第79話:俗っぽすぎる、名前。②

[新地球暦1841年10月7日 惑星ガイア]

[スフィア時間:星暦1552年12月22日]


 そして、ロナルドの「奥の手」が炸裂する。名門マーシャル大学のフットボールチームにスフィアの選手が参加することを発表したのである。


「棗凜太朗=トリスタンです。」

カメラのフラッシュが焚かれる中、凛は記者会見に臨んだ。凛はチームのプレシーズンキャンプに参加してトレーニングを積んでいたのである。と言うのも、グレイスの人気が高過ぎて、凛はほぼ空気であったからである。


 1シーズン限りの凜の挑戦が始まった。ロボフットボールのカレッジリーグは、4大ロボットスポーツの中でも、人気が極めて高いのだ。観客も『大学生』の試合に10万人集まることも珍しくない。


 すでに9月に開幕したカレッジリーグに、凛が途中から加入した、というのが正解である。マーシャル大学は東海岸イースト・コートリーグに所属している。このリーグは18の大学でなっていて、3つの地区ディヴィジョンに別れているのである。9月、10月の2ヶ月の9つの週末で同地区のチームと総当たりする。またさらに指定された2つの地区の2チームずつと対戦し、勝ち数、得点数、得失点差などのポイントを合わせ、各地区の優勝が決まる。そして、11月の4つの週末を用いて、リーグ優勝と順位を決めるのだ。

そして、12月から1月の週末を用いてリーグの優勝チームを集めたプレーオフを行う。


 しかし、マーシャル大学のチームは最初の2試合を連敗でスタートする、というあまり良くないものであった。そしてここまで2勝3敗と負けが込んでいた。残りは5試合しかない。


「原因は、攻撃のバリエーションの少なさにある。」

主将のマシュー・オズボーンは説明する。

「守備陣は良くやってくれている。おかげで、負けたとはいえ、惜敗であって大敗を喫したわけではない。まだまだ取り返せる範疇にある。つまり、俺のパスとラン。そしてワイドレシーバーのソーンダイクの一本調子な攻めで終わってしまう。『ホットライン』と言えば聞こえはいいが、ただの「ワンパターン」なんだ。ランニングバックがどうしても弱点なんだ。それで、ランニングバックに凛、そしてリーナに入ってもらう。

新入りにチームの命運を託すなんてどうかと思う者もいるだろう。しかし、最初のシーズンは短い。ここで立て直さないと、プレーオフに後悔することになるだろう。」


[新地球暦1841年10月10日 惑星ガイア]

[スフィア時間:星暦1552年12月25日]


試合には6万人の観客がつめかけていた。

「すごいな、読●ジャイアンツの試合より多いんじゃない。ほら、席が埋まっていようが空いていようが、いつでも観客数5万6千人ってやつ。」

凛が言うと

「いいえ、あの数字は年間シートの予約数も企業が買い占めた数も盛っていますからね。」

とゼルが危ないことを言う。


 国家の斉唱の後、選手が紹介される。つづいて機体ギアが紹介される。機体にはスポンサーの指定したカバーがつけられる。いわゆるヘルメットの下の顏がアタッチメントとして付け替えが可能なのである。

 選手オペレーターはゴーグルをつけ、『ダグアウト』と呼ばれるカプセルで覆われたシートに座る。そこから操作を行うのである。これは不正防止のための措置である。


「武蔵、起動リフトオフ。」

凛は景色が広がるのを感じる。自分が機体ギアと繋がれたからである。


「頼むぞ、新人ルーキー。」

しかし、オーソドックスなフォーメーションからなかなか凛にボールがつながらず、攻撃がうまくいかない。しかし、ディフェンス陣が踏ん張り、相手の得点を最小限に抑える。

 凛の機体『宮本武蔵』はあまりパワーにパラメータを振らず、俊敏性スピード体幹バランス、そして加速性アクセラレーションに振っていた。

「『武蔵』⋯⋯俗っぽい名前だ。」

ゼルにはネーミングは不評だったが。

「『ジークフリード』よりもかい?」

凜がツッコミをいれる。

「ええ、名字の『宮本』は高原を吹き抜ける風のようなさわやかさはないですから。」

ゼルの答えもただのネタなのだが、全国の宮本さんに謝っておく。


チームはコイントスで不利な後攻になってしまう。ディフェンスは踏ん張っていたが、タッチダウン、その後のキックも決められ、0ー7のスタートになる。

「お兄ちゃん、行くよ。」

クオーターバックのマシューから出されたボールをリーナがキープして前へ進む。リーナの走路を確保する味方と、リーナを潰そうとする相手が揉み合う。リーナは凛を見つけると迷わずパスを投げた。

 どんぴしゃりのタイミングでジャンプした凛がそれをキャッチすると縦横無尽に走りだす。

「つぶせ!」

 相手の鋭いタックルが次々と繰り出される。『武蔵』はそのタックルがまるで見えているかのようにかわしていった。30m程ボールを進め、一気に駆け上がってきたマシューにボールを渡すと、マシューは一気にエンドゾーンに駆け込んだ。

「タッチダウン!」


 ここから、リズムを掴んだチームは、熱戦の末、24ー24の同点でロスタイムに入る。

残り5秒を切り、延長戦のことが皆の頭を過ぎった瞬間だった。

「お兄ちゃん。」

リーナのパスが凛に渡る。

凛はそのままパントした。ボールは美しい放物線を描いてゴールポストの真ん中を通る。


そのままブザーが鳴った。

「やった!勝った!」

ダグアウトはお祭り騒ぎであった。皆、ゴーグルを外し、シートを飛び出して喜びを場揮発させる。

⋯⋯凛を除いて。


(やれやれ、最低限の仕事はこなしたか……。)

機体ギアをダグアウトまで歩かせていると、凜は突然自分の視線がフィールドから引き戻される。

「どうした新人ルーキー。大活躍じゃないか。」

チームメイトが凛のゴーグルを外して、ブースから凜を引っ張り出したのだ。

「え、あ?」

凜は突然の状況に着いて行ってなかった。

「ニューヒーローの誕生だぜ。」


この後、ネットニュースメディアのスポーツ欄は凜の見出しでいっぱいになった。

「月から来たニンジャ、現る。」

その後、全勝したチームの中で凜はすっかり溶け込んでいた。また、アポロニアに『ニンジャ・ブーム』がやって来たのである。グレイスに続いて、凜も人気者になったのである。

 それは凜が与するブラッドフォード陣営に追い風になった。ロナルドの目論見が見事に嵌ったのである。


今度は焦ったのがトニー・クラインの陣営であった。投票まで1週間を切った現在、支持率が離されつつあるからである。

「イメージ選挙のツケが出て来たな。」

トニーは頭をかく。


「ただ、イメージというものは簡単にひっくり返るものですよ。……だまし絵トロンプルイユのようにね。」

陣中見舞いに訪れていたハワードがほくそ笑む。

「それこそスフィアの選挙であれば、実力のみで逆転できますがね。ここはイメージが主体の選挙です。」


「確かに、そうだったね。」

その言葉にトニーも意味ありげな笑みをうかべた。

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