第77話:不審すぎる、地味子2

「あれは、あの男はトリスタンです。なぜここがわかったのでしょう?」

恐慌する部下たちにルイは怒声を込めて言う。

「落ち着け、俺がやる。」

ルイは天使のデバイスを手にすると車を飛び出した。


「リーナを返してもらおうか。」

凜はルイに言った。

(返してもらったのは俺の方だ。)

ルイは返事もせずに「天使」を起動した。そして、その手にはガンソードが現れる。

「……女の子?、か。」

凜の声には驚嘆の波動が含まれていた。凜はルイが少女だと思っていた。確かに彼の格好も容姿もそうとしか見えない。ルイが男子であることを知っているのは組織でも一部の者たちだけだ。


ルイは無言で銃弾を放った。すると、弾丸は凜の目の前で地面に落ちてしまった。

(何?)

ルイは凜の周りを回る。重力制御ブーツで加速されたその姿は並みの戦士の眼では捉えられないであろう。

そして、凜の背中に回り込んだところをめがけて再び引金トリガーを引いた。

すると凜の背中から細い腕がにゅっと現れる。その手は弾丸を握り潰した。そして、凜の背中かから少女が現れた。ゼルが顕現したのである。


「ほほう、名乗りもせずにいきなり銃をぶっぱなすとは。さすがはプロですね。アマチュアならここで、嬉々として自己紹介を始めるというのに。……凜は騎士なのでたとえプロでも女子の相手に本気を出すのが苦手なんです。代わって私がお相手しましょう。」

ルイは無言で凜を狙うがゼルに銃弾をことごとく落とされてしまう。


(『空間断層式バリア』⋯⋯まだガイアでは知られていないようです。)

ゼルは空間の一部を転送していわば見えない壁を作っているのである。その壁は「重力子界アストラル」であり、炭素を突っ込めば数秒でダイアモンドができるといわれる空間に、物質は一切干渉できない。


(強い。あれが噂に聞く『有人格アプリ』か。攻撃が一切通用しないとはな。これ以上の攻撃は無意味だ。)

ルイはあっさり攻撃をあきらめ、車に戻る。驚くほどルイは落ち着いていくのを感じた。別に彼を倒す必要はない、リーナを取り返されなければルイの勝ちなのだ。

「あれが、スフィアの王子様か。なるほど、神出鬼没だな。おい、ぶつけるつもりで突破しろ。ヤツは簡単には死なない。殺すつもりでいかないと、やられるのはこっちだ。」

ルイはあの人質を奪われた事件のビデオで何度も見た凜の強さに舌打ちをした。


ルイが命じると、ドライバーは再びアクセルを踏み込む。タイヤが空転し、地面にグリップした瞬間、車体は凜へと猛然としたスピードで襲いかかる。人を轢くことになんの躊躇いもない。


凜とクルマが接触する⋯⋯かと思いきやクルマは凜の身体をすり抜けるように進み、一切接触しなかった。

「なに?」

ルイは思わず振り向いてしまった。


 セント・アンドリュースの街並みを抜け、迎えの飛空艇とのランデブーポイントが近づいたころ、再び運転手が悲鳴を上げる。

「また、ヤツが現れました!」

ルイは舌打ちをする、

「くそ、どうやって移動してるんだ? まあいい、もう一度突っ込め。ここを抜け、迎えと合流できれば俺たちの勝ちだ!」

ドライバーは再び凜をめがけてアクセルを踏み込む。凜の体は再び車をすり抜ける。それどころか、凜はリーナの身体を受け止めると、リーナの身体も車体をすり抜けて行った。車はリーナを残して走り抜けたのである。


「何!?」

ルイは何が起きたのか、事態を把握するまでに数秒を要した。

振り向くとそこには凜がリーナをお姫様抱っこをして立っていた。その後ろ姿のまま歩き去ろうとしていたのだ。

「チクショウ。一回目はリーナの位置を確認しやがったのか。」

ルイは悔しがったが、

「帰投しろ。」

そのまま走り去るよう命じた。

知識ダァトを残したままですか?」

部下は驚いた表情を見せる。

「そうだ。ヤツから知識ダァトを取り返すのは今の俺たちの戦力では困難だ。ヤツは強い。ヤツが狩人に豹変する前にここを脱出する。」


部下たちは驚いた。

(「ザ・タワー」が戦いを避けるとは、いったい何者なんだ?)

