第74話:幼すぎる、暗殺者。①
[新地球暦1841年7月2日 惑星ガイア]
[スフィア時間:星暦1552年9月17日]
「ルイ。お前にやってもらいたい仕事がある。」
「ふーん。珍しいね。
ルイは普段あまり見ない組織の大幹部のツーショットの方に興味があったのだ。
「別に、俺たちは仲が悪いわけじゃない。お互いのいない所で、悪口を言い合っているだけさ。」
「それを仲が悪いと言うのだ。」
ルイがクスリと笑う。意外にウマが合う二人であることは、自分の直截の上司なのだから、分かっている。本当は、部下の女性構成員たちが、二人の関係性を『腐った』妄想で熱く語るのを聞かされるのに、やや辟易していたのだ。
「ねえ、ルイ。あの二人、どちらが『ウケ』でどちらが『セメ』かしら?」
テロリストも中身は普通の女の子なのだ。まあ、趣味はやや『普通』から遠ざかっているようにも思えたが。
「お二人さん。もしかして、この先生が俺の恩人だと知った上で、俺に殺らせるっていうんですか? すごく悪趣味だと思われますよ。」
フランクの援助するサンタバーバラ孤児院で彼は育ったのだ。
「そんなことはわかっている。ただ、今回は、お前じゃないとできない仕事なんでね。」
「なるほど、確かにそれは俺にしかできませんね。どうせチビですから。」
ルイがひがんだように了解する。
「なら牛乳でも飲んで、ちゃんと寝ろ。今回の仕切りはお前に任せる。」
「へいへい。」
生返事をしてルイは部屋を辞した。もうすでに彼の頭は作戦のことでいっぱいになっていた。
[新地球暦1841年7月10日 惑星ガイア、飛空挺カンザスⅡ]
[スフィア時間:星暦1552年9月25日]
翌日、ルイは艇上の「荷物」になっていた。貨物室でトランクの中に収まっていたのである。『背丈的』に、ルイにしかできない仕事であった。
もちろん、どの荷物もx線検査は受けるのだが『飛行機』より安全な飛空挺はチェックはそこまで厳しくはなかった。それに
基本的にスフィアはガイアに対して天使シリーズを禁輸品と定めているので、国内には存在していない、というのが建前だからだ。
逆に、そんな禁輸品を易々と入手できてしまう
貨物室と客室の間を乗客は行き来することはできないので、最初から荷物に紛れていることが必要なのだ。
「うう、寒っ。」
高高度で飛ぶため室内はかなり寒い。氷点下にならぬよう暖房はかけられているが基本的に冷蔵庫とそれほど変わらない気温である。
「飛空挺カンザスⅡ」はアポロニアの技術で建造された飛空挺で、重力制御装置のバイタル・チップのみがスフィアからフェニキア経由で輸入された代物である。
荷物室の監視カメラの位置はすでにわかっている。
ルイはトランクから出てカメラを避けながら慎重に進み、まず脱出口となるハッチ横の扉を確認する。そして、さらに警報システムの配線を重力子コーティングナイフで切断した。
「斬鉄剣。」
ルイは勝手にそう呼んでいる。さらに、ルイは重力制御装置の部屋のドアを切断して侵入した。
「これだな。」
手慣れた手つきで機械の制御パネルをこじ開け、ナイフを操って基盤に差し込まれたバイタルチップを抜き取った。
その瞬間、けたたましく警報が鳴り響く。無論、この装置の警報は、最初に切った防犯上の警報とは別系統であるため仕方のないことである。ガクン、という衝撃が機体を揺らす。巨大な船体が重力に捕らわれたからだ。最初は激しい荷重で身動きが取れなくなったが、突然、身体が軽くなる。
ルイは
「
警備員の放った銃弾が虚しく跳ねる。
「確かに、
彼らの怒号を耳にしながらルイは脱出に成功した。
「
ルイは一度旋回しながらその空域を離脱し、部下の待つランデブーポイントへ向かった。
「さようなら、フランク先生。大好きだった俺の恩人。ありがとう。俺に全てを与えてくれて。そして、俺から全てを奪ったことを俺は絶対に許さない。」
