第83話:魅惑的すぎる、太もも。②

「なんという手際だ。」

凜は完全にしてやられたことにがく然とした。観客はアトラクションの演出の一部だと思ったらしく、それほど混乱はなかった。しかし、複数の機体ギアがかなり損傷し、試合はここで中止とされてしまった。


「してやった。」

ルイはリーナのカプセルを回収した瞬間、ガッツポーズをしてやりたい衝動を抑えていた。カプセルは外側から中身が確認できるつくりだ。そこにはリーナが目をつむったままでいる。あの男に、トリスタンをついに出し抜いてやったのだ。

「ルイ、脳からティンカーベルを抽出したら、リーナはどうなるのですか?」

フランソワが尋ねる。

「さあ、どうなるかまではまだわからない。命には別条はないらしいが、『元』のリーナに戻る可能性は少ないと思う。」

ルイはかぶりを振る。ただ、フランソワの知っているリーナとルイの知っているリーナはもはや別人に近い。そして、恐らくはまた違ったリーナになってしまうだろう。でも、それでもいいのだ。そうしたらまたゆっくりとリーナとの関係をはぐくんでいけばいい。きっとリーナと俺ならそれができるはずだ。ルイはそう思っていた。


「ルイ、お手柄だったな。見事な傀儡マリオネットの運用だった。」

栄光ホドは基地に戻ったルイを褒めた。複数の機体ギアを一手に操ったのはアリィだった。

「アリィとのコンビネーションはこんなもんじゃない。まだまだよくなりますよ。」

ルイは胸を張った。


「まんまとやられたな、大将。」

ケビンがFAIの「テロ対策室」に意地悪そうに凜を迎えた。

「それは君も同じだろう? スイフト君、各方面に連絡は?」

凜が憮然とした表情で尋ねる。

「ああ、FIA(連邦情報局)にも政府にも済ませておいたよ。空軍基地にも緊急発進スクランブルを依頼した。」

「ご苦労さん。それじゃ、事件の映像は? 」

凜も面白くなさそうに用意されたパイプ椅子に座る。

「あるよ。」


ケビンがモニターにハーフタイムショーの映像を再生した。チアリーダーの演技の途中、突然ダグアウトからリーナがシートごと複数の機体ギアによって運び出される。

フィールドの上空に隠されていた飛空艇が光学迷彩を解くと、重力リフトでリーナはカプセルごと持ち上げられ、収納される。


「確かに、俺がエントリーシートに固定されている公式戦の試合中を狙った、ということか。」

凜は忌々しそうにつぶやく。リーナを守るためにそばにいたのに、試合に出るべきではなかったかもしれない。

「……!? ケビン、チアガールも二人ほど拉致されてるぞ。」

その時、二人のチアガールも一緒だった。凜はその二人に食いつく。


「この二人にもっと寄せて。」

「おう、それな。」

ケビンは既に気づいていたようだ。凜は見覚えがあることに気づいた。

「この女、見たことがあるぞ。」


「だろうな。」

ケビンはタバコに火をつけた。

「この二人は先回のリーナの拉致未遂事件の犯人だよ。こっちはフランソワ・エドワーズ。通称だがな。大学に潜入してリーナを罠に誘い込んだ女だ。⋯⋯そしてこいつ、意外に大物なんだぜ。」


「随分若いな。」

年齢的に初等学校プライマリースクールを出たか出ないかくらいに見える。お前もな、という言葉を飲み込んでからケビンは続けた。

「こいつはコードネーム『ザ・タワー』、短剣党シカリオン準幹部パスの一人だ。 只今絶賛売り出し中の美少女テロリストってわけさ。」

「そう、だったのか。」

凜はあの日、切りつけるような視線を送ってきた少女の眼差しを思い出していた。


「どうする? これから。」

ケビンが凜に尋ねる。

「君が捜査を主導するんじゃなかったの? 」

凜が訝しげに聞き返すとケビンは紫煙を吐き出して言った。

「だって、凜の方が階級が上だから。」


「まだ僻んでますね。」

ゼルが呆れたように言った。

「それではケビン、説明させてもらいます。彼らの目的は有人格アプリ『ティンカーベル』とそれが持つ宇宙航路図です。それで、彼らはリーナに選ばせるはずです。仲間となって協力するか否かをです。」

ケビンは2本目のタバコに火をつけた。

「もし断ったら?」


「間違いなくティンカーベルを強制的にリーナから抽出しようとするでしょう。」

ゼルの答えにケビンは紫煙を吐き出す。

「それは……、困るな。」

「そうでしょうね。今度そんなことをしたらリーナは廃人になってしまうかもしれません。」

穏やかならぬゼルの表現にケビンは聞き返した。

「廃人?」

「ええ、彼女はまた自分の記憶を喪うのです。おそらく、ティンカーベルを失った彼女の脳は、彼女を守るために偽りの記憶を生み出すでしょう。恐らく彼女は大好きな『幻想月世界旅行記』のヒロインになって、竜騎士リンドブルムと旅を続けることになります。彼女の脳の中で永遠にね。」

「そうなってたまるか。」

凜はため息をついた。リーナはまだ12歳。残りの人生をそんな植物人間状態で過ごさせるわけにはいかないのだ。

(いや、国家機密の流出の方がやばいのだが。)

ケビンは今の凜にそれを言ってはいけない、と思った。



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