第81話:脆すぎる、記憶。2

ルイの視界が突然開ける。

(ここはどこだ?)

真っ白でなにもない世界。霧が立ち込めて視界も悪い。ただいやに明るい。

(ここは、どこだ?)

ルイはしばらくさまよっていると、うさぎのヌイグルミを持った少女が近づいて来た。

(2年前の俺か。騙されてテロリストの片棒をかつがされた愚かな俺。なんて悪趣味なんだ。)

「ここはアインの世界。有が生まれ、やがて有が行き着くはて。」

少女はそう言ってルイに問う。

「キミがルイだね?」

少女が微笑む。ルイが無言で頷くと、持っていたヌイグルミを差し出した。

「これは、爆弾じゃないか。」

ルイはぶっきらぼうに言う。

ヌイグルミの脇から少女が顔を出す。

「違うよ。これはあなたの相棒パートナー。戦うためのあなたの翼。これであなたは無類の戦士になれるでしょう。これさえあれば、あなたの欲するものを何でも手に入れられるね。あなたはそれを何と呼ぶの?アインから生まれる無限アイン・ソフの世界への鍵を?」

少女はルイに名前を付けるように求めた。

「この子に名前をちょうだい。それは、この子とあなたの絆になるの。」


「リー⋯⋯いや、『アリィ』だ。俺はそう呼ぼう。」

名前をつける。それが契約の証なのだ。ルイは『リーナ』と言いかけてやめた。代わりにメアリーナの真ん中の文字をつかったのだ。

(俺にとってリーナは一人しかいないんだ。たとえあいつの中で俺がいなくなってしまったとしても。)


ルイがヌイグルミに触れるとそれは大きく形を変え、人の形を取る。それは、2年前のリーナ、自分が助けたい、と願っていたリーナの姿であった。ルイは思わず涙ぐみそうになった。

「よ、相変わらずしけた顔してんな。ルイ。よろしく。」

アリィはウインクしてみせた。それはまさしく、ルイのイメージ通りのリーナであった。ルイがアリィの手を取ると意識が引き戻される感覚を味わう。ルイをまばゆい光が包みこんだ。


やがてルイが目を覚ますと、すでに施術台の上から医務室のベッドに身体を移されていた。

「おや、意外にうまくいったようだねえ。」

ティファレトがなにやら書き物をしながら、ルイの方を見ずに言った。


「そう⋯⋯か。」

ルイのリアクションは薄かった。上から彼を見下ろしていたのはアリィだったからである。アリィはルイが目覚めたことを確認すると人懐っこそうな笑顔を浮かべた。

「懐かしい⋯⋯笑顔だ。夢じゃ、なかったのか。」


ルイの身体には医療機器から伸びたいくつもの線が繋がれている。

「君はこれまで3日ほど寝ていたのだよ。正直、わたしはこの成功に大変驚いている。奇跡と言っても差し支えないくらいだ。」

ティファレトはそう言って看護師にルイの体調をチェックさせた。異常な様子が見られないことが分かると、食事を摂るように勧められた。

「なにも変わってない気がする。」

別に身体に変調もないようだ。


「この写真の少女、誰だと思う?」

ティファレトはリーナの現在の写真を見せる。

知識ダァト⋯⋯。我が組織の11番目の幹部セフィラ。メアリーナ・アシュリー。俺が回収すべき存在だ。 」


ルイの返事にティファレトは愉快そうに尋ねる。

「キミの幼馴染ではないのかね。チェイニータウンの孤児院で一緒だった。リーナだよ。」

その問いにルイは心底不思議そうな顏で答えた。

「俺は孤児じゃない。知識ダァトであるリーナはアシュリー、いや大統領一派によってさらわれたのだ。」


真顔で答えるルイにティファレトはなおも尋ねた。

「では、リーナにとって君はどんな存在なの?」

「俺はリーナの騎士だ。彼女を守るための存在だ。俺はそのための翼、『アリィ』を授かった。彼女の奪還のため、再び作戦を練らねば。」


ルイはそう言うと起き上がった。

(記憶の改編は完了しているようだな。)

ティファレトはほくそ笑んだ。


本来、戦闘用の有人格アプリは人造人間ホムンクルス兵士を操るためにインストールされるものだ。その最初の作用は人造人間兵士たちが喜んで戦い、死を恐れぬ兵士となるよう、架空の記憶を植え付けるのだ。

ルイの新たな記憶は、自分が殺害したフランクリン・バネットの遺児、という設定であった。

そして、フランクを殺したのは、リーナを奪い、自らが副大統領候補になるために父を殺した男、ロナルド・アシュリーである。


「父さん、俺は戦うことを選ぶ。それがたとえ修羅の道であったとしても。」

ルイは新たな力がみなぎるのを感じていた。


[新地球暦1841年9月30日 惑星ガイア]

[スフィア時間:星暦1552年12月15日]


 幹部会に新しい力を得たルイがお披露目された。

ルイは戦闘用の傀儡マリオネットを3機同時に運用してみせたのである。幹部たちの間にざわめきが起こる。

勝利ネツァク、あれは普通ナミの戦闘用アプリではなさそうだな?」

栄光ホドが耳打ちをする。

「ええ。ずっと適合者を探していたのですよ。アレの容れ物をねえ。ルイは見事にその期待に応えたのですよ。」

突然、後ろからティファレトに声をかけられ、二人は飛び上がらんばかりに驚いた。

ティファレト。あのアリィにはどんな謂れがあるのだ?」

「あれは、とある方が作った最高の有人格アプリです。これまで何人もの被験者が廃人になってしまうほどのものです。また、そうしてまでも適合者を見つけたかったものでもあります。今はまだ、孵化したばかりですから。彼と共に成長し、羽化した暁にはルイ君には相応の立場が与えられるでしょう。」


「まさか。」

栄光ホドが信じられない、と言った顔をする。長らく空席だった幹部セフィラの椅子。それは「知識ダァト」だけではない。もう一つあるのだ。

「『王国マルクト』だと言うのか?」

栄光ホドの言葉にティファレトは頷いた。その笑顔は仲間の二人にとってさえ、ぞっとするようなものであった。








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