第96話:踊りすぎる、猫耳(オジサマ)。❷

[星暦1550年12月28日。惑星スフィア。フェニキア領エウロペ。宇宙港]


ジョーダンは凜たちを宇宙港にあるプライベート・ドックへと案内した。

「これはすごいね。」

初めて見る光景にリックやアンは興奮を隠せない。ロゼは父親やジェシカが一緒のせいか、少し大人しかった。

「おや、ロゼお嬢様。」

スタッフはロゼを見かけると挨拶をする。

「まいど!」

ロゼも元気に挨拶を返していた。

「大福餅買うてきたで、みんなで食べとってなあ。」

ロゼが差し入れを渡すと、いつもすみません、と女性のスタッフが恐縮していた。

「ロゼはここでは人気者なんですね。」

凜の言葉に

「ええ。旦那様のご家族で、ここに顔を出すのはここ最近はロゼ様だけですから。」

ジェシカがそう答えた。


「え⋯⋯旦那⋯⋯様!?」

スタッフがジョーダンの姿に気がつくと構内放送で全員集合の指示が流された。


「いや、しばらくほったらかしにしてしまっていてね。」

横一列に整列したメカニックたちを前にジョーダンが苦笑した。

「しばらくなんてもんやないわ。」

ロゼが父親に聞こえない程度の声で呟く。

ジョーダンは凜たちをドックの構内でも一番高い場所にある応接室に案内した。

「ここから船が一望できるのだよ。」


そこには白く塗られた優美な船体が横たわっていた。十字架のような形状で、15mほどの全長があり、中央より後部にやはり全幅15mに近い両翼が突き出ていて、その交差部の上部にコクピットが据えられていた。


「どの宇宙船レーサーも同じような形状なのですか?」

凜の問いにジョーダンは首を振る。

「いや、特に決められてはいないよ。なにせ空気抵抗は関係のない世界だ。だから『速い』船もあれば『強い』船もある。なんでもアリ、の世界なのさ。」


メグが尋ねる。

「素敵なデザインの船ですね。名はなんというのですか?」

「『ミーンマシン』、と言うのだ。正式な名称は型番だがね。アポロニア(Apollonian)星系のエウロペ(Europe)で登録された86番目の機体なので『AE–86』というのが正式な名前さ。こっちの方は味気はないがね。」

ジョーダン氏は昔の情熱がふと燃え上がるのを感じたのか、照れ臭そうに言う。


座天使スローンラミエルで間違いないようですね。我が民によって作られたものです。」

マーリンが凜に囁く。


「ジョーダン殿。思ったよりスタッフの方が少ないのですね。」

メカニックが働く様を観察していたメグがふと尋ねた。

「ええ、現在正式のレースには参戦していないですからね。機体保持のためだけならそれほどスタッフは必要ありません。それに、整備員メカニックも船員組合の管轄ですから。今、働いているのは旦那様に個人的に恩義のある者たちばかりなのです。彼らは組合を辞めてまでここで働いているのです。」

ジェシカが代わって答える。


「ジェシカ、レースについて説明してくれないか。」

ジョーダンが本題に入る。

「こちらをご覧ください。」

ジェシカが応接室のモニターを付けると三次元ホログラム映像が浮かび上がる。彼女はそれを示しながら解説を始める。


「サーキットコースは小規模な人工ブラックホールとホワイトホールを接合したいわゆるワームホールが使用されます。それを空間捻転技術で折り曲げてコースの形にするのです。ホームストレートとバックストレートの二本のストレートと、その間に緩急つけたカーブやコーナーを織り交ぜたコースになっています。

エウロペのレースでは、多くの観客は地球人種テラノイドの皆さんです。それで古の地球で行われた人気のモータースポーツである『フォーミュラ1』のコースを模しています。その中でも特に人気の高い『シルバーストン』、『モンテカルロ』、『ニュルブルクリンク』、『鈴鹿』の4コースの中から本戦ファイナルのコースレイアウトが選ばれることになっています。


レースはホームストレートをスタートとし、サーキットを定められた周回数を一番早く回ったマシンが優勝する、という簡単なものです。機体マシンを操縦するのは『ドライバー』と呼ばれるクルーです。とりわけ、ヘアピンから高速まで数パターンあるコーナーはドライバーの腕の見せどころとなっています。

宇宙船はタイヤを使いませんから、ピット作業は要らない、と思われるかもしれません。しかし、ブラックホールの特異点がレース中に2回、変わりますので、それに合わせたピット作業が最低2回は必要になります。ピットはホームストレートに併設された一時出口から入ります、そしてそこがバトルステージになります。」


「バトルステージ?」

一同は聞き返す。レースとバトルの接点が想像の範囲外だったからだ。

「ええ、小型の人工ブラックホールを使ったワームホールですから崩壊が速いのです。ピットワークの間に、パイロットと呼ばれる戦闘員同士のバトルが行われるのです。1位と2位、3位と4位、と言った同士で制限時間5分のバトルが行われます。ノックアウトで勝てば1周のアドバンテージ、負ければ1周のペナルティーが付きます。それ以外は判定によって、秒数のプラスマイナスがつけられるのです。」


「でもパイロット、って操縦士のことじゃないの?」

アンが尋ねる。

「ええ、でも元々は『水先案内人』のことです。水先案内人は港の中の船舶の安全を守る人ですから、こう呼ばれるようになったそうです。」

「へえ。」


「では、キャプテンは何をするのだ?」

メグが腕を組んだまま尋ねた。

「キャプテンの仕事はバックストレートです。ここで背後を取る事が出来れば後ろから攻撃できます。無論、実弾ではなく、重力ペースト弾という量子砲です。その攻撃を担当するのがキャプテンの仕事です。」

「なるほど、それなら砲撃手ガンナー、という表現のほうがよいと思うのだが。」

「そうですね。これもフェニキアの歴史から言うと長いので割愛しますが、とある宇宙戦艦の必殺兵器『波○砲』のトリガーをひくのが艦長キャプテンだったからではないかという説が有力です。」

「いまひとつ、そのセンスは分かり兼ねるが伝統、ということなのだな。」


「船は亜光速で飛ぶため、通常の兵器では追いつけません。それで『ワープ砲』とも呼ばれる量子砲が使われるわけです。重力ペースト弾が着弾しますと、その重みで一発あたり、1、2秒の遅くなります。それでオーバーテイクしやすくなるのです。」

ジェシカの解説が終わる。


「そう、そして、そこが私の失敗したところなのだよ。」

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