作戦成功率が高く、二人の実戦指揮官からも信任が厚い彼をそうさせる存在とは。


ただ、ルイは2年前に凛が見せた戦いの動画を何度も見ていたのだ。それゆえ、凜を侮る事はなかった。また、実際に自分の方が年少であることも認めていた。しかし、ルイは万全の準備を整えてから彼と戦いたかったのだ。

(あいつは強い。でも、それはあいつが多くを持っているからにすぎない。準備さえすれば俺にだってチャンスはある。俺は男としてあいつを上回りたいんだ。)

クルマはそのまま逃走した。


「凜様。ゼル様。ありがとうございました。」

ティンクが凜に礼を述べる。ティンクが直接凜に助けを求めていたのだ。凜はリーナが連れ去られると後を追っていたのだ。


「ありがとう、お兄ちゃん。そして、ティンクも。」

リーナは凜の首を抱きしめた。当人は無邪気にしているにだが、身体は十分大人なので、たわわな胸が潰れるほどに押し付けられると、凜も下半身が反応しそうになる。

「さすが童貞の身体。刺激に弱いですね。」

ゼルがからかう。ここは、すでに女性経験があるルイの方が凜をすでに上回っている分野であった。


凜が警察に連絡すると迎えに来たのは地元警察であるセント・アンドリュース市警ではなく、連邦捜査機関(FAI)であった。

「よお、久しぶり。少しは背が伸びたじゃないか、凜。」

覆面パトカーから出て来たのは2年前にリーナの誘拐事件をともにあたったケビン・スイフトであった。

「ケビン、今回はお名前通りお早いお付きですね。」


二人は握手を交わした。

「そりゃまたのっぽさん(マーリンのこと)に嫌味を言われたくないんでね。やあお嬢さん、初めまして。FAIのケビン・スイフトです。リーナ、と呼んで差し支えないかな? ミス・アシュリー。」

「はい、構いません。」

ケビンはリーナとも握手を交わす。


「ところで、警護の婦警さんたちは無事だったのですか?」

リーナは今一番心配な事を尋ねた。

「ああ、心配してくれてありがとう。例の『集会場』の倉庫に縛られた上、麻酔を打たれて転がされていただけで、無事だったよ。あいつら短剣党シカリオンは利口でね。余程の事態にならないと警官殺しコップ・キラーはやらないんだ。俺たちは身内をやられると躍起になるからね。」

そう言ってケビンはタバコをくわえた。


「ところで凜、今回もこのヤマに首を突っ込むつもりかい?」

火をつけると紫煙が立ち昇る。リーナは露骨に嫌な顔をした。

「ええ。きっと警察だけだと手がつけられない案件だと思うのでね。僕が現在アシュリー上院議員のところで厄介になっているのは知ってるでしょう?⋯⋯だからちゃんと取ったよ、許可証をね。」

凜が出したのは「大統領親任特別保安官(S.S.P.D.)」のバッジと手帳であった。


「おい、本物か?これ。」

ケビンは初めて見るバッジをしげしげと眺めた。

「はい、ザック(・ブラッドフォード大統領)に私が頼みました。」

ゼルが現れる。今回、ゼルも正式にガイアのインターネット網に入ることができるので、ガイア人とも接触できるようになったのだ。

「一応、警視正待遇なので、粗相のないようにしてくださいね。ケビン。」

ゼルの言葉にケビンは目を丸くする。

「ええっ!? 警部の俺より2階級も上かよ。」

トホホな顔をするケビンにゼルはさらに追い討ちをかける。

「大丈夫です。ケビンも『殉職』さえすればすぐにでも追いつけますよ。二階級特進ですからね。」

「してたまるか!」

3人は初めてそこで笑った。


「とりあえず、まずはリーナを病院に連れて行くことが先です。手荒く扱われたようですから。」

凜の提案にケビンが応えた。

「よし、じゃあ警察病院を手配しよう。」

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