第86話:やらしすぎる、テングサ。2

その時だった。

「ああっ、もう。あともう少しだったのに。」

少年の声が聞こえる。すると、ティンカーベルを抽出しようとしていた機械の電源が突如落とされた。

ティンカーベルは急に身体が軽くなるのを感じた。


「どうした? 何があった?」

手術室のロックが突如解除される。すると、壁面のコンピュータのモニターにキャップを被った少年の姿が映し出された。

「何者だ?」


「ああ?俺か?」

少年はモニターからゆっくり出てきた。みんな唖然とした表情でその光景を見ている。

「おいおい、俺は『貞子』じゃねーよ。俺はソロモン七十二柱、序列第26位、ブーネだ。『mr.B』、そう呼んでくれても構わないよ。」


 読者は覚えているだろうか? 凜が誘拐されたリーナの居場所を特定するために生臭坊主のニコラウス師に忍ばせて放った有人格アプリである。彼は引き続き短剣党シカリオンの調査のために潜伏を続けていたのだ。


 見張りのルイがいきなり銃を撃った。弾丸はブーネの身体に撃ち込まれると、その傷跡はすぐにふさがり、弾丸はその手のひらの上に現れた。

「僕に物質の身体はないよ。テロリスト諸君。こんなに狭くて硬いものの多いところで、物騒なものをぶっ放さないでくれ。跳弾になって君たちを傷つけても知らないよ。」

ブーネはニヤリと笑った。


「落ち着け、奴は『有人格アプリ』だ。実体はない。物理攻撃は無効だ。」

ティファレトが低い声で言う。

「おや、良くご存知で。そう、アンタの言う通り僕の身体は実体ではない。⋯⋯おや? そういうアンタも『中身』が空っぽじゃないか。」

ブーネはキャップのつばを弾き上げた。テロリストたちはすごむ。

「外に助けは呼べないぞ、小僧。ここは電波を通さない構造になっているからな。」


「こいつを捕まえろ。ルイ!」

ルイが右手を横に上げるとアリィが現れた。

「こんにちは。あなたが天井裏で走りまわるネズミさんだね?」

アリィはにやりと笑った。


「おやおや、こんなところで有人格アプリと出くわすとはね。まあ、あんたが現れてからあまり目立たないようにはしていたんだけど。やっぱり気づかれていたようだね。」

ブーネは再びモニター画面に戻ろうとする。『拠点制圧』のアプリであるブーネにとって、直接戦闘は分が悪いのだ。

「逃がすかよ。」

アリィはブーネの頭をつかむとモニターから引きずりだす。

「くそ。」


アリィがローキックを見舞うとブーネの身体は壁にたたきつけられた。

「く……。乱暴な女の子は苦手だね。」

ブーネは立ち上がる。アリィが再び間合いをつめ、キックとパンチを織り交ぜた攻撃を繰り出す。ブーネは格闘では分が悪く、簡単に攻撃を受けると再び床に沈んだ。

「ああ、かっこ悪いな。⋯⋯俺。」

ブーネがアリィを見上げた。


「あきらめて降参しな。助けを呼びたくても、ここにネットにつなげる要素はないよ。」

アリィが腰に手をあて、ブーネを上から見下ろした。


しかし、ブーネは不敵な笑みを浮かべる。

「それはどうかな? あんたら、本当に凜の能力を知らないの? そうだね。ほら、このように。」

ブーネが指を鳴らすとそこに転送陣ゲートが開いた。

ゆっくりとそこに現れたのは凜とゼルであった。


「なぜだ? ここは電波が届くような場所ではない。」

皆が驚く。凜は説明してやろうかどうか、迷っていた。

「バカなのですか? 我々、眷属ハイエンダーが用いるアクセスゲートは重力子界アストラルを通っています。よって物理的に遮断することは不可能なのです。そうでもなければ凜が隣の惑星でキング・アーサーシステムを使役することなど出来るはずがないでしょう。」

ゼルが不思議そうに説明した。


「ありがと、ブーネ。おかげで助かったよ。」

凜が礼を言うとブーネはやれやれと言った表情で返した。

「もう少しでここを完全に制圧できそうだったのに。おじゃんになってしまったじゃないか。どうしてくれんだよ。しかも、女の子相手に苦戦中、と来たもんだ。」

ブーネが文句を言う。ゼルがにやっとしてブーネに言った。

「苦戦どころか、すでに敗北間近じゃないですか?」

「うるせー。あんたと違って俺は肉体労働者ブルーカラーじゃないんでね。」

ブーネはバツが悪そうに吐き捨てた。


「すまんな。ブーネ。2年近くも放っておいて。」

凜は頭をかくと「天衣無縫ドレッドノート」を取り出した。ブーネは首をすくめた。

「まあ、仕事だからな。」


「放置プレイ、興奮しましたか? ブーちゃん。」

ゼルがにやにやしながら尋ねる。

「俺を『ブーちゃん』と呼ぶな。」

ブーネが怒る。


「どこ見てんだよ!」

アリィが再びブーネをめがけてとびかかる。しかし、すらりとした脚でその攻撃を止めたのはゼルであった。脚を高く上げたため、スカートの中身があらわになる。緑と白の縞パンである。

「どこを見てるのですか? 残念でした。見せパンですから、見られても恥ずかしくないのです。」

今度はゼルが回し蹴りでアリィを蹴り飛ばした。

「あんた、戦闘用アプリだね?」

アリィがうれしそうに言って身構えた。

「いいえ、私は歌姫アプリです。見せパンはアイドルのたしなみですから。」

ゼルは澄ました顔で言い放つと、再びアリィに攻撃を始めた。戦闘アプリ同士とはいえ、今回ばかりは孵化したばかりのアリィの方が分が悪かった。

「ちなみに、パンツに浮かぶ『め●スジ』はフェイクです。あしからず。」

ゼルが再び身構えた。

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