しなかった。


「その、ぶつかったり、しないだろうね?」

不安そうなジョーダンに頭をかきながらサミジーナは答えた。

「ムリはしないですよ。なにしろ、機体をぶつけたらオヤジにグーで殴られますから、気をつけますよ。」


(オヤジ⋯⋯って誰なんだ?)

皆がそのツッコミを飲み込む。しかし、サミジーナは意に介さずにカップホルダーに水がなみなみと入った紙コップを置いた。


「テストコース開きます。」

テストコースのワームホールが開くと、音もなく「ミーンマシン」はそこに滑り出した。

サミジーナがイグニッションキーを回すとエンジン音が響く。


シグナルが点滅を開始する。

シグナルがグリーンになると一気に加速する。無論、ブラックホールの引力に引きずられてはいるが、ブラックホールエンジンの加速も含まれるため、モニターから入る星の光が逆行するように見える。


「この速度は⋯⋯。」

亜光速の世界である。ただ、皆『騎士』であり、空戦マニューバでほぼ生身で空を飛ぶ訓練を受けているため、かかる重力には慣れていた。しかし、不安を覚えるほどの速度は初めてであった。


キンコン、キンコン。光速の99%に達したことを示すアラートが鳴った。サミジーナは無造作に見えるハンドルさばきでコースを進んでいく。

カップに入った水が遠心力に従ってコップの中で回り始めた。


「あのコップ、何か意味があるのか?」

ジョーダンの問いにマーリンは苦笑しながら説明する。

「あれをこぼさずに飛ぶようにすると、カーブでの船の荷重移動がスムーズにできているかどうかが分かるそうですよ。」

ジョーダンは何度も頷いた。

「なるほど、確かに彼は優秀なドライバーのようだね。それは解ったから……、そろそろ減速しても差し支えないないのでは……。」

さすがにこの速度に恐怖を感じたようだ。

「あ、大丈夫っす。軽くいきますから。」

そういってギアを落とす。エンジンブレーキがかかったのかエンジン音がうなりをあげ、機体は横にすべり始める。

「うわああああああああああああ。」

ジョーダンは叫び声をあげる。

「見事なドリフトなんですけどね。どうです、閣下?……あれ?」

ジョーダンは気を失ってしまっていた。

「後に言う、『オーナー・ジョーダン、カーブ3つで失神事件』ですね?」

ロゼのボケに、凜とマーリンはやめなさい、と突っ込みをいれた。


 「いや、ひどい目にあった。しかし、腕は確かなことは分かったよ。……もう試乗はごめんだがね。」

息を吹き返したジョーダンが苦笑する。

「トリスタン卿。申し訳ないが、私は今、一番不利な条件で戦わねばならない。実は有力なチームにいくつか出場を打診してみた。しかし、アポロニア・グランプりは所詮ローカルレース、ものの見事に断られてしまったよ。よって、現在の私とあなたは一蓮托生と言っていい。だから、あなたが最善と思う方法でやってくれ。今の私にはそれが限界だ。」

ジョーダンは弱気であった。


「お父さん。私も、これに乗る。」

ロゼが言い出した。

「ロゼ?」

 凜はジョーダンを見やる。その表情は複雑なものであった。ジョーダンはジェシカから報告を受けて知っていた。ロゼがショーンの跡を継いで、レースに出たがっていたことを。そのために、ショーンがいなくなった後も拳闘の修練を一人で積んでいることも。

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