第97話:踊りすぎる、猫耳(オジサマ)。❸

「そう、そして、そこが私の失敗したところなのだよ。」

ジョーダン氏は続ける。

「ショーンは強いパイロットだったんだ。彼は拳闘士でね。彼と一対一タイマンで敵う者はいなかったんだよ。だから、私も過度に楽観していたのだ。」


その日の映像が流される。ぶっちぎりの首位トップでバトルステージに到達したミーンマシンはセッションを換えていた時、後続の機体にピットに突っ込まれ、体当たりされたのだ。そのため、ミーンマシンは航行不能に陥る。


そして、彼のライバルの船がそのレースの勝利を掻っ攫ったのである。つまり、そのライバルはミーンマシンを潰すためにもう一隻の船を用意していたのだ。機体同士のぶつかり合いは航行不能に陥る可能性があるため、常識的に考えられない。しかし、禁じられてはいないのだ。ショーンにはそこまで予測はつかなかったし、それを守るのがパイロットの役目だったのだ。


「拳で挑まれれば負けることもないが、まさかそこまでするとは。」

ショーンは思わぬ敗戦にうなだれていたとジェシカは言った。


ジョーダンはいった。

「酷く失望した私はショーンを即刻解雇してしまったのだよ。その後、レースの無効と、こんな詐欺的なレースに加担した船員組合を法廷に訴えた。しかし、結果は私の負けだった。確かに、ルールで明確に禁じられていないことを咎め立てする権利は誰にもないからね。敗北を喫した私は、賭けていた事業と共に財産の半分を失ったし、一族の中で私の権威は失墜し、私の発言権も相対的に低くなってしまったよ。

ただ、これに関してショーンに罪はない。だから私は慌ててショーンを探したが、すでに彼は連絡がつかなかった。彼は最近は別の船に乗って、立派に活躍しているよ。

そして、裁判で私に訴えられた船員組合は報復として、私のもとから全てのスタッフを引き上げてしまった、というわけだ。

これが、すっかりこの世界が嫌になってしまった私が、レースに及び腰になってしまった真相さ。もしかすると、私は今回、トリスタン卿の役には立てないかもしれないね。」

そう言うと、窓の外に目をやる。そこには惑星スフィアが輝いている。


「いったい、レースに出場するためには何が必要なのでしょうか? 」

凜が尋ねる。顧客のためならなんでも揃えるのが気概である商人のあまりに無気力な発言に、凜の声は思った以上に上ずっていた。

「まずキャプテン。これはマシンの兵装を扱う。そして、パイロット。これは船の運航の責任者でバトルステージでは船を護衛して格闘戦をする要員だ。そして、運転手ドライバー。これは操縦桿を握り、実際に船を走らせる。

私の船は5人乗りでね。パイロットは3人まで乗ることができる。とはいえ、みんな船員組合に所属しているのでね。よって、私にはひとりも揃えられない、というわけだ。」

ジョーダンは自嘲気味に笑った。


「それを先代翁に説明されてはいかがですか? あるいは、先代翁に船員組合と執り成しをしてもらうとかはできないのでしょうか?」

マーリンが尋ねる。

「それこそ、このレースこそが私を潰すための手だ。組合むこうは折れないだろうな。」

ジョーダンはそう言ってため息をついた。


「わかりました。そういうことであれば我々がお引き受けしましょう。」

突然、ゼルが言い出した。

「ゼル?」

凜は慌ててゼルを制しようとしたがゼルは

「私の話を聞いてからにしてください。」

と引かなかったのである。


「まず、キャプテンはマーリンが引き受けましょう。彼は器用貧乏なので、これくらいはできます。パイロットは凜にやらせます。補助に私がついていますし、戦闘だけなら彼の右にも左にも出るものはいないでしょう。」


「なるほど。確かに皆さんなら問題はないでしょうね。ただ、テストさせていただければ、ですが。」

ジェシカが賛同したのでジョーダンも驚いた。

「まさかキミが賛成にまわるとは思わなかった。でも、ドライバーはどうするんだい? いなければ船は1光秒も動かないぞ。」


「ちっ、ちっ、ちっ。」

自信ありげにゼルが指を振った。

「それでは我らが誇るドライバーをご紹介しましょう。」

ゼルが召喚を始める。

「召喚要請。『ソロモン七十二柱』序列第4位、サミジーナ。」

床に召喚陣が描かれるとそこから青年が現れた。

履き古したデニムのパンツにスニーカーを履き、白いコットンのTシャツという軽装であった。

「ああ、ども。」

後ろ頭をポリポリとかきながらの、いかにも気だるそうな態度である。


「ソロモン七十二柱でワープ航行など軍の高速機動を司るアプリ、サミジーナです。デフォルトの具象体アバターは馬の頭をした騎士の姿……あれ?」

ゼルが予想と違う容姿に驚く。

「あれ、サミー、いつもと姿アバターと違いますね?」

凜は嫌そうにツッコミを入れる。

「そうっすか?」

サミジーナはとぼけている。

「前回は髪を振り乱して『なんぴとたりとも俺の前は走らせねえ!』って言ってたじゃないですか?」

マーリンが指摘する。

「いや、今回はクールな方がいいかな、と思って。どっちも『グンマー』から始まってますから問題はないと思うけど。」

サミジーナはボソボソと言う。


「『グンマー』って?」

ロゼが凜に尋ねる。凜はロゼに耳打ちする。

「ここだけの話だが、地球にかつてあった、とある島国の山奥にある土地なんだ。そこには槍で武装し、全身に刺青をした原住民が狩猟や旅行者を襲って生計を立てているという伝説の地だよ。彼らは人喰い民族らしくてね、一度そこに足を踏み入れた者は生きてそこを出られるとか出られないとか。」

「そ⋯⋯そうなん? そんな怖い、ところなんや。」

ロゼの顔がひきつる。凜の珍しいエセ情報にゼルは満足げに親指を立てた。


「よろしくお願いします。サミジーナといいます。フェニキアの宇宙船レースは前から興味があったんたんで呼んでもらえてうれしいです。」

とりあえずスルーできる格好のため、ゼルは構わずにことをすすめたいようだ。

「早速だがサミー、あなたのドラテクをこちらのクライアントに披露していただけますか?」

了解うっす。」

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