ルイにとってフランクリン・バネットはリーナを自分から引き裂いた存在なのだ。「恩讐の彼方」にあるフランクを殺すことになんの躊躇いもなかった。
「
通信とともに迎えの小型飛空挺から発光信号が放たれる。
「了解。」
(いつか俺はリーナを迎えに行く。そのためには力が必要なんだ。それを手に入れるためなら俺はなんだってするさ。)
ルイは一度宙返りで姿勢を変えると迎えの船に向った。
「幻想月世界旅行記」ールーク・ハミルトン・ジャンセン著より。
「リン、危険だわ。やめてちょうだい。」
アブリルは竜騎士リンドブルムを止めようとした。
魔王ゾルディスと契約し、円卓を裏切った元竜騎士ワイバーン卿が罠を張って待ち構えていることを妖精ゼルフォートから知らされても、なおも進もうとしていたのである。
「アビィ、心配してくれてありがとう。もちろん、危険なことは百も承知だ。もし、君が危険だと感じるなら、君はここに止まって僕の無事を祈っていて欲しい。」
リンドブルムの言葉は穏やかだが強い意思を感じさせた。
「どうしても、行かなければならないの? なぜ、あなたでなければいけないの?」
アブリルはリンドブルムの目を見つめなおした。彼の意思の固そうな瞳に、思わずアブリルは彼の腕に手をかけた。リンドブルムはとある町で発生したウイルス性の流行病のワクチンを届けなければならない、という任務を王から受けていたのだ。
それは明らかに罠であった。ワイバーンは病人を「人質」に取ったのだ。ワクチンを持って助けに来なければ、大勢の無辜の民が死ぬことになる。
「無論、僕にも危険に対する恐怖はある。寧ろ、それが無ければこれまで無事に旅を続けては来れなかっただろう。
この
そう、そんなことはわかっているのだ。
「それでも、あなたを失いたくはないのよ。」
アブリルは叫んだ。ワイバーンの強さは、アブリルは見せつけられて知っている。そして、それはかつて僚友であった頃のリンの見立てを超えているはずなのだ。
「ありがとう、アビィ。騎士にとって貴婦人の望みは確かに大切にすべきものだ。しかし、僕の負った名は『竜騎士』なんだよ。君は僕にそれを投げ打って欲しいのかい?」
アブリルはかぶりを振る。
「そんなことは言っていないわ。」
「だったら、噂よりも僕を信じて欲しい。僕は負けない。たとえ僕が倒れても、僕の意思を継いでくれる者は必ず現れる。しかし、ここで僕が行動を起こさなければ、何も始まらないんだ。さあ、出発しよう。こうして議論している間にだれかの命が危険にさらされている。」
リンドブルムは剣を抜く。その剣は月夜に照らさて輝く。
「七代目村正、その雅号は『ラ・クリマ・クリスティ』これは僕に預けられた力、そして今、抜くべき剣なんだよ。僕のためにではなく、僕を必要としてくれている人すべてのために。」
「僕に副大統領候補になってくれないか、そうザックから打診が来た。結論から言うと、僕は受けたい、と思っている。」
多分、反対されるだろう、そう思いながらロナルドは凜たちの前で妻と娘に伝えた。彼自身、上院議員に当選した時から、いつかは大統領選挙に挑みたい、という野心はある。だから今回の選挙も身を粉にして働いて来た。しかし、チャンスがこれほど早く転がり込んでくるとは思わなかったのである。
リズは当然のように反対した。5年前、そして一昨年、テロリストに拉致された恐怖から未だに脱してはいなかったからである。
「リーナはどう思う? キミの意見を聞かせてくれないか?」
ロナルドに意見を求められたリーナは真っ直ぐに目を上げた。
「パパは怖くないの? また、テロリストに狙われるかもしれないよ。……フランクおじ様みたいに。」
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